第43話

 しょぼしょぼと小さな目をこすり、訳が分からないといった様子で周囲を見渡す。薬の効果がまだ残っているのだろうか、背筋が曲がって、心なしか体調が悪そうである。


 しばらくもごもごと口元を動かしていたが、ようやくソリバが自身の背中を支えていることに気が付くと、ハッと目覚めたかのように背中をピンと起こした。


「なんで?!」


 声変わりしていない甲高い声はよく響いたようで、ディジャールはうるさそうに顔をしかめた。


「……なんで、助けたの? 確かに助けてとは言ったけどさ」



 そう言ったところで口をつぐみ、『涙』が走って行った方を心配そうに見る。その方角には、人影の一つも見られなかった。



「旅人さんたちが『涙』を敵に回すはずなんてないと思ってた」


 ラニの表情は驚愕に満ちており、普段の子供らしさが消えている。昨夜にソリバと交渉をしたときの、年齢からかけ離れた知性を見せていた。



「助けるつもりはなかったんだけど、ねぇ」


 嫌味そうにディジャールは口を曲げ、目線をアフラムへ送る。しかし当の本人は知らん顔を決め込み、重々しく沈黙を保っていた。



「でも、客観視すると旅人さんたちは僕を助けたことになるよ。恐らく、向こうもそう思うし。……どうするのさ」


「どうするも何もない。それよりもラニ、今は君の身の安全の方が大事ではないのか」


 ソリバがラニと目線を合わせたまま言う。そうだけど、とラニは表情を曇らせたまま呟いた。




「旅人さんたちって、普通の人じゃないんでしょ」




 新人がビクッとして背筋を伸ばす。腰に提げた剣が音を立てた。あまりに露骨な反応に、ラニは苦笑を漏らす。


「分かるよ、僕だって馬鹿じゃないんだ。クリミズイ王国なんて、今まさに危機的状況にあるのに。そんなところからの旅人が、吟遊詩人や商人と同じ類なわけないよ」



 一瞬の静寂が周囲を取り囲み、だがまたすぐにラニの話声が続いた。



「そんな旅人さんたちが、『涙』を敵に回した……。これが軽傷で済む確率は明らかに低いんだよ。だって、ここからどこに行くにしても、アイツらの領域から出られないし」


 俯きながら控えめに、しかしつらつらと論理を口にする。その様子は、どこか自分を擁護するように、必死に取り繕っているようであった。



「僕なら、あの組織のヤバさも知っているし、何かと役に立てると思うんだよ。ならないにしても、足手まといにはならないはず」


 だんだんと、まくし立てるように早口になっていく。


「だってあいつらは危険だし、敵はよく知らないといけないし、旅人さんには何か大事な役割とかありそうだし」


「あそこに行けば情報もいくらでも手に入る」

「僕が恩恵にあやかる形になるけども」

「それより急がないと」

「でもそれほどに価値はあると思うし」

「身勝手は承知してるけど」

「てか無理に僕に合わせなくていいんだけど」


 突然に、ラニは何やら価値だのメリットだのという単語を羅列する。


 無理矢理に口にする慣れない交渉……? のような言葉は、やけに一方的で無我夢中といったようで、見苦しく、彼の知性に見合っていなかった。


 しかも最後の方は舌が上手く回らずもつれて、言葉になっていない。


 何度か話の最中にディジャールが止めようとしたが、言わせてやれ、とでも言わんばかりにソリバが制する。彼は呆れながら溜息を吐き、ラニの拙い免罪符へ耳を傾けていた。


 さんざん様々な文言を振り回して、一人で話し続けていたラニが、ようやく分かる話を持ち掛ける。



「旅人さんたちの裏に何かしらがあるのは察しが付いてる。……わかっている上で言うんだけどさ」


「何だ」


 息を詰まらせたラニの言葉を促すように、ソリバは背中をさすりながら声をかける。



「……僕をノウンリッジ皇国に連れて行ってほしいんだ」


 ラニは彼らから目をそらし、服の裾をギュッと掴んで離さなかった。

 


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狂闘イファニオン かえさん小説堂 @kaesan-kamosirenai

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