第2-8話

ノアは少女を二人連れて一度洞穴へと戻った。彼女たち二人を助けるために使用した道具は、デスクローラーを倒すための道具でもあった。

現在、その損失分をベルとエリナにみっちりと働いてもらっている。


「あんたたち二人を助けるために300フェイリンする閃光玉と100フェイリンする煙玉を使ったんだからみっちり働きなさいよ!」


腕を組みながら、ノアは彼女たちにレシピ通りに道具を作らせている。


「およよ」と、半泣きの状態で煙玉を作るエリナ。

「なんで私がこんな目に……」と、悪態をつきながら閃光玉を作るベル。


二人はノアに指導されながら、消費した道具の補充や雑務をこなしている。この洞穴の拠点には、ノアが修行をしていた頃に集めたさまざまな物資が眠っている。


過去に作ったものがすぐに使えるように、容易に持ち運べるように備品として保存されているのだ。閃光玉や煙玉といった道具の予備などは十分すぎるほどに備蓄されている。

それでも彼女たちを働かせている理由は明白だった。愛馬のミルカでは運びきれない材料や道具を、いつでも馬車に積み込めるように準備をしたり、古くなりかけている素材を加工してもらうことで有効活用しようとしているのだ。


「クソ! どうしてこんなことに……!」


仲間を三人失い、何故か強制労働させられているという状況をうまく受け入れられていないベルが悪態をつく。


「どうせ今から狩りに行っても無駄よ。デスクローラーも興奮状態で活発化している。一晩待って早朝狩りに行くから、それまでに気合い入れて備品の補充をしてよね」


ノアはその間にデスクローラーの親玉をどうやって倒すかを模索する。





ノアは夕飯の支度をしながらずーっと考えた。

過去にデスクローラーを倒したことはある。その時は六メートル程度の小さな固体だったが、死ぬほど苦戦した記憶が蘇る。

アランに教えてもらったように月影爆弾を用いて透過能力を看破し、煙玉を使って視界の撹乱。

そこからは必死になって剣を振るって戦った。


「で、どうやってあの化け物を倒すのよ」


焚火を挟んだ向かい側でエリナが言う。

ノアはディレンブライトの肉を三人分、厚切りににして塩で味付ける。

粉末状に加工したハーブをパラパラと上からかけて香りづけをしていく。


「普通に倒す」

「普通って……具体的によ」

「お前達二人が何ができるかにもよって計画は変わってくる。何もできないなら私が一人でアイツを殺す事になるな」

「嫌味な言い方をするのね……はぁ、まあいいわ。私は炎の魔法と付与魔法が使えるわ」

「私は下位の治癒魔法しか使えません……」

「シルバーランクならその程度でしょうね。見たところブロンズから上がったばかりと言ったところか」

「ッチ」


図星を突かれてベルが舌打ちをした。


「付与魔法は何が使える?」

「下位の属性エンチャントよ。エンチャントフレイムとかエンチャントアイスとか……そのぐらいよ」

「ふむ……」


デスクローラーは冷気に弱いという事は知っているが――下位の付与魔法でも効果はあるだろうか。

いや……何も無いより断然良いだろう。

刀身に氷霊の冷血油を塗って、水と氷の付与魔法があれば……効率よくダメージを与えられるかもしれない。

ただ、あの化物の剣を交えるのは最終手段だ。

可能であれば奇襲を仕掛て心臓か脳天を一突きして仕留めたい。


ノアは焚き火の上に鉄板を起き、薄く植物油を塗った。

厚切りにしたディレンブライトの肉を載せてじっくりと焼いていく。


「美味しそうね……。見たことない肉だけどなんの肉なの?」


ベルが興味津々で覗いてくる。


「ディレンブライトの肉だよ」

「え!? あの毒キノコの魔物の肉なの!?」

「そうだが……何か問題でも?」

「いや……あの魔物はゴールドランクの冒険でも死者を出すような魔物だからさ……。その肉を食べてるって事は、あなたは一人で倒したってことでしょう? それにその肉の量を見ると……いったい何匹のディレンブライトを倒したのかなって」

「んー……五匹を纏めて倒した」

「幻覚毒胞子は並の解毒薬じゃ効かないのよ?」

「秘伝の霊薬を使って対策をして、厄介な触手を真っ先に切り落として倒したとしか言いようがないなあ」

「……だとしたらあんたの実力はゴールドランク以上じゃないの」

「まだシルバーランクなんだよねー」


ノアはケロッとした顔で言う。

ベルは意味が分からないといった具合に眉間にシワを寄せ、頭を抱えた。


「ノアさん、秘伝の霊薬とはいったい?」


エリナが作業をしながらノアに尋ねる。


「毒除けの綿草とか、その辺りの霊薬を飲んでから戦うの。魔法商店では見掛けない薬かも」

「その名前の霊薬はもしかして……」

「ちょっ! ちょっと待ってちょっと待って……あなたあのアランさんの知り合いなの? いったい何者なの?」


ベルが驚愕し、目を見開いて言う。

ノアは顔色一つ変えずに焼き上がったステーキを三人分木の皿の上に載せる。

次に残り僅かとなった緑黄色野菜と香味野菜の全てを細かく刻み、肉の脂が残った鉄板で焼いていく。


「アランは私の師匠だよ。私が五つの頃から修行をしているだけ」

「通りであなた……強い訳よ。ノアって言ったかしら?」

「もう一回自己紹介したほうがいい?」

「いや、いい。ノア……あなたもしかしてストレイニルにいた事ある?」

「あるけど、それが何かあるのか?」


ノアは不思議そうに首を傾げた。

その時、作業を終えたエリナがベルの隣に座る。

疲れきった様子で石の上に座り一息つく。


「ストレイニルは大陸の北側にあるフェンリルの渓谷がある場所ですよね。そこには狩りと剣を司る女神、ライオネルを信仰する希少宗派があるのです。その宗派では過酷環境でも生存できる高度な生存術、魔物や獣達の生態や様々な植物の研究や独自の薬学なんかもある凄い宗派なんですよ。なかでもその宗派の剣術は特殊でして、卓越した剣士でも全ての技を受け止めきるのは不可能と言われる程のものですよ」

「よく知っているな」


ノアは鉄板の上で野菜達を焦げないように動かしていく。


「一応冒険者になる前に沢山勉強しましたからね。ノアさんが強い理由が分かります」

「そうね……見た事のない薬草の調合方法を教えてもらった時は普通じゃないと思ったから気になってたの」

「私が教えてもらった霊薬の殆どは毒と紙一重だからね。即効性と持続性がある代わりに強い副作用がある。魔法商じゃ取り扱えない代物だよ」

「そう言うものなの?」

「そうですよ。例えば猫目の霊薬と言うお薬は、夜の闇の中でも昼間と同じぐらいの明るさで見る事が出来るようになるお薬ですが、副作用として発熱、嘔吐、下痢と言った症状があり、体質によっては失明する恐れのあるお薬なんですよ?」

「やけに詳しいな」

「私の専攻は少数宗派の研究ですので。本当は冒険者として活動するよりも研究に没頭していたいのですが……研究資金が尽きましてね……仕方なくこの仕事にえへへへ」


エリナはこめかみをポリポリと掻きながら苦笑した。


「なら死に物狂いで頑張らないとな。ほら、飯にするぞ」


ノアは炒めた野菜をステーキの上にどっさりと載せる。


「食べても……いいの?」

「食わなかったらどうやって倒すんだよ」

「そうね……ありがとう」

「後で請求する」

「ぐはっ……そう言われるとフォークが進まないわね」

「まあまあ。ここはノアさんに甘えるとしましょう? 命を助けてもらった身ですし、素直に従いましょう」

「そうね……」


二人はノアが調理した肉に齧り付く。

じゅわっと濃密で甘くとろけるような肉汁が口の端から飛び出した。

柔らかでありながら弾力のある肉は、噛むほどに旨味が増していく。

炒めた野菜は上品な甘さが引き出されていて、肉と同時に頬張るとまた違った味わいを楽しめる。

ベルとエリナは目を見開いてその味に戦慄した。


「うまっ!」

「美味しい……!」

「……ありがとう」


ノアは顔を赤らめてそっぽを向いた。

三人は少しずつだが、何気ない会話をして確実に距離を縮めて行った。

食事を楽しみ、腹が膨れて間もない頃だ。

一日の疲れがどっと来たのかベルとエリナがうとうととしてきた。


「眠いか」

「お、おう」

「干し草は洞穴の奥にある自由に使っていいが、後片付けしてからな」

「分かりました」


二人はノアに言われた事を忠実に守り、干し草を広げるとが泥のように横たわった。

ノアはそれを見てクスッと笑うと、ミルカの側に行って自分も横になった。

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