第28話 それを恋と呼ばずになんと言う?

「怜央……」


「結婚する?」


「怜央好き」


 いつも通りな怜央が嬉しくなって翔利が怜央の手を握った。


 ここが病室でなく、怜央の身体が万全なら抱きついていたところだ。


「翔利なんか変わった?」


「俺は俺だよ?」


「元から優しかったけど、それに拍車がかかった感じ?」


 そう言われても翔利には分からない。


 だから翔利の事を一番理解している瑠伊に視線を送るが、瑠伊はずっとムスッとしている。


「瑠伊ご機嫌斜め?」


「翔利が安易に好きとか言うから」


「だって好きなんだもん」


「そういうのではありません。翔利君の好きが恋人的な意味を持たないのは分かってますから」


「じゃあどうして?」


 怜央が聞くと瑠伊が翔利と怜央の繋がる手を見る。


「好きは平気だけど直接的に繋がってるのは気になるんだ」


「別に私は最近握られてないなとか思ってないですよ」


「何? 瑠伊も可愛くなったの?」


「瑠伊はずっと可愛いよ!」


「言葉の綾だから。瑠伊も翔利も可愛いよ」


 可愛いのは瑠伊であって翔利は別に自分を可愛いなんて思った事はない。


 むしろめんどくさい奴だと自覚している。


「そういえば仲直りしたんだね」


「別に喧嘩なんてしてませんけど?」


 瑠伊が語尾を上げて少し怒ったように言う。


「怒らないでよ。たとえおしどり夫婦でも喧嘩は……、そういう事ね」


 怜央が何かを理解したように頷く。


「何?」


「翔利と瑠伊の可愛さに磨きがかかったのって、二人が離れててお互いにフラストレーションが爆発したからか」


 それを言った怜央が一人で頷いて納得しているが、翔利と瑠伊にはよく分かっていない。


「翔利は今まで甘えてた瑠伊がいなくなって、溜まりに溜まった甘えた欲求を私と多分伊藤さんで発散してて、瑠伊は翔利を突き放さなきゃいけないストレスでキレ症になったのか」


「キレてないですけど? それなら翔利君は私に甘えれば解決ですけど?」


 瑠伊の語尾が下がらない。


「だから怒らないの。翔利も怖いんじゃない? 今の瑠伊かじゃなくて、瑠伊にまた突き放されるのが無意識に」


「……」


「普通に怖いのかもしれないけど」


「……翔利君、私って怖いですか?」


 さっきまでとはうってかわって、とても弱々しく上目遣いで瑠伊が翔利に聞いてくる。


「怖くないよ? 瑠伊はずっと可愛いもん」


「じゃあなんで最近甘えてくれないんですか?」


「えっとね……、なんで?」


「僕に聞かないの」


 翔利にも分からない。


 ただ瑠伊の手を握ったりするのが出来ない。


「食べさせ合いっこは出来るのに」


「翔利は感性が人と違いすぎるからよく分からないよね」


「翔利君を馬鹿にしてますね」


「なるほど。瑠伊の過保護にも磨きがかかったのね」


 翔利がなんで瑠伊に触れられないのか考えている間、瑠伊は怜央に牽制の威嚇を続ける。




「そうだ」


 瑠伊の事でずっと悩んでいた翔利が何かを思いついたように頭を上げた。


「何かわかった?」


「怜央にごめんなさいしてなかった」


「可愛いをありがとう。僕は別に謝られる事されてないけど、翔利が言いたいならいいよ」


 翔利としてはいきなり「結婚しよ」と言うのがどれだけおかしい事か理解したので、謝らない理由がない。


「いきなり変な事言ってごめんなさい」


「いいよ。僕はむしろ瑠伊に聞きたい」


「何をですか?」


「あの自信はどこからきてるの?」


「あぁ、そういうやつですか。自信とは違いますよ。期待、信頼? 信用ですかね。そのどれかです」


 瑠伊と怜央がたまにする翔利には分からない話を始めた。


「ちなみに瑠伊は翔利の悩みの正体はわかってる?」


「翔利君が可愛いって事ですか?」


「わかってるよね、そりゃ」


「瑠伊、教えて」


「それは私が恥ずかしいので嫌です」


 翔利は諦めずに瑠伊の目を見続ける。


 瑠伊が目を逸らすが、その横顔を見続ける。


「いくら見ても教えません。自分の心に聞いてください」


「俺の心?」


「翔利は一回みんなをどう思ってるか考えた方がいいよ」


 翔利が今度はみんなへの気持ちを考える。


「みんなの事好きだけど、そういう事じゃないんだよね?」


「そうだね。翔利は誰と一緒だと一番落ち着く?」


「瑠伊」


「じゃあ僕達三人が居たら誰を一番に見る?」


「瑠伊」


「つまりそういう事」


「俺が瑠伊を意識し過ぎって事?」


「そうなんだけど、違うとも言える?」


 翔利には怜央の言い方は遠回しすぎて理解するのが難しい。


「翔利君は私の事どう思ってるんですか?」


 ずっと何かを考えていた瑠伊が口を開いた。


「好き?」


「疑問形なのは無視しますね。じゃあどういう好きですか?」


「どういう……」


 翔利はまた思考する。


 紗良と怜央への好きは友愛。


 話していて楽しいし、一緒に居ても楽しい。


(じゃあ瑠伊は……)


 瑠伊とだって話すのも一緒に居るのも楽しい。


 だけど何かが違う。


「そっか、俺は瑠伊の事が好きなんだ」


「その好きはどの?」


「恋人的な意味で」


 そう翔利が言った瞬間に瑠伊が涙を流した。


「俺に好かれるの嫌だった?」


「嬉し泣きに決まってるじゃないですか」


 瑠伊が泣き笑いを翔利に向ける。


「私はずっと好きだったんですよ? なのに翔利君は私を友達の延長線上にしか見てくれなくて」


「ごめん。瑠伊の事は最初から特別だったんだけど、どこからが恋人的な好きなのかわからなくて」


「ちなみに翔利は瑠伊と初めて会った時なんて思ったの?」


「今までは人を見ても興味なかったけど、瑠伊を見た時は綺麗でずっと隣に居て欲しいって思った」


「それを恋と呼ばずになんと呼ぶ」


 翔利が怜央にジト目を向けられる。


「ばあちゃんも悪いよ」


「それは少しわかりますけど、翔利君が一番悪いです」


「なら瑠伊も悪い」


 瑠伊と初めて会った時に華が結婚や子供の話をするから、そういう発想を考えなくなったのはある。


 翔利は言わずもがなで、瑠伊は……。


「瑠伊の悪いところが見つからなかった」


「瑠伊は誘惑すれば翔利が告白してくれるってエゴを出したのが悪い」


「誘惑なんて……してないですけど?」


 瑠伊の語尾がまた上がる。


「翔利、何された?」


「何って、一緒に寝たり?」


「やっぱ同居してんのね」


「してるよ?」


 紗良にもバレたし、そもそも隠すつもりも実は最初からなかった事なので普通に話す。


「家では毎日抱き合ったり一緒にお風呂入ったりしてるの?」


「毎日はないよ。それに一緒にお風呂にも入ってないよ。話は出たけど」


「瑠伊ってさ……」


 怜央が瑠伊に呆れたような視線を送る。


「わ、私が誘った決めつけはいけないと思います!」


「じゃあどっち?」


「忘れました!」


 翔利もどちらから言い出したのかは覚えていない。


 瑠伊と一緒にお風呂に入ったら翔利は色々と危ないのでする気はない予定だ。


「瑠伊って実はむっつりだよね」


「ち、違いますけど?」


「そんなだからファースト奪われるんだよ」


「関係ないですよ!」


 瑠伊が顔を赤くして怜央を威嚇する。


「翔利はそんな瑠伊も受け入れてくれるよ」


「知ってますよ。私だって翔利君が変な性癖に目覚めても受け入れますから」


「大きいのが好きになったら?」


 怜央が瑠伊の胸に視線を送りながら言う。


「翔利君は胸で人を選ばないですから」


「それもそっか」


「病院でする話じゃない」


 聞いてる翔利が恥ずかしくなってきた。


 でも楽しく話せているのが翔利は嬉しい。


 だけどそれは長くは続かなかった。


「佐伯 翔利君」


 この病院の院長が暗い顔で翔利に声を掛けた。


「華さんの病態が……」


「怜央、また来る」


「うん」


 なんとなく察した翔利が怜央にそう言って立ち上がり、瑠伊と一緒に院長の後に続いて華の病室に向かった。

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