第29話

「えっ……これを?」


 突然の話に、ラニは面食らった。そして自身の両手に収まる重々しいそれと、愛想の良い笑みを浮かべたディジャールとを見比べる。


「そ、そりゃこれは……でも、未完成のもので……」


「十分だよ。これは素晴らしい兵器だ。活用すれば、瞬く間に人を始末することが出来る。良い値を出すよ」


 しかし、ラニは渋い顔をしながら困ったように首をかしげる。



「やめろ、ディジャール。困っているじゃないか」


「私は交渉しているだけだよ」


 ソリバが止めに入るも、ディジャールは平然とした顔で軽く返事をするだけで、指示を聞こうとしない。



 幼い頭で悩んでいるラニの方を見ながら、ソリバは密かに戦慄していた。



 この兵器が危険なものであるということは明らかである。それが果たして、この大罪人の手に渡ってしまっても良いのであろうか。その危惧が彼にはあった。


 速さには自信があるソリバでも、あの金属玉を見切ることはほとんど不可能である。あれがもしもアフラムとディジャールの手に渡ってしまった場合、対抗する術がなくなってしまう。


 ただでさえ魔法という強力な武器があるのに、新たな兵器まで加わってしまう。それだけは避けたいところであった。










 が、どうであろうか。この兵器をソリバが扱うことが出来たなら。


 今までソリバは、彼らに純粋な戦闘力で勝っていても、魔法という存在によって手を下すことができなかった。大罪人を制御するという目的において、この宝剣一つではいささか心許なかったところである。しかしこれがあればどうであろうか。


 (……勝るとはいかなくても、拮抗することくらいにはなり得るのではないか)


 一度その想像が入り込むと、それは炎のように脳内を侵食していった。三年前に救えなかった大勢の命の顔が浮かんでは消えていく。もうその者たちの声すらも思い出せない。そんな自責の念が、黒く燃え上がるように盛っていく。


 魔法使いが受ける苦痛は、常人の比ではないらしい。ではもしも、この金属玉が脳天を貫いたとしたら。そしてそれでも死に至れず、風穴を開けたまま腐っていくのであるとしたら。


 そう考えると、この少年の持つ兵器が途端に輝いて見えた。咄嗟にソリバは首を振る。これはあくまで正義を成す為のことであると。だが、自身の胸に渦巻く心情は、これを取りたくてしかたがない。


 今なら、ラニの手から奪って一発撃ちこむことくらいできる。




「あれ! 隊長!」


 ふと、路地の方から新人衛兵の声が響いた。指が二本通るか怪しいような小さな隙間から、新人の片目が覗いている。


「アフラムさん、こっちです! 合流できます!」


「……うるさい」


 壁の向こうからアフラムらしき声も聞こえた。


「結局、何してたんだか……。ま、いいや。それでどうかな、ラニ。それを売ってくれるかい?」


「えと……まだ考えさせてほしいっていうか……」


「ああ、そう? じゃあ一晩待とうか。今日はこの辺りに宿泊するから、翌朝に結論を聞かせてくれるとありがたいよ」


 急に音が入ったように、空気の緊張がほどけていくのを感じる。ソリバはハッと気づいたように正気を取り戻し、大きく息を吐いて前を向いた。


「何してんの、ソリバ。行くんでしょ」



 ディジャールからそう声をかけられる。「今行く」と短く返事をしてから、彼はその背中を追った。ラニの方を振り返りたくなる衝動を抑えて。



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