第14話 回想~【祖父と祖母】


「おおう、マイグランドサンよ。しばらく見んうちに大きくなったのぅ……会いたかったぞぃ」

「ーーじいちゃんっ!!」


 村での狼騒動のわずか二日後、昼下がり、なんの前触れも予告もなしに家に祖父である【樹山清流】(78)が帰ってきた。はだけた胴着姿に、下駄。白髪のオールバックに蓄えた白髭ーーそしてサングラス、と……じいちゃんを知らない人から見たらおよそ80近い高齢者とは思えないファンキーな老人だ。

 けど、僕にとってーー家族にとってはかけがえない大切な存在。感極まり抱きついた。


「ほほ……すまんの……この広大な地ーー『北海道』は年寄りには広すぎてのぅ……迷子になってしもぅたようじゃ。心配かけたの」


 じいちゃんは家族と同じようにこの世界のことを理解できておらず……いつの間にやら北海道へ旅行へ来ていたと勘違いしているらしい。確かに広大で自然いっぱいで雄大で、80近い高齢者に【『異世界』と『北海道』の違いを説明せよ】なんて言われても僕には難問すぎる。

 だけど、そんな事はどうでもいいんだ。今、こうして無事に会えたこと以上に噛み締める感情なんかありはしないんだから。


「じいちゃん、それよりばあちゃんはどうしたの? 一緒じゃないの?」

「………ふむ」


 僕の言葉に、じいちゃんは難しそうな表情をしながら押し黙る。現在、家族は全員クエスト中で、玄関フロアーには使用人達もいないため一時静寂が辺りを包んだ。

 思わず、じいちゃんの肩を掴み問いかけた。もしかしてここに来るまでの間になにかあったんじゃないかと。

 けど、じいちゃんは歯切れ悪そうに、どう説明すべきか言葉を慎重に選んでいる様子でなにも答えてくれなかった。


 僕の脳裏に、考えたくもない最悪の想像がちらつき、それが胸の鼓動を何倍にも押し上げる。

 その時、その不穏を増長させるような地響きがギルド内部に轟いた。それはゆっくりと、しかし確実に大きくなっていくーーつまり、ここへと迫ってきていることを意味していた。


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〈ギルドの庭〉


 外へ出た僕とじいちゃんが目の当たりにしたものは、『夜』だった。

 勿論、単なる比喩だけど……昼下がりで雲一つなかったにも関わらず、辺り一帯を照らす日の光は完全に遮られている。

 

 来訪した『それ』があまりにも巨大で、空を余すことなく覆い尽くしていたからだ。


「【ジャイアントゴーレムザウルス】っっ?!?!」


 現れたのは、【ジャイアントゴーレムザウルス】という種類の『恐竜』だった。『巨人』×『ゴーレム』×『恐竜』という冗談みたいな異種交配により誕生した【デラグラントモンスター】という種別の生物。荒廃した大地と呼ばれる大陸に生息すると確認されている超巨大な怪物……近くで見ると、もはや『動く山』である。


「ーーかぁぁっ……そうきおったか……やられたわぃ……」


 じいちゃんは恐竜を見て、困ったと大仰に意思表示するかのように手で額を覆った。


(あのドジっ娘神様に貰った能力のことを考えれば、じいちゃんにも何かしらの『最強の能力』があるはずだけど……ヘンリルもじいちゃんを『武術神』って言ってたし……)


 だけど、喩えどんな力があろうとも『これ』はどうにかできそうもない。何故、別大陸生息の怪物がここにいるのかという疑問などもうどうでも良く……僕はこの逼迫(ひっぱく)した状況からどうやって逃れるのか思考を巡らせていた。


「こいつは困ったぞぃ、はて……どうしたものか……」


 じいちゃんもどう対処するべきなのか困り果てている様子だった。地球にいた時、僕がまだ幼かった時、どんな我が儘や困り事を言おうが笑顔で受け入れ、なんでも叶えてくれたじいちゃんとばあちゃん。

 だから、こんな祖父の様子を見るのは初めてでーー今だになんとかしてくれると甘えていた自分を恥じた。


「じいちゃんっ! 遠くへ逃げようっ!! 僕は使用人達に状況を伝えてくるからーー」


 『三十六計 逃げるに如かず』……まずは退避してからどうすべきか考えようと、踵を返した時ーー聞き覚えのある声が『空』から聞こえてきた。

 神のお告げじゃない……物理的に空から直接聞こえてきたその声にじいちゃんが反応する。


「いい気になるでなぃぞ、ばぁさんや。わしのだって大きさでは負けとらん」


 空を見上げて話すじいちゃんを見て、一瞬、ボケてしまったのかと狼狽(うろた)えたけどそうではなかった。その声は間違いなく祖母のものでーー僕の名前を呼んでいた。


「おやまぁ、シンちゃん……しばらく見ない間に立派になったねぇ。飴いっぱい持ってきたから食べなねぇ」


 はるか上空ーー恐竜の頭上から登場した祖母【樹山あめ(77)】は、まるで当たり前のように、ホウキに乗って空を飛んでいた。僕達を見つけるやいなや、まるでジェット機のようなスピードでこちらへ降りてくる。


「便利になったもんだねぇ、これ流行ってるんでしょぅ? 『電動きっくぼーど』とか言ったっけねぇ……すごいねぇ」


 祖母は魔女のホウキを電動キックボードと勘違いしていた。どこをどう見たらそうなるのかわからないけど……とにかく嬉しくてばあちゃんにも抱きついた。


「おやおや……まだまだ甘えん坊さんだねぇ」

「ばあちゃん……おかえり。けど……今はゆっくりしてられないんだ! 恐竜がそこまでっーー」

「えぇえぇ。シン君、恐竜が好きだったでしょう? おじいさんの『ろぼっと』より大きいお人形買ってきたわょぅ?」

「………え?」

「なにを言うか! 恐竜なんざより時代はろぼじゃわい! 見てみぃシン! わしの買ったろぼを!」


 そう言ってじいちゃんがギルドの後ろを指さした。よく考えればいくらでかいとはいえ……『山』一つが日を遮っただけで昼下がりの時刻が夜みたいに暗くなるわけがない。

 館の後ろには、【超巨大ロボット】がいた。


「うわあああああああああっ!?!?!?」

「どうじゃシン!! なんか悪さを働いとった軍団を懲らしめて買ってきたろぼっとじゃ! ばぁさんのより凄いじゃろ!」

「何を言いますか、ワタシの恐竜のお人形の方が大きいじゃありませんか」

「えーと……どういうこと……?」


 聞いたところによると、どうやら二人は久しぶりに会う僕にサプライズプレゼントをしようと躍起になり、どちらがより喜ばれるか競争し合ってたとか。

 よく見ると恐竜も謎の巨大ロボットも機能停止戦闘不能になって白目を剥いていた。ばあちゃんは魔法を使って恐竜を運んできたようだ。


 でも僕は、二人が買って(狩って)きたプレゼントなんかよりも、久しぶりに会えた二人との時間の方が嬉しかった。と、いうかこの怪物達どうしよう……


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・【ジャイアントゴーレムザウルスの素材取引値段換算値】……100億グーゴル(日本円換算にして100億円くらい) ※『グーゴル』=シンのいる地域の通貨単位

・【悪の秘密結社の巨大ロボの部品取引値段換算値】……

20億グーゴル


・【祖父と祖母との時間】……priceless(プライスレス)

 

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