第3話 … 変態の過去



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           …    ・

              


    変

        



               。




「文章正常化ブリーズ!」


 変態おじさんとは違う、男性の声がした。


 直後に、フワッと優しい風が吹き抜けた。



 ……。


 …………。



 そっと目を開けると、心配そうな茜の顔があった。


「春香、大丈夫?」


「う……うん」



 しゃがみ込んでいた私は、ゆっくりと立ち上がった。


「あれっ? 文章が元に戻ってる……」



 あれほど狂乱していた変態文章が、正常に戻っていた。


 私は、ホッと安堵の溜息を漏らした。



「よ、良かったぁぁ……。このまま私も茜も、グチャグチャになって、死んじゃうのかと思ったよ……」


「でも、どうして文章が元に戻ったんだろーね?」



「それは、私が戻したからですよ!」


 どこからともなく、男性の声が聴こえた。


 私達は周囲を見渡した。



 すると突然、私の足元からゾンビの様に、モソモソと這い出てくる男性がいた。



「きゃっ!」


 私は驚いて、思わず尻餅をついてしまった。



 茜が駆け寄ってくる。


「こらっ! しつこいよ、変態ジジイ!」


 ガスッ、ガスッ‼︎


「痛い、痛いっ!」



 土を掻き分け、這い上がろうとする男性を、茜が蹴り付けた。


「こ、こらっ、やめなさい!」



 それは明らかに、変態おじさんの声ではなかった。


 それに裸ではなく、スーツを着ている。



 私は立ち上がると、茜を制した。


「茜っ、あの変態おじさんじゃないみたいだよ!」


「えっ? 違うの?」



 男性は「痛いなぁ……もう」と、文句を言いながら、地面から這い出た。


 土で汚れた紺色のスーツをパンパンと叩くと、眼鏡の位置を整えた。



 彼は長身で真面目そうだが、どこか頼りない印象を受ける。


 怪訝な顔で見つめる茜が「あんた、もしかして……」と、喋りだした。


「春香のパンツ、覗こうとしてたんでしょ⁉︎ 地面から‼︎ とんでもない変態ね‼︎」



 男性が眉を吊り上げ、首を左右に振る。


「いえ、違いますよ! この小説へと瞬間移動したら、たまたま地面の中だったんです!」


「瞬間移動?」と、茜が眉をひそめた。


 男性は息を整え、コホンと一つ咳をする。



「……申し遅れましたが、私は小説警備隊、阿部ウミジという者です」


「小説警備隊?」


「ええ、小説の中に侵入し、悪さをする死神から、物語を守るのが私達の使命なのです!」



「……なにそれ?」


 茜が、ポカンと口を開けた。



 きっと私も、同じ顔をしているのだろう。


 ちょっと意味が分からない。



「実はですね。この小説、本来は君達二人の青春友情物語だったのです。ですが変態死神男・山本クニマサが出現したため、グチャグチャになってしまったのです」



 ……?


 ……?



 私達は困惑して、お互いの顔を見合わせた。


 阿部さんに顔を戻すと、私は呟いた。



「変態……死神男……山本クニマサ……?」




「そう、山本クニマサ。奴は変態異世界を、自らの魔力で創り出し、主人公を怖がらせては喜んでいる、とんでもない変態死神なのです!」


 阿部さんが、険しい顔つきで語気を強めた。



「奴の手口は毎回、ほぼ同じ。まずは結界を張り、主人公を閉じ込めます。そして、主人公に散々嫌がらせを繰り返した後、文章をグチャグチャに変態化させます。そうなると、主人公は文字化けの波に飲まれ消えてしまうのです。くわえて、読者も《この作者、頭おかしくなったぞ》と思い、読むのをやめてしまいます。一生懸命、小説を書いている作者からしても、ほとほと迷惑な奴なのですよ!」


 確かに、本当に迷惑な人……。


 私は心の底から、そう思った。



「因みにですが、奴は物語に出てくるキャラクターを、怪物に変えたりもします」


 怪物?


 私は、千葉先生の事を思い出した。


 あんな恐ろしい姿になってしまったのは、あのクニマサの仕業だったのだ。



「でも……」


 不意に疑問が湧き上がる。


「どうして、そのクニマサという人は、小説を変態化させるんですか?」



「それは……復讐です」


「復讐?」


 阿部さんの神妙な面持ちに、私は少し背筋を伸ばした。


「……ええ。かつてクニマサは、小説家を目指していました。しかし、新人賞に応募するも、全て一次選考で落選しました。五十年間それを繰り返した後、ついに彼の怒りは頂点に達しました。その結果、小説を破壊する死神へと変貌してしまったのです。それからというもの、この世に存在する数百万、数千万とある小説の中へと入り込んでは、話を変態化させ、メチャクチャにしてきたのです」


「……そうなんですか。五十年も書いて、一次選考も通らないというのは、やっぱり難しい純文学を書いたからですよね?」


 阿部さんは目を閉じた後、ゆっくりと首を左右に振った。



「……いえ、官能小説です」


「えっ⁉︎」



「……それもSMの話ばかり」


「えええっ⁉︎」



「……しかも執筆中は全裸で、三角木馬に乗っています」


「ええええええーーー⁉︎」



「……さらに両方の乳首に、洗濯バサミを……」


「わわっ、もう聞きたくないよ‼︎ 完全に変態だよ‼︎」



「とにかく! そういう経緯で、クニマサは全ての小説を変態化させないと、気が済まないのです! きっと奴は、この小説が正常に戻った事に気付き、再びここへ戻ってくるでしょう」


「また来るんですか? 本当にしつこいなぁ……。あ、でも、もう大丈夫ですよね。阿部さんが、あのクニマサって人を、やっつけてくれるんですよね?」



 阿部さんは、自信に満ちた笑みを浮かべ、きっぱりと言い切った。


「……無理‼︎」


「ええっ、なんでですか!」



「僕は、おかしくなった文章を元に戻す能力はありますが、あんな強大な魔力を持ったクニマサと、闘える力などありません! 足元にも及びません!」


「ダメじゃん!」


 黙って聞いていた茜が、仰け反った。




 すると阿部さんが、私達に向けて掌を向けた。


「心配ご無用!」と言い、胸の内ポケットから金色の液体が入った、怪しい小瓶を取り出した。



「何ですか、その気味悪い瓶……」


 私は嫌悪感を抱きながら、問いかけた。



「これは闘神水と言われる、僕の生まれ故郷で古くから伝わる、聖水です」


「それで……?」



「これを飲めば、一時的に超人的な力を発揮出来る! ……らしい」


「らしい⁉︎」



「いや本当に、飲めば必ずクニマサを倒せる! ……と願う」


「願う⁉︎」



 思わずツッコミを入れる私に、阿部さんが小瓶を近づけてきた。


 悪徳セールスマンの様な笑みを作りながら、ポンと小瓶の蓋を取る。


「いやっ……!」


 私は逃げ出したくなった。



「いいから、いいから。ほらっ、騙されたと思って。飲んでみて下さい!」


「うわっ、ちょっ、くさ、臭いですよ! 色といい、これオシッコじゃないんですか?」



「大丈夫ですよ、ほら僕を信じて、一気に!」


「臭い、息が出来ないっ!」



 見るに見かねた茜が、私達の間を割いた。


「ちょっと阿部さん、やめなよ! 春香が嫌がってるじゃん!」


 そう言って茜は、阿部さんの持つ小瓶を取り上げた。



「……私が飲むよ」


「えっ? 茜、いいの? 凄い刺激臭だよ」


「でも強くなれるんでしょう? 私、強くなりたい! それで、あのジジイをやっつけたい!」


「でも……」



 パチパチパチ……。


 阿部さんが、感心した様子で拍手をする。


「いやぁ、さすがです! 茜さん……でしたっけ? 君は見どころがあります! さあ、一気に飲み干して! ほら!」



 茜は、一つ深い呼吸をすると、覚悟を決めゴクリと飲み干した。


「うわっ、何これ! にっが! オエッ!」


「だから言ったでしょ、茜!」



「オエッ、吐きそう! これオシッコだよ! 絶対にオシッ……、うう……ううう……」


「茜、大丈夫? えっ何? 死ぬの? 死んじゃうの、茜?」


「……ううぅ……うおぉぉぉーー‼︎」




     |

   \\|//

ー ー カッ‼︎ ー ー

   //|\\

     |




 茜の身体から、七色の光が放たれた。


 同時に、茜を軸に渦巻き状の強風が吹き荒れる。


 私は乱れた長い髪と、めくれそうなスカートを押さえながら、茜を見た。



 彼女はオレンジ色のオーラを発しながら、五十センチほど宙に浮いていた。


 足元には、薄っすらとクレーターが出来ている。



「す……凄い……」


 異次元の力を持った茜に、私は驚愕した。





つづく……


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