二十九.(終)

 沈黙が流れる。僕は最初、大真面目に言われ過ぎて理解が追いつかなかった。

 合宿? ……え? 合宿?


「あの、りえか会長」

「合宿をしましょう。同じ屋根の下で同じ時間過ごして、生徒会と廻谷の将来設計について、腹割ってきっちり話付ける機会を設けましょう」


 いや。……いやいやいや。

 話し合いの機会ってのは別に文句ないんだけどさ。


「え、っと……合宿って……どこで?」

「どこ行く?」そろそろとたずねても、りえか会長は平然と聞き返してくる。

「海?」


 なんでやねん!

 使ったこともない関西弁を心中で叫び、僕は大慌てでりえか会長が血迷っているのを止めようとする。


「それじゃあ他の部とやってること変わらないですよ⁉︎ 登山部かよ⁉︎ え、だって、その合宿するお金ってどこから出るんです? 三十万か、三十万なのか⁉︎ ひょっとして頭が悪いんですかあ⁉︎」

「あぁん?」ガン飛ばされた。しまった、最後のは余計だった。「誰に向かって口利いてんだ淘汰てめえ」

「ああわりぃよ。頭悪ぃ」


 僕が顔面蒼白で詫びを入れる前に、微塵も悪びれる素振りなく、耳の穴をほじりながら辰吾先輩が助太刀してくる。


「どうせ、学校の金がダメなら自腹で行こうってんだろ? さっきの塚本の話聞いてたか? 夏の間はずっとシフト入るんだろ? 俺も暇じゃねえし。どいつもこいつも、金だって時間だってお前みたいに余裕ありゃあしねえんだよ」

「時間は上手くやりくりしなさい」


 学業でも自主活動でも数多のハイステータスを有したりえか会長がさらりと言ってのける。


「もちろん大事な予定がお互い入ってない日程を選ぶわよ。それにね、あたしだってアテがなくて言ってるわけじゃないから」


 自信満々に、得意げに。


「いやさ、このお金ばっかりは、あたしひとりで使うもんじゃないと思ってね」


 意味深なセリフを口走ったのを、僕は疑わしい視線を向けて胡散臭そうに聞いてみる。急に羽振りが良くなる人ってのは決まって──



「……もしかして、臨時ボーナスでも入ったんですか? コンテストの賞金とか?」


 僕の予想は半分的中する。りえか会長はにやと口角を吊り上げた。


「お小遣いよ。昨日、ダディーが珍しくあたしにお小遣いくれちゃったの。これでクラスか生徒会のお友だちと仲良く遊びにでも行きなさいってさ」



   ×   ×   ×



 僕らは顔を見合わせる。それぞれ思うところがあっただろう。

 全校生徒の前じゃ、なにも知らないような、学校周りで何事も起こらなかったような顔をしていた学長だけれど。


「……りえか会長」


 長い長い深呼吸してから、恐れを忍んで切り出すことにした。


「もしかしなくてもなんですけど。それって俺らへの、今回の口止め料なんじゃ──」

「へぇえ!」


 最後まで言い切らないうちに、腑に落ちたような顔した辰吾先輩がソファをどしりと跳ねさせる。


「どうりで今朝はガキの前で白々しかったわけだよ。おやっさんなりに、娘に迷惑かけたケジメはもう付けた気になっていやがるのか」

「え? ……あ! あー、そういう……」

「しゃーねーなあ。そんじゃ、遠慮なくおこぼれに預かるとするか? 俺ァ早いうちが良いぞ。盆が過ぎるとジジイも親父もうるさくなるんでな」


 おいおい、良いのかそれで──と僕が白目を剥いているのも気に留めず。

 早希先輩もはじめは悩んでいたようだったけれど、まだ続いていく高校生活の未来も踏まえて、自分なりに正しい判断かどうかの辻褄を合わせたのだろう、


「会長。私、海はちょっと……」


 やや遠慮がちに手を挙げる。


「ええと、苦手なんですう。プールへ遊びに行ったりとか……そのう……水着着ると、歩きづらくってえ……」


 どういう意味なのか考えかけて、はっとなった僕は両唇を閉ざす。しばらくは彼女の胸元へ絶対に視線を送らないと固く心に誓った。

 なるほど、モテる女性にはモテるなりの苦労があるんだ。


「あそう。じゃ、山かしらね」


 りえか会長は頬をぽりぽりかく。思い出したように天井を見上げ、


「だったら例のキャンプ場使う? 登山部の連中に見せびらかすのはさすがにアレだから、時期はずらしたほうが安パイでしょうけど。ま、売り上げに生徒会で貢献してあげれば、和典のアホタレも文句ないっしょ」

「あー、確かにい!」

「てゆーか、水着で思い出したわ。七海のバカヤロー、今年は個人だけじゃなくリレーでもインターハイで優勝するって息巻いてるのよ。あれがきっちり自分の仕事果たすつもりあるなら、そっちの応援も行ってやるのもやぶさかじゃないと思ってるのよねえ」

「あー、良いですねえ!」


 早希先輩がぱんと両手を合わせた。


「え、それこそ生徒会の活動費を使えば良いんじゃないですか? 自分の学校の部活動を応援するのは立派な生徒会活動だと思いますっ!」

「おー、なるほど」


 辰吾先輩も相槌を打つ。


「じゃあ、ついでにジャズ部も連れてけよ。楽器やるんが本業の連中だろ。内藤とか、あのナリで結構上手うめえんだってな?」

「そうなんだよー滝口くん! 中学の時はソロコンで全国行ったことだってあるのに……ゴルフも上手だし……ホント、器用なのにもったいないよねえ」

「上手い下手は別に良いけどさあ、水泳で演奏応援ってどうなの? 甲子園じゃあるまいし。あたしはよく知らないわよ」


 ……まあ、良いか。この空気に水を差すような野暮は。

 親からお小遣いをもらうのは別に変なことじゃない。なにより、このメンツが休みを使って仲良く遊ぶことに──生徒会の仲が良いという事実そのものに意味があって、近い未来で、お金にも何者にも替え難い、大切な価値が生まれてくるのだろう。




 会話が一気に弾み出したあたりで、僕のスマホに新しい通知が届く。

 相手の心当たりはスマホを開く前から付いていた。ホームルームが終わってまっすぐ逃げるように教室を出て行ったから、クラスメイトの誰とも話さなかったんだ。というか、そのための生徒会室直行だったんだけど。


 僕はチャットの内容に目を通し──くすっとひとりでに笑う。

 あっちも二日前になっても必死だなあ。『部費はもう良い、せめて人だけでも数字を合わせてくれ。ゴールキーパーでじゅうぶんなんだから』だってさ。


 僕がにやにやしながらチャットを打っていると、不審がった早希先輩に隣で画面をのぞき込まれる。


「え、サッカー部? 試合出るの、涸沢くん?」

「フットサル部ですよ、こいつらはもはや」


 馬鹿にした調子で答えながら送信ボタンを押した──『置物扱いするなよ、フォワードで手を打ってやる』。


 そうだよ。みんなにばっかり楽しい思いさせてたまるか。

 僕だって立派な廻谷生なんだ。

 あと三年足らずでも華の高校生。青春をそうする権利くらいあるはずだろう?











                         『掃き溜めのリベラ』__了



× × × × × × × ×

 本作を最後まで読んでくださりありがとうございました!

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 これからも、現行している連載作品や次回作をぜひお楽しみください。

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掃き溜めのリベラ 那珂乃 @na_kano

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