第5話 … 変態の涙【完結】

 突然、態度を変えたクニマサ。


 なおも『許してぇぇぇぇ』と、涙声で命乞いを続ける。


『もう二度と、人の書いた小説に現れないからぁぁ。大人しくするからぁぁ! 命だけはぁぁぁ……ごごご、ご勘弁をぉぉぉぉ……』



 私達は、呆気に取られた。


 死神消滅ビームと聴いただけで、あのクニマサがこんなにも怯えるとは……。


 やはり死神を一瞬で消滅させる、強力なビームなのだろう。



 涙と鼻水、ヨダレまで垂らした情けない顔を見た茜は、すっかり戦意を失くしてしまったようだ。


 砂の上には、涙と思われる黒いシミが点々と見えた。


 茜の全身を包んでいたオーラが、フッと消える。



「……もうっ、しょうがないな。二度と悪さをしないと誓う?」


『誓う、誓う! 誓いますとも! 神様、仏様、マリア様! ワシは、心から誓うぞい‼︎』



 茜が振り返って、私を見た。


「ねえ、春香。しょうがないよね。阿部さんはやっつけろって言ったけど、もう悪さしないって言ってるし」


「う……うん……」



 これでいいのかな? と思っていると……。


 ニヤリと、邪悪な笑みを浮かべたクニマサが立ち上がり、茜の背後へと近づいた。


「あ、茜っ! 後ろっ!」


「え?」


『スキありっ!』


 クニマサの、赤いフンドシが長く伸びると、茜の首をグルグル巻きにした。



「うっ、しまった!」


『キシシシ……馬鹿な小娘じゃ』


 フンドシはギリギリと、茜の首を容赦なく絞めあげた。



「く……く……苦しい……ぃ……」


 ガクッ。


 首元を押さえていた両手が、ダランと脱力した。


「えっ? 茜? 死んだの? 死んじゃったの、茜?」



 フンドシが緩くなり、茜が地面に崩れ落ちた。


『キシシシ……気絶してるだけじゃ。こいつはムカつくからな、後でゆっくり料理する事にして、まずは、お前からじゃぞい……』


 クニマサの目が、怪しく光る。



「ひっ……!」


 私は身構えた。


 ヒタヒタと近づいてくる、裸の男。



 うう……寒気がする……。


 やばい……私、殺される……。





「あ……あの……、しょ、しょ……」


『なんじゃ、怖くて小便が漏れそうか?』



「ち、違う。しょ、しょ、小説! 小説を書いておられますよね、クニマサさん! とても素晴らしい官能小説! わ、私、クニマサさんの大ファンなんです!」


 クニマサが、ピタッと足を止めた。



『ワシの、大ファン?』


「わ、私、文芸部に入っているんです。顧問の先生が教材にと、沢山の本を持って来てくれるんですけど、その中にクニマサさんの小説があったんです! 官能小説も勉強になると言う事で、一冊だけあったんです!」



 クニマサが、疑いの目をした。


『本当かぁ? まあ確かにワシはその昔、三つの作品を自費出版した事がある。それぞれ五百冊、計千五百冊ほど作ったが、売れたのは僅かに十冊だった。……その一冊を見たと言う事か?』



「え……あ……そ、そうです! そうなんです!」


 私は、口から出まかせを言った。


 なんとか時間を稼いで、その間に茜の意識が戻るのを期待した。




『ふむ……。それはワシの渾身の超大作、《人妻調教・オナラ地獄》か? それか《淫らな吐息に揺れるホクロの毛》か? それとも《百キロ熟女・おげれつ大百科》か?』


 うわぁ……キモいタイトルばかり。


 もう官能小説じゃなくて、ただの変態小説だよ。



 私は、えげつない題名の数々に立ちくらみがした。


 しかし、気絶する訳にはいかない。


 ここは踏ん張りどころ。



「……あっ、そうそう! その人妻調教……なんとかと言う作品です あれは感動しました! とても素晴らしい作品です!」


『ふむ《人妻調教・オナラ地獄》とな。じゃあ内容を言ってみろ』



 えっ!


 どうしよう、内容なんか知らないよ。


 知りたくもないし。


 えーと、もうイチかバチか、適当に言ってみよう。



「……ええと、そうですね。人妻が調教されるという話で……、オナラ地獄に……最初は苦しんでいた人妻も、その臭さが、なんというか徐々に癖になるといった展開で……その人妻の心境の変化が……とても見どころです。そして、オナラ無しでは生きていけない体になった人妻が、オナラ欲しさのために犯罪に手を染め、刑務所に入れられるんです……。ラストは、オナラで脱獄するという、奇想天外な物語でした……はい……あの、どうでしょう?」


『ふーむ、まさにその通りじゃ。口から出まかせ言っとるわけじゃ無さそうじゃな』



 ……あ、当たった。


 適当に言ったのに。





 よし、ここで一気に攻めてみよう。


「本当に素晴らしい作品でした! 五感に訴える巧みな描写、非現実的なのに、リアルを感じさせる卓越された文章力! 洗練された言葉の一つ一つに感動して、涙が止まらなかったです!」


 クニマサさんは腕を組むと、目を閉じ深く頷いた。



『うーむ、お主、分かっておるな。年端もいかぬ小娘じゃと思っておったが、まさかこうもワシの文章力、作品に込めた真意を理解するとは大したものじゃ!』


 なんか知らないけど、クニマサさんは凄く納得してくれている。


 茜が起き上がるまでの時間稼ぎのつもりだったけど、うまく行けば私達への攻撃をやめて、帰ってくれるかもしれない。



 私は慎重に言葉を選びながら、説得を続けた。


「あの……ですから、たとえクニマサさんの小説が賞を取れなかったとしても、分かる人には分かると思います。実は私も、密かにBL小説を《小説家になろう》という小説投稿サイトに発表してます。クニマサさんと同じで、誰からも評価してもらえません。賞に応募しても一次選考で、すぐ落ちてしまいます。その度に私、才能ないなぁと落ち込みました。でも《面白かったです、これからも頑張って下さい》と、初めてコメントが来た事がありました。本当に嬉しかったです。私、その時に思いました。きっと、賞だけが全てじゃない。小説を通して、人と人との心の触れ合い。同じ趣味を持った仲間同士の交流。それも大事だと思うんです……」



『ふーむ……』


 クニマサさんは、真摯な目をして唸った。



「……そう、みんな仲間ですよ。ジャンルは違っても、クニマサさんと同じ小説仲間です。だから、そんな仲間が書いた小説を、変態化させたりしないで下さい。そんな事をしても、気持ちは晴れないですよ。むしろ心は荒んでいく一方です」



 クニマサさんは沈黙したまま、視線を落とした。


 私は手応えを感じた。


 あと、もう一押しだ。



「お願いです! こんな復讐はもうやめて、また小説を書きましょうよ。きっと誰かが見てくれます。誰かが喜んでくれます。保証します、ねぇクニマサさん!」


『うっ……うううっ……』


 顔を上げたクニマサさんの目には、キラキラと光るものがあった。



『分かってたんじゃ……本当は分かってたんじゃ……。こんな事を繰り返しても、何もならない事くらい……。本当は……本当は……こんな馬鹿な事、早く止めたかったんじゃ』


 クニマサさんは、自らのフンドシで涙を拭った。


『じゃが……ワシみたいな変態が……今さら仲間にして貰えるのかのう? こんな馬鹿な事ばかりしてきたのに、許して貰えるのかのう?』




 私は微笑み、クニマサさんの側に近づいた。


「……大丈夫ですよ。その気持ちがあれば、もう仲間ですよ。クニマサさんも、ネットに小説を投稿してみてはどうですか? 18禁の小説を投稿出来るサイトもありますから」


『分かった……パソコンとかスマートフォンとか、よく分からんが勉強するぞい。もう賞なんか、どうでもよいわい。みんなに悦んで貰える、とんでもない程、えげつない官能小説を書くぞい。いつか、エロスの巨匠と呼ばれるほどに! ワシは頑張るぞい!』



 クニマサさんが、元気よく拳を振り上げた。


「……はい。あまりにも、えげつない小説だと削除されますけど……頑張って下さいね!」


『うむ、ありがとう。お嬢さん』



 クニマサさんは優しく微笑むと、天に両手をかざした。


 とたんに薄暗かった景色が、明るさを取り戻した。


 分厚い雲が静かに消え、太陽の光が顔を出したのだ。





『結界は解いてやったぞい』


 や、やった……助かった。



『君達には、迷惑をかけた。悪かったのう』


 クニマサさんは膝をつき、気絶している茜を、優しく抱きかかえた。



 彼の手から、蛍のような優しいな光が無数に発せらた。


 それらは、茜の身体を労わる様に包み込む。




・。・*・゜。。・*・゜。*。+゜*.。




『これは治癒能力じゃぞい。この子にも、悪い事をしたのう』


 茜が唸りながら、重そうな瞼を開いた。


「う……うう……」



「茜、大丈夫?」と、私は茜の顔を覗き込んだ。


 茜は虚ろな目で、私と、抱きかかえるクニマサさんとを交互に見た。



 そして意識がハッキリしたのだろう。


 カッと両目を開いた。


『お嬢さん、すまんかったのう……』とクニマサ。



「うわぁぁぁ‼︎ 離せよ‼︎ キモい、キモい‼︎」


 茜はクニマサさんの手を払いのけると、身構えた。



「ちょっと茜、大丈夫だよ。もうクニマサさんは……」


『そうそう、ワシは改心したぞい。もうこれからは……』


 茜が人差し指を、クニマサさんに向ける。



「喰らえっ‼︎」





___人人人人人人人人人人___

   死神消滅ビーーーム‼︎

  ̄ ̄YYYYYYYYYY ̄ ̄ ̄ ̄





 バリバリバリッ‼︎


『おごぉぉぉぉぉぉぉーーーー‼︎‼︎‼︎」


 青い閃光が、クニマサさんの全身を駆け巡る。



「ちょ、ちょっと茜!」


「オラァァァァ!」と叫ぶ茜。



 怒りが込められているためか、阿部さんの時よりも強烈だ。


 やがて巨大な火柱が発生し、無数の火の玉が飛び散った。


 息苦しい熱風に煽られた私の耳に、断末魔の叫びが届く。




『おごーーー‼︎ おゴー‼︎ オゴー』





 オ

 ォ

   ォ

    ォ

     ォ

     ォ

      ォ

     ォ

     ォ

    ォ

   ォ

   ォ

    ォ

    ォ

     ・





 ……しーんと静寂。



 とうとう、クニマサさんは消滅してしまった。


 赤いフンドシだけを残して。


 


 ポカーン。


 私は呆然と、地面に横たわるフンドシを見つめた。


 茜が駆け寄ってくる。


「春香っ! 大丈夫だった? 変態ジジイに変な事されなかった?」


「えっ……あ……だ……大丈夫だけど……」




 その時、校舎の方から女性の声が飛んできた。


「あなた達ー! グラウンドで何やってるのー? 早く戻ってきなさいよー!」


 一階の窓から、千葉先生が呼んでいる。



 茜が「はーい」と手を振る。


「良かったぁ。あのジジイが死んだから、化け物になってた、なぎさ先生も元に戻ったみたいだね」


「そ……そうなんだ……」


 私はまだ、心ここに在らずといったふうに、返事をした。



「どうしたの春香? 校舎に戻ろうよ!」


「う……うん」



 私は再び、クニマサさんが残したフンドシに目を向けた。


 ヒュウと風が吹くと、それは天高く舞い上がった。



 これで、よかったのだろうか……。


 せっかく改心したのに。


 私は、青空を舞うフンドシを見上げて思った。



 ……いや、これで良かったんだ。



 うん、きっとこれで良かったんだよ。


 そういう事にしておこう。



 いいですよね? 読者の皆さん。





 ……え? ダメ?






おわり



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変態異世界へようこそ 岡本圭地 @okamoto2023kkk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ