夜中に窓は開けないで

 夏休みが終わる頃は、夜もだいぶ過ごしやすくなったんじゃないかな? そんな季節になったら、君は窓を開けて寝るのかな。電気代の節約といって、夜に窓を開けたまま寝るのはやめた方がいいと思うよ。もちろん泥棒も警戒しないといけないけど、幽霊とかもっと悪いものが家の中に入ってきたら嫌だろう?


 僕の体験した話をしよう。僕が小学生の頃の話だよ。僕は幼い頃に母が事故で亡くなってね。父と弟と僕の三人で暮らしていたんだ。

 母が死んでから半年も経たないうちに、父は新しい女性と再婚したんだ。でも僕と弟はその女性が嫌いでね。僕たちの母はもうこの世にいないのに、再婚した女性は母の代わりになれると思っているんだ。何より僕たちを放置して父とばかりお出かけするんだ。父を取られたような気がして嫌だったね。女性が嫌がるからと母の仏壇や写真は片付けられて、まるで僕たちの母が最初からいなかったようにされたよ。僕と弟は母のいた場所に帰りたいといつも泣いていたよ。


 夏のあの日は、いつものように窓を開けて寝ていたんだよ。子ども部屋にエアコンがなかったんだ。母が生きていた頃は両親の部屋で一緒に寝ていたけど、あの女性と同じ部屋で寝るのが嫌で我慢していたんだ。

 その日はやけに蒸し暑かったね。僕は寝苦しくて途中で目を覚ましたんだ。布団から起き上がると、隣で寝ていた弟も目をこすって起きたのさ。僕は暑くて汗びっしょりだったよ。


 喉が乾いていたねと弟と話していたとき、開いた窓から「おいで」と声がしたんだ。弱々しくかすれた女の人の声だよ。たまに、夜を散歩する人の話し声が聞こえてくることはあったけど、その声はすぐ近くで聞こえたんだ。まるで窓の側に立っているようにね。誰かが僕たちの部屋をのぞき見しているんじゃないかと気味が悪かったよ。声はまた聞こえたよ。「おいで」って。閉められたカーテンが風に吹かれて揺れていたよ。僕たちを手招きするようにね。


 幸い僕たちの部屋は枕元の常夜灯の明かりだけだったんだ。僕は外から僕たちの部屋がよく見えないんじゃないかと思ってね。外から見られないように、僕は壁に沿って窓に近づいたよ。弟は怖かったのか僕の後ろをピッタリくっついてきたんだ。僕はへっぴり腰になりながら、窓の縁に手をかけたよ。思いっきり締めてすぐに鍵をかけようとしたんだ。


 窓を閉めようとした瞬間、網戸が部屋の中に倒れたんだ。そして僕の腕を誰かが掴んだよ。掴まれた手はぬるぬるしていて気持ち悪かったよ。すごい力で僕を部屋の外に出そうと引っ張るのさ。この手に連れて行かれたらどうなってしまうのか。それを考えるだけで恐ろしかったよ。僕は必死に抵抗したね。そばにあった棚やらなんやらを掴み、体をもっていかれない踏ん張ったよ。ガタガタと家具の揺れる大きな物音と後ろで泣き叫ぶ弟の声が部屋中に響いたね。バタバタと廊下から足音が聞こえてきて、僕たちの部屋のドアが開かれたんだ。


 その瞬間、僕を掴んでいた手が消えたんだ。慌てて父と女性が部屋に入ってきたよ。父は血相を変えて、女性は椅子を持っていたね。壊れた網戸に、散らかった家具を見て二人は驚いていたよ。弟は泣きわめきながら「お母さん、お母さん」と言っていたよ。父は僕を見て青ざめた顔をして言ったんだ。「おい、その血はどうしたんだ」って。僕の腕にはぬめっとした血の手跡が残っていたんだ。


 僕は父に正直に話したんだ。すぐに警察が来て、調査してくれたよ。でもどこにも僕たち以外の人がいた形跡がなかったんだ。僕の腕に残った血液を調べてもらったよ。僕の血じゃなかったよ。家族の誰の血でもなかったよ。でも僕のDNAに近いものだったんだ。


 あれから弟は夜になると窓にへばりつくように外を見るようになったんだ。母を待っていると言うんだよ。僕が腕を掴まれているとき、弟はずっと僕の後ろにいたんだ。弟は母を窓の外で見たと言うんだよ。僕たちを迎えに来てくれたって。本当にあれは母だったのかな。それとも母になりすました別のなにかなのか。


 夜中に窓を開けてはいけない理由がわかったかな。僕の話は本当にあったことなんだから。もしかしたら、今、君の窓の外にも誰かがいるかもしれないよ。

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