第4話

 男が平然と言ったその一言に、囚人の顔は引きつる。


「……なに?」


「亡ぶんだ。このクリミズイ王国は」


 男は間髪入れずに言った。口元は柔らかい弧を描き、驚くほど穏やかなほほ笑みを浮かべている。


 囚人の目がギョロリと動いた。動揺したように長い爪で頭を掻き、震えた声で、本当なのか、と呟く。


「だから言っただろう、お前にとっても困ることだと」


「どうしてだ」


 その様子に、男は満足げに笑った。


「協力するよな?」


 囚人は黙り込んだ。


 再びどこかからか発狂が聞こえる。しかしそれも耳に入っていないかのように、囚人は俯いて、虚空を見つめていた。


 分からない。檻の中で三年間考えこんだ記憶が蘇る。何もないこの冷たい地の底で考えたことが、その決断に雑音を入れる。


 そして、三年前の事件の後、この牢獄に入れられたその日に見た夢を思う。


 それがずっと、この思考に根を刺していた。あの幸福なる夢である。それが脳裏を何度もよぎり、それと交互に、あの美しい宮殿が表れていた。


 悪魔だ。


 囚人は檻を隔てて目の前に立っている男を見た。


 男……かつての協力者であり、この国を手に入れようと画策した男、ディジャールを。


 囚人は言った。


「……ここから、出せ」


 しかしディジャールは意地悪そうな笑みを作り、小さく舌を出す。


「そこまでしないといけないのかい?」


「……」


 囚人は黙って人差し指を檻に突き立てる。長い爪が檻の格子に沿い、ヒビが入る。


 ふと、その人差し指から光が漏れた。制御できていない、炎のような光である。と、その瞬間、檻は錆びた音を立てて、ひとりでに開きだした。


 檻の中の空気が漏れ出る。ディジャールはあからさまに顔をしかめた。しかしその様子を気にも留めず、囚人は今度は自らの胸に手のひらを当てて、自身に眩い光を押し込んだ。


 囚人……長い白髪を持った、かつて王の右腕と呼ばれた男、アフラムの姿が、三年前のそれに近づいていく。


 ディジャールはアフラムが立ち上がるのも待たず、足早に出口へと向かって歩き始めた。


 はためく茶色いローブの後ろを、まるで何事もなかったかのように、白髪を揺らした囚人がついて行った。


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