第27話 更なる境地
「瑠伊!」
「なんですか?」
「……」
(あれ?)
紗良と一緒にお昼ご飯を食べている瑠伊に勢いで声をかけたけど、一つの疑問が頭をよぎる。
新と色々話して、瑠伊が怒っている理由は分かったけど、実際に話そうと思ったらなにを話せばいいのか分からなくなった。
(なるようになれか)
こうなったら行き当たりばったりで瑠伊に謝るしかない。
「俺は瑠伊の事が大好きだよ」
「い、いきなりなんですか!」
瑠伊が顔を赤くして翔利の事を睨む。
「新に言われて気づいたんだ。俺のしたのは瑠伊を適当に扱う行為だって」
「そうですね。華さんを喜ばせる為に結婚して子供を作りたいなんて、私の気持ちは無視していますし、華さんだってそんなの望みません」
「そうだよね、瑠伊の気持ちを理解するなら俺と結婚なんて嫌だもんね」
「そういう事では……」
「ごめんなさい」
「あれ?」
翔利が頭を下げると、瑠伊がオロオロしだした。
「そうそう、瑠伊は翔利を拒絶したもんね。それと違って私はやり直しを要求してるからやり直して」
紗良が右手を翔利に差し出して何かを要求する。
「何?」
「結婚してくださいは?」
「紗良にもごめんなさいしないとだよね」
そう言って翔利は紗良に近寄り、紗良と目線を合わせて出された手を両手で包み込む。
これは無意識だ。
「紗良も分かってたんだよね。俺がどれだけ最低な事してたのか。だけどやり直すチャンスをくれたのはありがとう。だけど変に気を使わせてごめんなさい」
翔利が紗良の手をにぎにぎしながら言う。
「紗良?」
紗良が無表情のまま翔利を見つめている。
「許せないか……」
「翔利君、紗良さんは可愛い翔利君を見て固まってるだけです」
「え?」
瑠伊はそう言うが、翔利から見たら紗良に睨まれてるようにしか見えない。
「紗良?」
瑠伊の言葉を信じて、紗良の頬に手を伸ばす。
「ひゃん」
「あ、可愛い」
翔利の手が紗良に触れたら、紗良が可愛い声を出した。
「ねぇ瑠伊」
「言いたい事は分かりますけどなんですか?」
「翔利ってこんなに可愛いの?」
「可愛いですよ。あれです、慣れた子犬さんみたいな?」
「慣れる前は警戒心の強い子猫なのか」
何故どちらも子供なのかは分からないが、紗良が普通のようで良かった。
頬が少し赤いのが気になるが。
「紗良……」
「何?」
「許してくれる?」
「可愛い翔利を見れたから許したいんだけど……」
紗良がそう言って可愛い笑みを浮かべた。
「じゃあ私を抱きしめて私が許したくなる事を耳元で囁いたら許してあげる」
紗良はそう言って翔利の手を握ったまま両手を開いた。
「左手は返してくれないの?」
「名残惜しいんだもん。だからこのままで」
「分かった」
とは言ったものの、紗良の喜ぶ言葉とは何なのか全然分からない。
紗良はあまり感情を表に出さないからいつ嬉しいと思っているのかが分からない。
「適当に可愛いって言えばいいんですよ」
「拗ねるな。ただの可愛いじゃ私は喜ばないからね」
「喜ぶくせに」
瑠伊が少しいじけている。
新鮮で可愛い。
「私の時間に他の女の事考えるな」
「紗良はなんて言われたいの?」
「分かったって言っといて私に聞くのかよ。まぁいいや。翔利の思う私の可愛いとこでも言ってみて」
「紗良の可愛いところね」
翔利は目を瞑り、少し考える。
なにを言うか決まったので右手を紗良の背中に回して、顔を紗良の耳元に近づける。。
「まず、小さいところ」
「私のコンプレックスなんだが?」
「でも俺にとって小さい紗良は可愛いんだもん。駄目かな?」
「うーん、翔利が可愛いって思うならそれでもいいんだけど、なんかさぁ……」
どうやら紗良の心には響かなかったようだ。
それなら。
「じゃあ次ね」
「あれ、これはもしかして?」
「真面目なところ。紗良はどんな事にも真面目に取り組んで偉いと思う。その生真面目さが可愛い」
「ねぇ翔利。いつまで続くやつ?」
「紗良の可愛いところを言い終わるまで?」
「ちなみに後どれぐらい?」
紗良はいいところが沢山あるからその全てを伝えるつもりだった。
小さいところに真面目なところ、からかおうとしてる時のニマニマ顔、瑠伊と言い合いをしてる時の余裕そうで余裕がない時。
考えた結果、言いながら考える事にしたからどれぐらいかは決まってない。
「紗良の可愛いが尽きるまで」
「言い方変えただけで意味同じだよね?」
「紗良が言い出したんだからいいでしょ? 少なくとも後十個はあるから大丈夫」
「紗良さん頑張ってください。翔利君はそういう事始めたら途中でやめる事はないですから」
瑠伊が笑顔で紗良に告げると、紗良が真顔で瑠伊を見た後翔利を見つめる。
「私、耐えられるのかな……」
そうして翔利による紗良の可愛いところ囁き地獄は紗良が涙を流すまで続いた。
「紗良、大丈夫?」
「だいじょばない。もっと頭撫でて」
今、翔利は泣いている紗良の頭を優しく撫でている。
泣かしたのも翔利だから少し変ではある。
「ごめんね」
「翔利は悪くないの。これは私が弱かったの」
「紗良さんはすごいと思いますよ。全部は数えてないですけど、三十個ぐらいの可愛いを受けても耐えれてたんですから」
翔利としてはまだ言い足りなかったけど、さすがに紗良の涙を見たら続ける訳にもいかなかった。
「不完全燃焼だけど、紗良を泣かせてたら元も子もだよね……」
「だからこれは違うの。可愛いって言われ過ぎて恥ずかしいのと、私を沢山見ててくれた事が嬉しくて」
「見るよ。紗良の事大好きだから」
「それが私の求めてるのと違うのが分かってても嬉しい。最後にもう一回抱きしめて」
紗良がそう言って両手を広げた。
翔利は撫でる手を止めて紗良を抱きしめた。
「私も大好き」
紗良が耳元でそう囁いてから翔利の頬にキスをした。
「紗良……」
「翔利……」
翔利と紗良は見つめ合い、顔を近づけて……。
「何する気ですか!」
瑠伊の手が勢いよく翔利と紗良の間(口元)に入り込んだ。
「おでこコツン?」
「流れで深い方?」
「翔利君は許されました。紗良は後でお説教です」
「翔利も翔利だと思うんだけど。でも私にお説教してどうにかなるとは思わないけどね」
「自分で言わないでください。お説教と言うよりかは罰を与えます」
瑠伊はそう言うと自分のお弁当箱から卵焼きを箸で取った。
「翔利君、あーん」
「あーん」
「おいしいですか?」
「瑠伊の味だ。おいしい」
翔利が飲み込んでから笑顔で答えると、瑠伊が笑顔で次のおかずを運んでくる。
「私にくれるって言ってたやつ……」
「もうあげません。どうしても欲しいなら翔利君を解放してください」
「苦渋の決断すぎる。翔利を離したくないけど、離さないと瑠伊の手料理が食べられないのと、関節キスを延々と見せつけられるのか」
それを聞いた瑠伊の手が止まった。
「おや? 気づいてなかったのかな?」
瑠伊が水を得た魚のようにニマニマしだした。
「紗良のその顔好き」
「だから今は私のターンなんだっての。もういい、翔利には明日からまた抱きしめて貰うから今日はハウス」
紗良はそう言って瑠伊を指さした。
翔利は最後に力強く紗良を抱きしめてから瑠伊の隣に向かった。
「なんか良かった。それより離したんだから私にあーんは?」
「……翔利君はまだお弁当食べてないですよね?」
「うん」
翔利は新と話していたから持って行ってはいたけど、まだ自分の弁当は食べていない。
「お箸を交換しましょう」
「俺が使ったせいだよね、ごめん」
「はい、紗良に翔利君の使ったお箸を使わせる訳にはいきませんから」
「自分はしたくせに」
「私はいいんです。特権を持ってるので」
一応瑠伊はまだ翔利のお世話係という事になっている。
もうほとんど治っているから生活に関するお世話は必要ないが。
だから今はお世話(可愛い提供)を頼んでいる。
「でたよ特権。それなんな……」
紗良が翔利のお弁当箱の中身を二度見して固まった。
「察し」
「あぁそっか。言い訳ならありますよ」
「聞こうか」
「私の愛妻弁当です」
そう、翔利の弁当は瑠伊が作っている。
そして瑠伊の弁当も瑠伊が作っている。
つまり中身が同じなのだ。
普通なら瑠伊の言う通り瑠伊が翔利の分も作っている事になるが、翔利と瑠伊が付き合ってないのは紗良達は知っている。
それでも作る可能性はあるけど、紗良は持ち前の察しの良さで察した。
「同棲でしょ完全に」
「愛妻弁当です」
「理由は効かないけど、瑠伊の余裕はそこからきてるのね」
「ただの愛妻弁当です」
「つまりもう正妻気取りか。同棲してるからって勝ち誇るなよ」
「設定的には通い妻です」
設定と言ってる時点で認めているのだけど、瑠伊も紗良に言い訳が通じないのは分かった上で話しているだろうから別にいいと思う。
「こういう時は、バラされたくなかったら私の言う事を聞きな、とか言った方がいい?」
「別にバラされて困る事はないんですけどね」
「あんたらは周りの目とか気にしないだろうからね」
「翔利君が私を変えてくれたので」
「何もしてないんだけどね」
翔利はそう言って入れ替えた箸で取った卵焼きを瑠伊の口元に運んだ。
瑠伊はそれを嬉しそうに食べて口に手を当てながら咀嚼した。
「当たり前のように食べさせ合うのね。瑠伊、早くちょうだい。私のも半分あげるから」
紗良はそう言って自分のお昼である栄養補給用のお菓子を瑠伊に差し出した。
「やっぱり紗良さんのも作ってきましょうか?」
「それだと食べさせて貰えな……くもないのか」
「それが目的なんですか?」
「可愛い子から食べさせて貰うのって役得な感じしない?」
「そうなんですかね」
「分かる」
翔利にはとても共感できる事だ。
自分で食べるのと、瑠伊に食べさせて貰うのとでは美味しさが違う。
「瑠伊は翔利に食べさせて貰っても変わらないんだ」
「変わりますけど?」
「何故に逆ギレ。それよりはよ」
紗良がお菓子を振って「早く食べて貰う口実を作って」と瑠伊を急かす。
「それっておいしいの?」
「意外とおいしいよ。食べる?」
紗良はそう言って翔利にお菓子を向けた。
「食べ」
「させません」
翔利が食べようとしたら瑠伊が勢いよくお菓子を半分食べた。
「瑠伊って独占欲強すぎない?」
「翔利君は私が守ります」
「私は別に翔利を汚そうとしてないけど」
「私以外の女の子と関節キスなんてハレンチです」
「普通の方はしてるけどね」
紗良がニマニマしながら瑠伊に言うと、瑠伊からとても冷たい何かが出てきて紗良を睨む。
「夏も近いのに最近は寒いね」
「瑠伊、あーん」
「あーん」
翔利はそんなの関係なく食べさせ合いを続ける。
「おいしい……のは当然か」
「私が作ったのより何倍もおいしいです」
「これも瑠伊が作ったやつじゃん」
「あれ? 今度は暑いんだけど」
紗良が手で顔を扇ぎながらお菓子を齧る。
更なる境地を見据えたのだった。
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