虫入り琥珀

 ねえ、君にいい物を見せてあげようか。ほら、手に取ってみて。きれいな琥珀でしょ。


 なかに虫が入っているのが見えるかな? 虫の化石だよ。マニアの中では高価な取引がされているようだね。きっと、その琥珀も高額になると思うよ。僕がなぜその虫入り琥珀を持っているか教えてあげようか。買った物ではないんだよ。拾ったんだ。


 僕が家から出て森に遊びに行ったときのことだよ。その日は変な白い服を着た集団がうろうろしていてね。奴らはそこら中に息苦しいものをまき散らしていたよ。不気味な光景だったよ。でも奴らは僕が森に入るのに気を止めずに白い霧をばらまいていたよ。森はたくさんの虫であふれていたね。蝉はアピールに必死で、蟻は僕の体に登ってこようとしていたよ。


 森の中をしばらくうろうろして、疲れた僕は一休みしたんだ。そしたら僕の足下で何かがキラキラ光っていることに気がついてね。見たら飴色の石が日差しに照らされて光っていたんだ。琥珀だよ。僕は思わずうっとりしたね。琥珀の中の虫にも気づいて、観察していたんだ。かっこいい虫だったよ。でも虫の周りは黒いもやがまとっていたよ。琥珀自体は透明度が高くて綺麗なんだけどね。それにその虫ともやを見ていると、僕の心がざわつくんだよ。なんて言えばいいのかな。恨みというか、虫の怨念がその琥珀からにじみ出ている気がしたんだ。


 僕が琥珀に見とれているとき、誰かの足音がしたんだ。足音にトラウマのある僕は慌てて草陰に隠れたよ。その人物は森に来るときに見た白い服を着たひとりだったよ。顔は覆われていてよく見えなかったね。その人物が落ちている琥珀に気がついて、大喜びで拾い上げたんだ。


 その時だったよ。琥珀から黒いもやが広がって、その人物を覆い尽くしたんだ。その人の叫び声が森中に広がったね。そして手に持っていたものから白い霧を一心不乱にまき散らかしていたよ。黒いもやはさらに広がり、僕が隠れている草むらまで迫ってきたよ。僕は思わず目をつむったんだ。どろどろと息苦しい空気が僕の中に入ってくるんだ。心が締め付けられるような感覚とやり場のない怒りのような感情が僕を支配するんだ。これはきっと、あの琥珀の中の虫の怨念なんだろうと思ったよ。


 息苦しさがなくなって、目を開けると僕は草むらにいなかったよ。僕は立っていたんだ。手に琥珀を持って。手は自分の手じゃなかった。それに白い服の袖が見えたよ。僕は白い服なんて着てないのに。僕は自分の体のあちこちを触って自覚したよ。この体は僕の体じゃないんだ。さっきの人物と入れ替わっているんだ。じゃあ、僕の体は草むらにあるのかと思って探したけど、どこにもいなかったよ。僕が見ていない間に入れ替わった人がパニックを起こしてどこかに行ってしまったのかもね。


 僕がそんなことを考えながら立っていると、急に後ろから肩を叩かれたよ。そいつも白い服を着ていたよ。この体の仲間なんだろうね。同じ目線の高さになったことで、顔がよく見えるようになったんだ。さっきの悲鳴を聞いて心配している様子だったよ。

 僕は顔を見て驚いたよ。肩を叩いた人物は、僕の家に住み着いている人間だったんだ。そいつともうひとり一緒に住み着いている奴に僕は恨みがあってね。僕を見るたびに殺そうとするし、先日は僕の兄妹が新聞紙で叩きつけられているのを見たばかりだったんだ。僕は手の中の琥珀を見たよ。中の虫が僕に訴えかけてくるんだ。復讐しろ。そう聞こえたよ。僕も人間が許せなかったよ。僕は虫に同意してね。引き受けることにしたんだ。


 復讐の内容を知りたい? いいよ。君には教えてあげるよ。最後だもんね。その琥珀の中の虫は、住宅街があった森に住んでた虫なんだ。その森の樹液に巻き込まれて琥珀になったんだ。琥珀のなかでその虫は自分の仲間たちが人間に無残に殺されているのを何年も見続けてきたんだよ。その悲しさ、無情さから怨念化してしまたんだよ。人間に仲間たちの苦しみを味わわせようとしているんだ。その執行役に光栄にも僕が選ばれたんだよ。


 ほら、カサカサ聞こえるだろう? 君と体を入れ替える僕の仲間の足音だよ。君も僕の仲間を殺しただろう? 間接的でもさ。大丈夫。君の仲間はたくさんいるよ。僕が入れ替えておいたからね。もしかしたら君、元人間を殺しているかも。

 ははは、入れ替わることで、君たち人間の愚かな行為に気がつくはずさ。


 そうそう僕からのアドバイスを教えようか。足音が聞こえたら、すぐに家具の裏に逃げること。人間の奴ら僕たちを一目見ただけで血眼になって殺そうとしてくるからね。あといい匂いのする食べ物は注意してね。毒だったら脱水症状で死んじゃうよ。


 ほら、もやが君の中に入ってきたよ。素敵な台所ライフを楽しんでくれ。

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