第32話 この話の続きは帰ったら

「パパさん、暑い」


「次にその呼び方をしたらわかってるな?」


 華が亡くなってから十年が経ち、好葉も十歳になり少し生意気になってきた。


「お母様、父が意地悪言います」


「こっちゃんの口調がバラバラなのは私と翔利君のせいですよね」


「主に俺ね」


 瑠伊は未だに敬語だが、翔利はその日の気分で口調が変わる。


 それを見ているせいか好葉の口調は適当だ。


「まぁでも、好葉は俺を馬鹿にしてるだけなんだけどね」


「してないですよ。父上の事は尊敬してます」


「そういうところが馬鹿にしてるって言ってんの」


 こんな言い合いはするが、家族仲はいい。


 仲が良すぎて、好葉は未だに翔利と一緒にお風呂に入れる。


「学校では物静かな優等生なんですよ」


「猫かぶりか」


「翔利パパがまた意地悪言った。今日は私がお母さんを独占するね」


「は? させないが?」


 もちろん翔利の瑠伊への愛情は消える事はなく、むしろ強くなっている。


 瑠伊を独り占めしたいからと、わざわざ好葉に自分を部屋を与えた。


 結果としては「寂しい……」と枕を持って翔利と瑠伊の部屋に来るので夜は一緒に寝ているが。


「何、今更弟か妹でも作る気」


「欲しいの?」


「別に。下の子が出来ると親はそっちを可愛がるって言うからいい」


「なにを急に可愛い事言ってんだよ」


「父様はうちの事可愛くないって思ってるの?」


 好葉が瑠伊の影に隠れながら、わざとらしく上目遣いで言う。


「普通に可愛いだろ。何言ってんの?」


「お父って昔からこうなの?」


 好葉が瑠伊の事を見ながら聞く。


「そうですね。自分の気持ちに素直で、可愛い人には可愛いと言う人ですよ」


「そのせいで母はやきもきしてたと」


「好葉、今日は一人で寝ますか?」


 瑠伊は怒ると「こっちゃん」から「好葉」に呼び方が変わる。


「ごめんなさい」


 瑠伊の顔だけの笑顔には翔利も好葉も勝てない。


 素直に謝る他に出来る事がないのだ。


「じゃあ普通に喋れますね」


「イエスマム」


 瑠伊の顔が他所様には見せられない顔になった。


「いや、あの……。本当にすいませんママ」


「最初からそうしてればいい子でしたね」


 好葉の瑠伊の呼び方はママが普通らしい。


 いつもふざけているから本当にそうなのかはわからないが、瑠伊はママを普通にしているらしい。


 ちなみに翔利は決まった呼び方はない。


「人前ではいい子なんですけどね」


「家族の前で堅苦しくなるのも嫌だから俺はいいと思うけど」


「それはそうですけど、お友達相手に素が出て愛想をつかされたらと思うと……」


「なにが不安なの? 好葉の素を見ていつもと違うからって離れるような人は友達って呼べるの? 友達ってなんでもとは言わないけど、相手の事を許容できる人だと俺は思うけど」


 翔利の初めての友達の瑠伊のように。


 そして今でもたまに連絡を取る紗良や新、怜央のような。


「それもそうですね。まぁこっちゃんの場合はお友達を作るところからですけど」


「その歳で友達がいないとか……やっぱり遺伝?」


「もしそうなら罪悪感がありますね」


「いやいや、私は友達がいないんじゃなくて作らないの。だいたいクラスの人達は私を神か何かと勘違いしてるし」


 好葉は勉強も運動もとにかくなんでも一番を取れるスペックを持つ。


 サボる事を覚えてなかった低学年の時に本気でやりすぎたせいで浮いたそうだ。


 翔利の性格が遺伝したせいか気にはしてなかったけど、周りからは特別扱いされたらしい。


 そして中学年からは手を抜く事を覚えて手を抜いていたが、何故か未だに神聖化されていると瑠伊から聞いた。


「普通に可愛いからだろ?」


「パパは娘を口説いてどうする気なの?」


「口説いてないだろ。俺は事実を言ってるだけだ」


 親の贔屓目なしに好葉は可愛い。


 何せ瑠伊の子供なのだから。


「パパがそんなだから私は同級生の男子に興味が持てないんだよ?」


「どういう事だよ」


「まぁいいよ。今日も一緒にお風呂入るよ」


 好葉が呆れたように首を振りながら言う。


「なにがいいんだよ。少しは恥じらいを持て」


「やーだ。私はママの遺伝子が入ってるからパパの事大好きなの」


 好葉がそう言って翔利に抱きつく。


「歩きづらい、離れろ」


「照れちゃってー。私はいいけど、娘に手を出したら駄目だからね。世間体的もあるし、ママに嫌われたくもないし」


「瑠伊も怒る前に止めてよ」


 瑠伊は現在真顔でこちらをちらりとも向かない。


「翔利君は好葉と楽しそうにいてるので邪魔したらいけないかと」


「そういう事言うなら」


「キスだけで済むと思わないこ、やー、いたいー」


 好葉が変なアテレコをするのでほっぺを優しくつねった。


「ふん」


 瑠伊がそっぽを向いてしまった。


「ママって嫉妬深いよね。可愛いけどそんなにめんどくさいとほんとにパパが誰かになびくよ?」


「好葉はどこでそんな言葉を覚えてくるんだよ」


「スマホがあれば大抵ね」


「最近の若いのはとか言っとく?」


「ほらー、またママが嫉妬するから」


「してませんし。翔利君の一番は私ですもん」


 瑠伊がそっぽを向きながら言う。


「ママ、甘いよ。私は今まで一番しか取ってこなかった女だよ。つまりパパの一番は私だから」


 それに何故か対抗して翔利の左側から隠れながら好葉が言う。


「翔利君」「パパ」


「「どっちが一番?」」


 瑠伊と好葉が同時に翔利に聞く。


「喧嘩する人は嫌い」


「「ごめんなさい」」


 好葉が今度はまた瑠伊の右側に行き、瑠伊と手を繋ぐ。


「一番なんて決められないよ」


 翔利がボソッと呟く。


「ずっと瑠伊が一番だったよ。だけど愛されなかった俺が言うのもあれだけど、子供を愛さない親はいないよ」


「そうですね。私も翔利君が一番でしたけど、こっちゃんも大好きです」


「私も二人が大好き。あ、パパの事は異性としても好きだよ」


 好葉がウインクしながら言う。


「ネットってすごいな」


「スマホ没収しますね」


「うん、中学生になって男をたぶらかす子になって欲しくないしね」


「私はパパ一筋だもん」


 親としては嬉しい言葉なのだろうけど、どうせ後数年経ったら嫌われるのだろうし、なにより心配になる。


 同級生にも同じ事をしてあだ名が『魔性の女』とかになったらと思うと。


「それともパパは私に好きな人でも作らせたいの?」


「好葉が選んだ人ならいいよ。好葉なら変なのに引っかからないって信じてるし」


「パパ的には連れて来て欲しい?」


「俺の気持ち的には嫌だよ? ただ好葉の意見は尊重する」


 好葉には普通の生活を送って欲しい。


 結婚するのが普通かどうかは知らないけど、ちゃんとした相手なら否定はしない。


「嫌って思ってくれるならいいや。八年後でもパパはまだ大丈夫だもんね」


「着いたな」


 何か大変な事が聞こえた気がするけど、目的地に着いた声で聞こえなかった。


「こっちゃん。帰ったらちゃんとお話しましょ」


「子供の戯言だと思って聞き流していいのにー」


「こっちゃん本気だからお話するの」


 好葉の事は瑠伊に任せて翔利は準備を始める。


「久しぶり、ばあちゃん」


 今日はお盆なので家族みんなで華のお墓参りに来た。


「今日のお供え物何?」


「備える前から狙うのやめなさい。普通におはぎだよ」


「八つ橋食べたい」


「今度京都行ったら買ってくるよ」


 翔利は仕事で役職が上がった。


 任される仕事も増え、他県に行く事もたまにある。


 この前は京都に行き、お土産に八つ橋を買ってきたら好葉のお気に入りになった。


「またお弁当を届けに行っていい?」


「なにが目的で?」


「行くとお菓子貰えるから」


「だろうな」


 好葉は休みの日に翔利の弁当を鞄から抜いてわざわざ届けに来る事がある。


 その際に色んな人から可愛がられ、お菓子を貰っているらしい。


 翔利はちょうど居ない時でその時の猫かぶりは見ていない。


「俺が居ない時間狙ってるだろ」


「だってー、パパ、娘が可愛がられてたら嫉妬しちゃうかなって」


「するけどな」


「違いますよ翔利君。好葉は翔利君が出張とか泊まりの仕事が嫌だから『小さい娘が居るんです』ってアピールしに行ってるだけですよ」


 そう言われた好葉が顔をぼっと赤くした。


「だから俺には出張の話が振られもしないのか。ありがとう」


「ち、違うよ。ま、ママが寂しいかなって」


「まぁ好葉がやらなければ私がやってたでしょうけど」


「瑠伊のそういうところ大好き」


 翔利はずっと出張をどう断ろうか悩んでいた。


 断って会社での風評が悪くなってクビにでもなったらと思っていたから正直助かる。


「俺は恵まれてるよ。ばあちゃんにも」


 準備を終えた翔利は、瑠伊と好葉の三人で墓石を洗ったり、花を備えたりして線香をあげた。


 こうして毎年華に知らせに来る。


「今年も幸せです」と。


 これからがどうなるかなんて翔利にはわからない。


 だけどきっと幸せな毎日が遅れると翔利は信じている。


 来年も再来年もずっとお盆には華に「今年も幸せです」と知らせに来るはずだ。


 ずっとこの三人で。

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空から美少女が降ってきたから助けようと間に入ったらその子がなんでも言う事を聞くお世話係になった とりあえず 鳴 @naru539

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