第26話 新たな絆

「どうしたの翔利」


 翔利は今日も怜央の病室で突っ伏している。


 昨日、瑠伊から言われた事の意味を考えたけど、結局答えは出なかった。


 だから昨日から翔利と瑠伊は少し気まずいので、翔利は今久しぶりの一人だ。


「翔利と瑠伊が喧嘩とか、明日は嵐な?」


「嵐は俺の存在を吹き飛ばしてくれるかな……」


「卑屈! やっと口を開いたと思ったら卑屈すぎでしょ。なにがあったの?」


 翔利が昨日あった事を少しずつ話していく。


 華の身体が良くない事や、瑠伊に言われた事を。


「百、翔利が悪いね」


「やっぱり俺は嵐で吹き飛ばされて消えて無くなった方がいいんだよね」


「だから卑屈。普通にすればいいんだよ」


「それが出来たら苦労しないんだよ」


 翔利だって普通にしたい。


 だけど華の事を見てから平静を保つ事が出来ない。


「怜央、結婚しよ」


「だーめ。それ伊藤さんにも言ったんでしょ?」


 翔利は学校で紗良に同じ事を言って、何かを察した紗良に「やり直し」と言われた。


「その時って平君も居たの?」


「多分」


「じゃあこういうのは男の子に聞いた方がいいんじゃない? 平君なら察してくれるだろうし」


「……」


 正直気乗りはしない。


 翔利は新に嫌われている自覚があるから。


「瑠伊と気まずいままでいいの?」


「やだ」


「即答で返事も可愛いな。思わず受け入れてしまいそ……」


「いいの?」


 翔利が怜央の顔を見ると、怜央が顔を引き攣らせ翔利に目で何かを伝えている。


「俺と結婚してくれるの?」


 だけど今の翔利には伝わらなかった。


「翔利君」


 翔利は背後から声を掛けられ後ろを向く。


 そこには無表情の瑠伊が立っていた。


「瑠伊……」


「帰りますよ」


「うん」


「あれ?」


 翔利と瑠伊は怜央に挨拶をして病室を出て行った。


 残された怜央は一人、違和感について考える。




「少しいい?」


「……え、俺?」


 翔利に声を掛けられた新が辺りを見回してから驚いたようにする。


 何せ翔利が新に話し掛けるのはこれが初めてだからだ。


「相当病んでるのか」


「そろそろ屋上の扉に手をかけそう」


「よし、出来るだけ低いところで話そう」


 新は翔利を中庭に連れて行った。


 今は昼休みなのでお昼ご飯も持って。


「なんか紗良と大内さん仲良くなってるみたいな」


「うん。瑠伊の友達が増えて嬉しい」


 瑠伊と紗良はいつの間にか仲良くなっていた。


 だけど瑠伊に聞いたら「仲良くはないですよ? ただお互いに見張ってるだけです」と言っていた。


「やっぱり喧嘩した訳じゃないんだ」


「喧嘩ではないと思いたい。簡単に言うなら俺が間違えた。多分」


 未だに翔利にはなんで瑠伊が怒ったのか分かっていない。


 だからこうして新に話を聞いている訳なのだから。


「なんとなく理由は分かってるけど聞くね。昨日の紗良への告白は何?」


「それは……」


 翔利が簡単にあらましを話した。


「理解した。そりゃ大内さん怒るよ」


「俺にいきなり結婚してなんて言われたら怒るのは分かるんだけど、それ言ったらそれから口聞いてくれなくなった」


「佐伯君が思いの外アホなのも分かった」


 なんだか馬鹿にされているが、新には翔利の間違いが分かっているようなので何も言えない。


「解決法って言うか、なんでみんなが断ったのかは簡単に教えられるよ」


「ほんと?」


「でも普通に教える義理もないから」


「そうだよね……」


 新と翔利は仲がいい訳でもない。


 こんな時だけ都合よく使おうなんて断られても当然だ。


 だけど翔利には諦めきれない理由がある。


「俺はなにをすればいい?」


「土下座とかしないあたりはいいと思う」


「今の俺の土下座に価値なんてないから」


「うわ、卑屈」


 土下座とは上の人間がするから価値があるのだ。


 今現在、下の下である翔利がしても意味が無い。


「もちろん土下座しろって言われたらするけど、違うんでしょ?」


「佐伯君はなんで人間関係だけはそんなに鈍感なんだよ……」


 新が呆れたように頭を押さえる。


「まぁいいや。それより話す条件だけど、俺の話を聞いてくれればいいよ」


「それだけ?」


「それだけの話なんだよ、俺にとっては」


 そう言って新は一瞬表情を暗くした。


「聞く」


「じゃあ話すね。俺の中学生の時の話」


 そうして新は語り出す。


 中学時代の希望と絶望を。


「俺ね、神童って言われてたんだ」


「神童?」


「そう、小学生の時に芽生えた才能があってね。だから自分はすごい人なんだって思ってたんだ」


 新の表情は明るい。


 翔利は天才と言われていたから既視感がある。


「でもさ、世界って広いから神童なんてのは意外といるもんなんだよね」


「中学にはスカウトみたいな形で行ったって事?」


「ほんとにそういうのはよく気づくよね。そう、それで俺みたいな神童って呼ばれてる人が集められてたんだ。そこで特出はしなかったけど俺は一番になった」


 翔利にもそれはすごい事なのが分かる。


 有象無象の中で一位になるのは努力でなんとかなる時があるが、一位を集められた環境で一位になるのはただの努力では成し得ない。


「すごいね」


「素直にありがとうって言えないや」


「どうして?」


「それはね、俺がやってたのがサッカーだから」


 翔利は全てを察した。


 初めて会った時に紗良がなんで紗良と新が翔利を知っていると言ったのか。


 そしてこの話が新にとって大事な理由も。


「俺に話すって事はそういう事だよね」


「覚えてないんでしょ?」


「……分からない」


 翔利は思い出そうと記憶を探ったが、あの頃は特に人に興味が無かったから記憶にない。


「別に覚えてない事はいいんだよ。あの頃の佐伯君はなんだか見てるのが辛かったから」


「嫌な事をさせられてたから」


「やっぱりそうなんだ」


「よく分かったね」


 翔利としては無関心を貫いて、表にそういう感情は出さないようにしていた。


 実際、辛いとかはなく、ただめんどくさい日々が続いていただけだった。


「あの頃は分からなかったよ。ただ当たり前のように一人で勝っていくうざい奴がいるって思ってたから」


「たまに負けてたけど?」


「それは味方がボールを回さなかったからでしょ?」


「俺は色んなところに嫌われてたからね」


 翔利を好んだのは勝ちに拘る監督と勝ちを金に変えたがってた両親ぐらいだ。


 好んだと言っても使える道具程度だが。


「虐めとかあったの?」


「なんか言われる事はそりゃあるよ。だけどその度に『じゃあ俺をスタメンから降ろせるようになれば?』って期待を込めて言ったらみんな黙っちゃって」


「うわぁ」


 新が少し引いている。


 翔利からしたら本当に期待していた。


 スタメンから降ろされれば、サッカーをやらなくていい口実になる。


 そしたら両親からキレられたのだろうけど。


「それで結局なにが言いたいの? 俺のせいで一番になれなかったから恨んでるの?」


「違うよ。さっきの『なんで分かったのか』ってのに返すと、この高校で初めて話した時に分かったんだよ。本当に幸せなのは今の佐伯君なんだって」


「幸せ……そうだね」


 瑠伊と出会ってからは確かに幸せしかなかった。


 毎日が楽しく、日々をめんどくさいと思う事も無くなった。


「最初は恨んでたから紗良に乗っかってあんな事したけど、俺は嬉しかったんだよ」


「なんで?」


 新からしたら翔利は邪魔な存在でしかないはずだ。


 それなのに翔利が幸せでなにが嬉しいのか。


「それだけ痛々しかったんだよ、今にして思い返すと。だから幸せそうな佐伯君を見ると『良かった』って嬉しくなる」


「……なんとなく分かる」


 翔利も今の瑠伊を見ると同じ気持ちになる。


 瑠伊の絶望の顔を知っているからなのかは分からないが、瑠伊の笑顔はほっとする。


「まぁだから今の状況は俺にとっては死活問題なのは確かだね」


「俺が死ぬから?」


「それが精神的にじゃなくて物理的な可能性があるのが一番やばいんだけど……。まぁそう」


 さすがに屋上から飛び降りるは冗談だ。


 それだと瑠伊が気にする。


「死ぬ時は誰にも迷惑をかけないようにするよ」


「それは無理だよ」


「つまり瑠伊に人殺しをさせろと?」


「やっぱりアホだよね」


 翔利としては結構真面目に言っているのだけど、多分だからこそアホと言われている。


「佐伯君を心配するのはもう大内さんだけじゃないんだよ。波田さんはもちろんとして紗良と俺だって。それに佐伯君のおばあさんは一番悲しむよ」


「……」


 華が悲しむ姿は容易に想像できる。


 何せ翔利の両親が死んだ時は葬式の時は涙を見せなかったのに、家で一人の時に泣いているのをたまたま目撃した。


「佐伯君は大内さんの事しか見えてないのかもしれないけど、佐伯君の事は色んな人が見てるから」


「そうか……」


「だからみんなの事をちゃんと見よ。まずは俺から」


 そう言われた翔利は新に視線を向ける。


「物理的に見ろって話じゃないけどまぁいいや。まずは名前で呼び合うとこからにしよう」


「新」


「そういうとこは素直だよね。ありがと翔利」


「何故に感謝?」


「話してスッキリした。それと仲良くなれたから」


 新はそう言って翔利に笑顔を向けた。


 感謝したいのは翔利の方だ。


 瑠伊と華が居れば他はいらないと考えていたけど、その両方と離れて気づく。


「俺って一人だと駄目なんだな」


「人間一人では生きていけないって事だよ」


「昔は出来たんだけどな」


「でもいつかは自滅した可能性もあるよ」


「それもそうか。瑠伊に救われたって事にしよう」


 実際瑠伊には救われている。


 傍から見たら翔利が瑠伊を救ったように見えるかもしれないが、翔利の方が瑠伊に救われている。


「という事で瑠伊が怒ってる理由を教えてください」


「どういう事かは分からないけど、いいよ」


「簡単なんだよな」


「口調がころころ変わるな。まぁ簡単だよ。想像してみて、大内さんが翔利に『結婚しよ』って目も向けずに言ってきた場合の事」


 瑠伊は絶対にそんな事はしないが、今はそういう話ではない。


 言われた通りに想像してみる。


「ちなみに照れてるとかじゃないよ。どうでもよさそうに、適当に言ってる感じね」


「……理解した。俺がどれだけの事をしたのか」


「行く?」


「行く」


「行ってらっしゃい」


 翔利が立ち上がると、新が手を振ってそう言った。


「ありがとう新」


「どういたしまして翔利」


 そう言って翔利は走り出す。


「あぁ、嬉しいなぁ」


 その新の独り言は翔利には聞こえなかった。


 新たな絆が生まれたのだった。

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