第28話
「ちょっと、勝手なことしないでよ!」
表に出ると、ディジャールは壁に向かって引き金を引いたところだった。
黒い筒の先からは灰色の煙が上り、ゆらゆらと揺れている。ディジャールの腕は強い衝撃を受けたように曲がり、重体が後ろへ反れていた。
「なんって威力だ……」
曲がった右腕を庇うように、左手が二の腕を掴んでいる。その手は少し震えていた。引きつった笑みが、どんどんと整っていく。そこに駆け寄ってきたラニが怒鳴った。
「貴重な一発なのに! どこに行ったの?」
「さあ。どこかに落ちているか、壁に埋まっていない?」
ラニは硬い壁を凝視し、そこの周辺の地面へ這いつくばる。一方のディジャールは、そんなことは気にも留めない様子で、手元の兵器をいじっていた。
「ねえ、これ何て名前なの?」
「はあ?! 今それどころじゃないんですけど!」
「良いから教えてよ。これ、凄いじゃないか。君一人で作ったの? やはりドワネスフの職人だなぁ。素晴らしいね」
ディジャールがラニのことを称賛し始めると、彼は少し体をピクリとさせ、黙ったまま地面を探している。
「作るのには苦心しただろう。そりゃそうだ。この威力だもんね。でももったいない。この名称が分からないんじゃ、評判のしようがないじゃないか。私はもっと、この技術を世間に知ってもらうべきなのだと思うのだけど、どう?」
サラサラとまくし立てるディジャールに、ラニは振り返りこそしなかったものの、どこかおぼつかない手つきで地面をまさぐっていた。
「……どうでも、いいよ。そんなの」
背中を見せたまま答えたその声には、明らかに強がったような振動があった。すると、ディジャールはわざとらしく大きな声で言う。
「ええ! そんな、謙遜することないじゃないか。これだけのことを成したんだ、もっと評価されるべきだろう!」
彼はそう言いながら、ラニの小さな背中に目を向けて、かすかに微笑を見せた。
「どうかな? この兵器の利用価値を広めるため、もっと実験してみては? 何でも協力しよう。私は君の力に心底惚れてしまったのでね。これは正しく評価されなければならない……」
「おい、勝手なことをするな」
ディジャールがラニに近づき、その肩に触れようとしたその瞬間、小屋からソリバが出てきて声をかけた。
肩に触れる寸前で止まった右手は、何事もなかったかのように袖の中に納められた。ソリバは不機嫌そうに顔をゆがめ、ツカツカとディジャールに歩みよる。
「もう三十分経過する。アフラムと新人の元に戻らなくては」
そう話しながら、さりげなくソリバはラニとディジャールの間に立った。
「ほら、行くぞ」
「まあいいじゃない。ねえ、ラニ。これの使い方とか、分かるんでしょう? 是非とも教えてほしいものだ」
彼はソリバの静止を半ば強引に振り切り、うずくまっているラニの方へ近寄る。
「おい、何度言わせる……」
「貸して」
ラニは突然立ち上がり、ディジャールの持つ物体をひったくった。そこそこに重量のあるそれを片手で軽々と持ち、慣れた手つきで筒に金属玉を装填する。
「まだこれ自体の精度はイマイチだけど、良い玉と良い使い手なら、狙った通りに行くはず。……お兄さん、壁に描かれてる円を狙ったんでしょ? でも当たらなくてよかったね。円の周辺には壁に埋まった金属玉が多すぎて、跳弾するかもだったからさ」
そのように饒舌に話し、壁から数歩離れた場所に立つ。そして腕を水平に構えた。右手で引き金の方に指をかけ、左手で右手の手首を支える。
「円は狙っちゃダメ。狙うなら路地の隙間……そこら辺まで距離を取らないと、玉がそれて跳弾するかもしれないから」
そう言い切ると、間髪入れずにラニは引き金を引いた。
先ほどの爆発音が周囲に鳴り響き、それと同時にラニの両腕が上を向く。強い反動を受け流しているようであった。
金属玉は目でとらえることができなかった。しかし、玉は確実に発射されたようだ。その証拠に、上を向いた筒の先から煙が立ち昇っている。
ソリバはそれを見て絶句した。あのように速い物体は見たことがなかった。雷と同じほど、もしくはもっと速いのかもしれない。そんな速さで金属玉が飛んだとしたら、当たれば怪我では済まないだろう。それはまさに、兵器と形容することが出来る代物であった。
爆発音の響きが収まる。耳が静寂に慣れてくると、誰かの走るような足音が近づいてくるのが分かった。
「あれ? アフラムじゃない。何しているのさ」
ディジャールは壁に向かってそう言った。隙間の先は薄暗い路地裏になっているようだった。覗こうとするソリバに、横からラニが話しかけた。
「ね、こんな感じ。……もういいでしょ、旅人さん。手当してくれたのは感謝しているからさ。ありがとうございました」
「ああ、いや……」
「じゃあもう帰ってくれないかな? 僕も僕でやらないといけないことがあるから」
「それもそうだな。おい、ディジャール……」
しかし、振り返ったところにディジャールはいなかった。彼は壁に手をついて、何かに一心に目を向けているようだった。
しかしすぐに表情を切り替えて、ラニに向かって明るい表情を見せる。
「ねえ、この兵器を売ってほしいんだけど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます