第13話 回想~【ペット『犬(ヘンリル)』】


 ~約半年前~


 それは突然の出来事だった。

 迂闊にも一人だけで家の敷地外にある村へ足を運んでしまった事が切っ掛けだ。

 敷地内から僕の足でも徒歩数十分にある隣村だから完全に油断していたという他ない。今までここには『とある理由』で足しげく通っていたのも隙を生んだ原因でもあるだろう。


 村を害獣である『狼』が取り囲んでしまったのだ。


 村を囲う柵を今にも破壊せんと無数の狼が牙を剥き唸りをあげる。まんべんなく囲まれて退路はどこにも存在しない。

 だけど、その光景とは対称的に当の村人達は臨戦態勢ではあるものの不安げな様子もなく、落ち着き払っている。理由はすぐに判明した。


「運の悪い狼達だな、ちょうどシン様が滞在中を狙うなんて……運というより実力差を感じられないほどレベルの低い狼ということか」

「ははは、まったくだ。おい! 退くなら今のうちだぞ!? ここには今、世界最強のお方がいらっしゃる!! 聞く耳があればすぐに尻尾を巻いて逃げることだ!! お前らなぞ一撫でだけで跡形もなくなるぞ!」


 と、いう理由だ。うん、僕の事だ。

 その最強のお方の当人は涼しい顔をしながらも今にも腰を抜かしそうになりながら知略を巡らせている事に村人達は気づいていない。


(どどどうしよう、今ギルドには家族は誰もいないしセリカは王都にいるしあああ一人で来るんじゃなかった完全に油断してた!)


 当時、ギルドの館を王様から貰い受けたばかりで地の利もあまり無かったし周辺の害獣達も父さん達が追い払ったばかりだったので狼が村に襲来するなんて夢にも思わなかった。

 虚を完全に突かれた僕は脳をフル回転させながら現状を打破する術を思考するのに必死だった。

 村人達は完全に僕にお任せモードになっていて臨戦態勢を解いてる者もいる、中には余裕綽々に農作業を再開した者もいた。


(みんなと共闘する!? いや、害獣すら一人でなんとかできないなんて知られたらギルドの評判に傷が……じゃあ調子が悪い事にして……いやでも元気なところをさっき見せちゃったし……あああどうしよう)


 野良狼の平均レベルは100以上……これは平均一般村人レベル50を大幅に越える。僕がどうにかできなければ村人達もただでは済まない。

 だとしたら方法は一つ、狼達を僕に引き付けて村の外で死ぬ。それしか方法はなかった。

 しかし、そんな思いつきすら一蹴するほどの存在が村に足を踏み入れたんだ。


【待たれよ】


 脳に直接響くような声と共に『それ』はいつの間にか僕らの目の前にいた。

 他の狼とは一線を画す存在ーー大きさも、威圧感も、存在感も。美しさも。

 紫がかった威光を放ちながら……7メートルはあろうかという【狼の王】がそこにいた。


 瞬間、僕は死を覚悟する。

 どう足掻いたって勝ちようもない存在だと、空気だけで理解した。

 家族以外でこれ程までの存在に出会った事はなかったから。究極刀雑草なんて比にならないほどの絶望、もしかしたらこの狼は家族とも渡り合えるかもしれない……それは何よりも明確な僕の死をイメージさせた。

 

 だけど、それは勘違いだった。

 強さの計測の事じゃない。


 この狼は、僕の家族だったのだ。


【御主人、ようやく会う事が叶いました。半年間……身を裂くほどに強くなる慕情に耐え、再び、御主人の元へ馳せ参じた次第であります】

「…………え? な……なんのこと……ですか?」

【わからぬのも無理からぬ事……姿形をこのように変えてしまっては…………地球にて樹山一家に飼われておりましたーー犬の『ヘンリル』でございます】

「ええええええええええええっ!?」


 その狼の王は、僕らと一緒に異世界転移に巻き込まれて行方不明だった犬のヘンリルだった。

 何がどうなってそんな妖怪みたいな姿になってしまったのかは凄く気になるけど一旦置いておきましてーー僕が足しげくこの村に通っていた『ある理由』が図らずも偶然、一つ叶ってしまったのだ。


 それは、異世界転移に巻き込まれ行方不明になっている家族の捜索。

 じいちゃん、ばあちゃん、兄……その奥さん、猫に犬。計六名は半年、僕らがこの世界に順応するまで行方知れずだった。

 ある時は家族総出で世界中を、セリカには騎士の権限を使ってもらって捜索をずっとしていたけど情報は一切掴めなかったんだ。

 一時には泣き腫らした、もう二度と会えないんじゃないかって枕を濡らした。けど、みんなは諦めなかった。楽観主義な家族だけど僕を思って捜索を続けてくれた。思えばみんなが世界中を飛び回っているのも、様々な依頼を受けてくれるのもそのためなのかもしれない。

 だから僕も諦めなかった、村には毎日通って村長と情報を共有した。まさか村に直接現れるとは思わなかったけど。

 

 僕は思わずヘンリルに飛びつく、もふもふな毛並みに揉まれながら涙を流した。


「よかった……もう会えないかと思ったよ……うん、姿は変わっちゃったけどヘンリルの匂いだ……」

【嗚呼……御主人、申し訳ありませんでした……この世界に来て御主人達の匂いにはすぐに感じ取ってはいたのですが……『精霊戦争』なるものに巻き込まれ……そこで三代目『フェンリル』の称号を勝ち取り精霊王になるまでに時間を要してしまいました……】


 ヘンリルはさらっと凄い事を言った。


【周囲の狼共は私の部下です、いえ、この世界におけるイヌ科の存在は総て私の部下となりました。漸(ようや)く御主人の元へ行けると思いテンションが上がってしまい連れてきてしまいました……驚かせて申し訳ありません。今退(さ)がらせます】


 そう言うとヘンリルは遠吠えを発して狼達を遠退けた。

 それを見た村人達がこれでもかと言うくらいに僕を称えてくれたり、ヘンリルが人間の姿にもなれたり(裸の可愛い女の子で僕には刺激が強すぎた)して情報過多になったけど……今はおいておく。

 何故ならヘンリルは僕の一番欲しい情報を持ってきてくれたから。


【家族様は全員息災であられますが、すぐには帰れないほどに各地で武名を轟かせておいでです。しかし……武術神『セイリュウ』様と魔女『あめ』様は近日ご家族の元へ帰られるようです】

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