第20話
「……」
当のバナ王は黙り込み、何か考えるように人骨と裏切り者の二人を見比べていた。
「お答えいただけますか?」
ディジャールが催促する。その手は、いつでも人骨を操れるということを示すように見せびらかしていた。いつあの二人に切りかかるか隙を見ていたソリバも、これでは迂闊に手を出すことができない。
緊張を孕んだ沈黙が落ちていた。それは眩暈がするほどに不安定で、なかには倒れこんでしまう者もあった。
バナ王に向かって様々な視線が向けられる。不安や困惑が混ざったような目が四方八方から注ぎ込んでくる。冷静になるべきだ、と目で合図するようなものもちらほらと見られた。この切り裂かれそうな空気のなかで、バナ王の口はなかなか開こうとしない。
その視線の雨のなかで、ひときわ鋭いものがあった。アフラムのそれが周囲の人間を貫通するように、真っすぐにバナ王の方を向いている。明確な殺意が込められた、刃物のような視線である。バナ王は久しぶりに見たその瞳を睨み返し、やはり何も言うことがない。
沈黙の時間が一秒、また一秒と経過していく。誰かの息を呑む音がハッキリと聞こえた。
が、その沈黙を破ったのは意外な人物であった。
「ま……待って」
うら若い、女の声であった。ソリバは驚いたように振り返る。そこには、震えた手を胸の前で抑えた、ティフルの青ざめた表情があった。
「あなたたちが、どうしてこんなことをするのか、分からない……けど、お願い、どうかもう人殺しはやめて」
悲痛に満ちた声である。それはあの時、ソリバに助けを乞うときと同じものであった。
「話をしないと……。こんな暴力じゃ、何も、解決にならないじゃない。その怪物を……どうか鎮めて……」
「……ティフル嬢、それは」
「それは出来かねる話です」
ずっと黙っていたアフラムが、ディジャールの言葉を遮って言った。おや、というようにディジャールがアフラムの方へ目を向ける。ディジャールには、アフラムの表情が見えなかった。
「これは必要悪。貴方様が関与するべき問題ではありません」
アフラムは先ほどバナ王に向けていたものとは違う、なだめるような視線をティフルに向けていた。その表情の差に、ティフルはほんの少しの引っ掛かりを感じる。前々からあった違和感である。
しかし、今はそれに構っている場合ではなかった。ともかくも、この人骨の化け物を抑えることが重要であると、若く弱いながらも決めた彼女の覚悟がそう言わせた。
「駄目……。こんなの絶対、間違っているわ! ねぇ、元の貴方に戻ってよ。昨日まではこんなことするなんて、素振りも見せなかったじゃない!」
「……」
「私、私……」
ティフルがその次を言おうとするも、すかさずディジャールが声を妨げる。
「ティフル嬢の仰ることも分かりますがねぇ。でも、貴方には関係ないじゃありませんか。私たちが要求しているのはバナ王の王権であって、貴方たちの命じゃない」
「関係ないわけないじゃない! 私はこの国の正当な王女よ。この国は私も共に守らなくてはならないのよ!」
彼女は話しているうちにだんだんと、体の内から熱が湧き上がっているのを感じていた。その熱に従って、王女としての自覚と覚悟が固められていく。抱いていた恐怖も、緊張も、もはや彼女には無意味なものになり始めていた。
「この国の未来は貴方たちのものじゃない! これ以上虐殺行為をするなら、ただじゃおかないわ!」
「……へェ」
ディジャールはつまらなそうに腕を組み、薄ら笑いを浮かべている。アフラムは拳を握りしめながら、何かを考え込むように王女の方を見ていた。
「衛兵! こちらへ来なさい!」
彼女が厳しい声を上げると、一瞬面食らったように一同がたじろいだ。しかしすぐに姿勢を正し、彼女の一歩後ろで隊列を組む。ソリバだけは彼女の目の前に立ちふさがったままであった。
「アフラム、ディジャール、両名に告げます。すぐにその怪物を鎮め、これ以上の虐殺行為をしないと約束しなさい。従わなければ、貴方たちを捕らえ、処分します」
その強い語気と、意志のこもった王女の背中に、兵士も闘志が煽られる。先ほどの王女の言葉に感銘を受けた者も大勢であった。衛兵の士気が上がり、もはや怪物に対する畏怖はなかった。
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