第42話

 ラニは未だに気を失っているようで、荒々しく転がされたのにも関わらず、顔色を悪くしてじっと眠っていた。後ろ手に縛られた腕が痛々しく赤い跡をつけており、よほど連中の強行が苛烈であったことを露わにしている。


「ええ……どうしたの、これ」


 半ば呆れたようにディジャールは言う。放っておこうと思っていた厄介事が思わぬ形で目の前に現れ、思わず苦笑していた。


「妙な連中がこいつを抱えて走ってきたから、奪って持ってきた」


「奪ってって……あのさぁ」


「何だ。こいつに用はないのか」


「そうじゃないけど。君も『涙』を知らないって言うの?」


「『涙』……」



 あれがそうか、とアフラムは独り言のようにつぶやく。その間、ソリバはラニの腕に絡みついたロープをほどき、脈を取ったり怪我の具合を見たりと、簡易的な触診を行っていた。







「その……『涙』って、一体?」


 まだ煙の痛みが残る目をこすり、先ほどから右往左往としていた新人が恐る恐る言った。



「知らないかい? まあ、平和なクリミズイ王国では無理もないけど」


 ディジャールは腕を組みなおし、触診をしているソリバの方へと目を向ける。どうせ知らないんでしょ、という視線である。ソリバはその視線に気づいていながら、わざと無視をした。


「彼らはいわゆる、宗教団体。とある一神教の宗教を元にした信者の集まり……と言えば、平和的なんだけど。昔からある由緒正しい集団らしいんだけど、最近は良い噂を聞かない連中だよ。まさかこんなところまで勢力を拡大しているとは思わなかった」


「宗教団体? それじゃあ、どうしてあんな真似をするんです? まるで、国の衛兵みたいな……」


「あはは、そこだよ、問題は」



 ディジャールは乾いた笑いをし、先ほど『涙』たちが走って行った方向へと目線をやる。



「なぜかは知らないけど、連中はノウンリッジ皇国とイタニシ国との国境で治安維持活動をしているんだ。彼らの宗教的に善か悪かを判断して、聖書をもとに罰則を与える。それを、あくまでも治安維持として常習的に行っているらしいよ。しかもそれを、両国が認めているっていうねぇ」


「ちょ、ちょっと待ってください。そんなことが可能なんですか? だって、そんなの……」


「独裁だ」



 今まで黙っていたアフラムが口を挟む。彼は先ほどから何をするでもなく、手持ち無沙汰に壁にもたれかかり、ジッと眠っているラニを見るともなく見つめていた。



「『涙』の治安維持行為の非正当性は随分前から議題になっている。三年のうちにドワネスフにまで至っているとは少々厄介だ。クリミズイ王国まで影響が来なければ良いが」


「何、怖いもの知らずの連中だって、まさか正体不明の病が跋扈する国までは手を出さないって」


 笑いの混じった口調でディジャールは言った。アフラムは眉をひそめ、ディジャールを睨む。彼はそれでも、笑みを浮かばせずにはいられないようだった。


「厄介ですか……まあ、そんなトンデモ団体が国に近づかれると、厄介ですよね」新人が顎に手を当てて頷く。


「それもあるけど、……」


 ディジャールが口にしかけた途端、ソリバによって回復体位にされていたラニが突然咳き込みだした。苦しそうに何度かむせた後、ソリバに背中をさすられながら体を起こす。


「……あれ?」

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