第2-7話

吹き飛ばされた男は、空中を回転しせながら飛んで行った。


男の体は酷い破裂音と共に、血しぶきを散らし、に地面に叩きつけられた。

瞬く間に命を落とす――。

本当に一瞬の事だった。


残された冒険者達が、何が起きたのか理解した頃にはもう遅い。

デスクローラーの頭部の鱗が松ぼっくりの様に逆立ったと思うと――弾丸のようにそれが射出された。

鱗の一つ一つは手の平程の大きさでありながら鋭利な刃物のように鋭く、猛毒を含んでいる。頭部から射出された鱗は周囲に拡散するように飛び散り、一人の冒険者の片腕を切断した。


「うわああああああああああああああああああ!」


デスクローラーの鱗がカタカタと音を立てる。まるで冒険者をあざ笑うかのように。


剣を握っていたその腕は泥濘の地面に着地し、切り口から血がたっぷりと流れ出る。男は絶叫し、しりもちをついた。

5人いた冒険者があっという間に三人に数を減らす。

女の魔術師と僧侶が怯えた表情で目の前の光景を見ていた。


「鱗は後で回収しようかねぇ……」


ノアは安全な所からそんな事をぼんやりと考えていた。

彼女はデスクローラーの生態と、グロームスワンプがどんな場所なのかをよく知っている――いや、熟知している。今、この瞬間にデスクローラーの前に飛び出しても冒険者を助ける事は出来ない。

そんな事をすれば自分も死んでしまう事を容易に想像できるからだ。

だから傍観するしかない。


「ひ……誰か、誰か助けて……」


女魔術師が怯えた表情で後退りする。

デスクローラーは彼ら冒険者の事など気にも留めず、戦意喪失している剣士の頭に噛み付き頭部を砕く。そのまま丸呑みし、舌をちょろちょろと出し入れした。


「ここは俺に任せてお前達は逃げろ!」

「でも!」

「長く持たねぇから早くしろ!」


もう一人の男の剣士が女性達に言った。女魔術師と僧侶は涙を浮かべながら走り出す。


「来いよ化け物! 俺が相手……だ」


男はデスクローラを見上げて絶望した。圧倒的巨体と力の前に突如として体の力を失ってしまったのだ。デスクローラーの邪眼はただ相手の動きを制御するだけではない。


格下の相手を恐怖させ、戦闘喪失させる事もできるのだ。

邪眼により完全に戦闘不能となった男は剣を手放すと、泥濘の上に音を立てて剣が落ちる。

こうなってしまうとデスクローラーにとってはただの肉の塊。

人間の肉を味わうように、頭からゆっくりと男を口に含み丸呑みにした。


デスクローラーは逃げていく冒険者を見つめながちょろちょろと下を出し入れした。

身体を左右に動かしながら魔術師と僧侶へと向かって行く。

巨体から想像もつかない程の速さで急接近。

息を切らせながら全力疾走している僧侶が泥道に足を滑らせて倒れ込んだ。

デスクローラーはここぞとばかりに涎を垂らしながら牙を向けた。


「目を閉じて!」


刹那――強烈な爆音と閃光が迸る。

草むらからデスクローラーに向けて閃光玉を投げつけて二人の少女の襟を掴み、草むらへと入って行ったのだ。

強烈な光と爆音によりデスクローラーは激しく鞭打つように暴れ出す。周囲の木々をなぎ倒し、泥を激しく巻き上げた。

その間にノアは煙玉をばら撒きながらデスクローラーとの距離を稼ぐ。





命からがら逃げ伸びた三人は物陰に隠れて息を整えていた。

女魔術師も、僧侶も、ノアと大して変わらない年齢の子である。


「はあ、はあ……た、助かったわ……」


ノアは自分の指先をナイフで軽く切り裂き、自分の血と髪の毛を生贄に簡易的な魔除けの術を唱える。血と髪の毛はノアの掌の上で燃えるように塵となっていった。


「助かりました……はあ……ありがとうございます……」


ノアは周囲を警戒しながら木に寄りかかり、不快感を露わにしながら言う。


「なんで挑んだの?」

「え?」

「なんでデスクローラーに挑んだのって聞いてんの。しかもこんな……昼間っから」

「わ、私達はギルドから依頼を受けてデスクローラーを討伐しにきたんです……」

「でしょうね」


呆れたようにため息を深々と吐いた。


「私はノア。君達は?」

「私は僧侶のエリナですこっちは――」

「ベルよ……さっきはどうも」


ベルは不貞腐れたように言った。

エリナは修道女のような恰好をしていて、金髪でそばかすが特徴の女の子。

ベルはいかにも魔術師らしいローブととんがり帽子を被っており、黒色の長髪をした女の子だ。


「一応私もあんた達二人を助ける為にいろいろと準備していた道具を使ったわけだから後で請求するからね。で、一応聞くけどなんでデスクローラーをこんな昼間に討伐しようとしたのよ」

「そりゃあ……昼間の方が倒しやすいからでしょうが」

「デスクローラーは昼間の方が活発に活動すんのよ。それにナマズガエルと鉢合わせたらどうすんの?」

「知らないわよそんな魔物」

「グロームスワンプがどんな場所でどんな魔物がいるのかも分からないで挑んだの!? はぁ……これだから……」

「それよりもなんでもっと早く助けなかったのよ! ……あんたがもっと早くに来てて、あの光と煙を使っていれば倒せてたかもしれないじゃない!」


ベルは怒りと悔しさをぶつけるかのように怒鳴った。

ノアは無言でベルの顔面を蹴り飛ばし黙らせる。


「そんな感じだから仲間を失うのよ」


エリナは慌ててベルに治療魔法を施し、鼻血を止めた。


「あの大蛇は視覚、嗅覚、熱の三つで獲物を探すの。透過能力で接近し、襲い掛かる習性がある。体も大きいし鱗は並の刃じゃ通らない。中級魔法以下は効かない。邪眼は弱いヤツを畏怖させて戦闘不能にするし、硬化能力もある。厄介極まりないから見つかる前に見つけて殺すのが基本。それにあれほどの大物は狙わない。普通は子供の固体を狙うもんよ」

「すいません……私達何も知らなくて……」

「依頼内容は?」

「デスクローラーの討伐です。一匹800フェイリンのものと、大物を討伐する事ができれば20万フェイリンというのも受注しています」

「冒険者ランクは?」

「私とベルはシルバーランクです。パーティーリーダーだったゼルさんがプラチナランクで、剣士を務めていた二人がゴールドランクです」


混成パーティーか……。

そりゃあ勝てる訳ないだろ。

実力が均衡的じゃない。


「ったく……あんな化け物相手に正々堂々戦って……どうせロクに下調べもせずに挑んでさ? 報酬目当てなんでしょ?」

「…………はい」


ノアは苛立ちを露わにする。

本来であればあの大物を避けて子供を数匹刈り取り退散するという計画だった。

しかし、大物を刺激してしまった以上それは叶わない。

子供のデスクローラーも異変に感づいて群れを形成するだろう。

ただ、受けた依頼を反故にして手ぶらで帰る訳にも行かない。

そんな事をしようものなら、アランがそれを耳にした瞬間本気で殺しに来る。

ノアは舌打ちをしながら二人に訊く。


「パーティーだから馬車か何か持ってるか?」

「はい。安全そうな場所に馬車を止めてあります」

「そうか。なら私があの怪物を狩るからその依頼書を私に寄越せ」

「はあ!? 何言ってんだお前!」

「じゃあ二人で頑張りな。因みに夜のグロームスワンプは大量の幽鬼が闊歩する。それと、環境そのものが幻術を掛けてくるから大変になると思うけど頑張ってね。お前達のその様子じゃあ……対策の仕方も分からないようだから魔物の餌になるのが関の山だろうな」


ノアが踵を返して帰ろうとした時、ベルに外套を捕まれ静止させられた。


「分かった……今はお金を払ってでもあなたに頼るしかない……。だから……助けてください」

「取引成立!」


ノアは悪い笑みを浮かべてそういった。

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