第30話

 ドワネスフの安宿は内装が小さく、クリミズイ王国のそれよりもはるかに狭かった。天井が低く、内装は素朴と言うよりも、粗雑と言った方が良いだろう。一部屋に四人で宿泊することは不可能になり、彼らは再び二手に分かれることとなった。


 今度は組を入れ替え、ディジャールを新人が、アフラムをソリバが見張ることとなった。


 意外にもその指示を下したのは、ソリバ自身である。不安そうな表情で指示を受ける新人だったが、衛兵として、いざというときに一人で動けなければならない、ということで、訓練として挑むこととなった。傍らで聞いていた当のディジャールは、面白がって新人を脅かすようなことを吹聴するが、ソリバはあえて放置しておいた。



 狭い一室に入り、カーテンを閉める。日が傾いて赤くなった空が眩しい。一日をかけてこのドワネスフという国を探索したが、その実態はやはり「技術の国」と形容されるにふさわしい工業国であった。外国への転売防止策を取っている他に、これと言って怪しい動きはない。



 ソリバの後に続いて、アフラムは部屋に入るなり、荷物を降ろしてベッドに倒れこんだ。質素だが材質の良いクッションがアフラムの体を弾ませ、沈める。


「着替えもしないのか」


 少々軽蔑したようにソリバが言った。アフラムはその長い白髪で頭を覆ってしまい、表情がうかがえない。しばらく黙った後、くぐもった声が返答をする。


「お前と違って楽じゃないのでな」


 それは異常なまでに冷淡な、嫌悪を多く含ませた言葉だった。



 アフラムが倒れこんでしまうのも無理はない。本来ならば動かないはずの体を無理やりに動かし、あまつさえ女を追いかけるということになったのである。部屋に入る前に出された夕食も、少し口に含んだ途端に、咀嚼すらせず吐き出していた。食事を摂っていないため、体力の回復が追いついていないのだった。


 ソリバはふと、長い袖から覗いたアフラムの手を見る。それは枯れ枝のように細く、前よりはマシになったものの、骨が浮き彫りになっていた。異様に短い爪は色を悪くし、明らかに不健康そのものが体現されている。ディジャールとは明らかに違う、まさに罪人という様相だった。



 (……そうだ。あの工房に行かなければ)



 ソリバがディジャールの監視を新人と代わったのは、これによるものだった。


 明日になれば、ディジャールがラニの元を訪ね、あの兵器の売買を交渉してしまう。ラニが下す決断がyesだったとしてもnoだったとしても、それは些末なことだろう。その気になれば、あの兵器など簡単に奪うことが出来る。それをしないのは、目立たないようにするため、というだけである。それよりも優先すべきことがあれば、始末でも何でも、躊躇なくするだろう。


 それをどうにかするために、ソリバはこっそりと宿を抜け出して、ラニの元へ赴くのだった。その目的以外の、邪な感情には顔を背けて。


 そのためにも、比較的扱いやすいアフラムの方へ担当を代わり、身動きが取りやすいようにしたのである。まずは、このアフラムをどうにかしなければならない。




「楽じゃないのであれば、早く体を休めろ」



 それとなく眠るよう指示してみるが、アフラムは黙ったまま、指先一つとして動かそうとしない。もしや、もう眠ってしまったのではないかとも思われたが、彼のまだ浅い呼吸がそれを否定している。




 ソリバは露わになったアフラムの首筋に目を向けた。人を気絶させる方法はいくつか習っている。あまりに遅くなる場合には、それを行使することも致し方ないだろう。




 彼がそのようなことを考えていると、不意にアフラムが身を起こした。


「……卑怯者」


 重そうな頭を俯かせ、ソリバの方を見ることなく呟く。


「卑怯だと?」


「お前はつくづく、どうしようもない奴だな」


 どういうことだ。ソリバがそう言う前に、アフラムはもう一度前のめりにベッドへ倒れこんだ。そのまま彼が起き上がることはなく、だんだんと呼吸が深くなっていった。

 





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