第22話 初めての……

「翔利、立って」


「また?」


 テストの順位の発表からしばらくが経ち、翔利と紗良は少し仲良くなった。


 そしてあの日からほとんど毎日、紗良は翔利の元にやってきて翔利を立たせる。


 そして。


「たよるー」


「いつもは普通なのにこの時だけ可愛くなりすぎなんだよ」


 確かに困ったら頼れとは言ったけど、毎日教室で抱きついてきて、更に可愛い笑顔を向けられると少し困る。


 なにが困るのかと言うと、背後(右隣の席)からの視線が痛い。


「だって今日も朝から怒られたんだもん。だから頼ってるの」


「怒られないように頑張るって言ってなかったか?」


「私だって頑張ってるもん……」


 紗良が悲しそうな顔をする。


 だんだん紗良の事が分かってきた翔利なので、この顔が嘘をついている時の顔なのは分かっている。


「前と比べてどれぐらい?」


「翔利、女の子には秘密がいっぱいなんだよ」


 紗良が諭すような目で翔利を見てくる。


「まぁ確かに、翔利に甘える為に反抗したりしてるのは認めるけど、手を抜いてるとかはないよ」


「そっか、じゃあそろそろ離れて」


「なんで?」


「瑠伊からの視線が痛いんだよ」


 瑠伊はこの状況を見ても何も言わない。


 これが紗良の事をなんとなくでも理解して、仕方がない事だと思って放置しているのならいいけど、呆れなんかだと少し落ち込む。


「大丈夫だよ。この前ちゃんと話したから」


「内容を聞かせろ」


「別に私の事を少し話して、それの慰めをして貰ってるって」


「じゃあなんで瑠伊は睨んでくるの? 俺が人として最低とかそういう話?」


「ち、違いますよ!」


 翔利が瑠伊の方に視線を向けて聞くと、瑠伊が慌てた様子で返答する。


「これはただ、私の心が狭量なだけです」


「瑠伊で狭量なら俺とかどうなんの」


「寛大じゃない?」


「紗良は学校の問題は解けるけど、一般常識には疎いタイプか」


「はいはい可愛い可愛い」


 紗良にいつか言った事を何故か言われた。


 翔利は自分の事を寛大だとは思っていない。


 揚げ足ばかり取る狭量な人間なのだから。


「全く、自虐キャラは今時人気ないよ」


「自虐じゃなくて事実だろ」


「翔利はひねくれてるだけで心は寛大だよ」


 押し問答にしかならないので翔利は諦める事にした。


「分かったから離れろ」


「やだって言ったら?」


「平が泣き出すんじゃないか?」


 そう言って紗良の後ろで絶望している新を顎でさす。


 ちなみにこの絶望顔には興味無い。


「泣かせとけばいいよ」


「もう十分に泣かしたろ」


 新が絶望するのは何も初めての事じゃない。


 紗良が翔利に抱きついている時はずっとそうだ。


「結局あいつは私に何もしなかった人でしょ?」


「それは紗良が深入りされるのが嫌だと思って何も言わなかったんだろ?」


「何もしなかったのは事実でしょ?」


 紗良の言ってる事は、わがままだけどその通りだ。


 実際、行動した翔利は紗良に認められ、静観を選んだ新は未だにサンドバッグにされるだけだ。


「結局結果論だろ」


「そうだけど、翔利は正解を引き当てたんだよ」


 そう言って紗良が抱きつくのをやめて「屈め」という視線を送ってきたので椅子に座った。


 そして座った翔利の頭を撫でた。


「そういえば瑠伊」


 視線が痛いのと、瑠伊が少し前に紗良に聞きたい事があると言っていたのを思い出したので、瑠伊の方を向いて声をかけた。


「紗良に話したい事って何?」


「そうでした。いつもの私の場所を取られて嫉妬していて忘れてました」


「さりげ自慢すんなし」


「では次からは堂々としますね」


 瑠伊と紗良の間に火花が走る。


 もちろんそこには翔利がいるので、視線の痛みが更に増す。


「で、私に話って何?」


「伊藤さんは翔利君の事が好きなんですか?」


「好きだね。ちなみにその質問は私と翔利の関係をこじらせたくて聞いたの?」


「そうですね。あっさり認められて驚いてます」


 即答でしかも普通に流されるものたがら翔利もよく分かっていない。


「その好きというのは」


「もちろん異性として。普通に惹かれるでしょ?」


「……はい」


 瑠伊からのお世辞を貰ったところで理解する。


 紗良は建前なんかは言わないから、今のが嘘偽りない言葉なのが分かってしまった。


「つまり伊藤さんは翔利君とお付き合いをしたいと?」


「いや、それはないかな」


「正確に言うなら私は付き合うとかじゃなくてもずっと一緒に居たい。だけど翔利は私を好きにならないでしょ?」


 翔利の気持ちだけど、紗良は翔利ではなく瑠伊に問いかける。


「分からないじゃないですか」


「これも正確に言うなら、好きにはなるけどライク止まりだよ。翔利のラブは相手が決まってるみたいだし」


 紗良が翔利に「ね?」と聞いてくる。


 確かにその通りだ。


 翔利は紗良の事を好きではあるけど、あくまで友達としての好き。


 それ以上になる事はない。


「まぁでもせっかくその話が出た事だし」


 紗良がそう言って翔利に顔を近づけてきた。


 そして……。


「……私のファーストあげとく。どうせ翔利は経験済みでしょ?」


「……」


「え? あ、ごめん」


 紗良が翔利と何故か瑠伊に視線を向けて謝った。


 今されたのは頬とかではなく、唇同士のやつだ。


 翔利は不意打ちすぎてなんの反応も出来なかった。


「間接ファーストいる?」


 紗良が唇を指さしながら瑠伊に聞く。


「い………………らないです」


 とても長い間があったが、瑠伊が名残惜しそうに断る。


「じゃあいただきます」


 紗良はそう言うと舌を少し出して唇を少し舐めた。


 傍から見たら変態のようだけど、紗良がやると艶めかしく、どこか色っぽく見えた。


 背は低いけど。


「もっかいしていい?」


「駄目です!」


 紗良が翔利の頬に手を当てて聞いたら、瑠伊がその手を掴んで断った。


「翔利君もふわふわしてないで戻ってきてください!」


 そう言って瑠伊が翔利の頭を抱き寄せた。


「ビンタとかデコピンとかの痛みで戻すんじゃなくて、自分がいるっていう存在感で戻すんだ」


「翔利君を痛がらせて嫌われたらどうするんですか」


「なるほど」


 紗良が顎に手を当てて「うんうん」と頷いている。


「翔利君、起きなさい」


「ママ」


「可愛い……じゃなくて、現実逃避は終わりです」


「夢を見てた」


「寝ぼけてるのかな」


 全てを夢オチにして済ませようとしたら、紗良が顔をグイッと近づけてきた。


「めっちゃ目が覚めました」


「私のファーストはどうだった?」


「とても良かったです。ただ次からは確認を取ってからお願いします」


「確認取ったらしていいのね?」


「俺ではなく瑠伊に確認取って許されたら」


 翔利からしたら紗良とのキスは嫌では無い。


 だから紗良に丸め込まれたらまたしてしまう可能性の方が高い。


 なのでこういう時は第三者に丸投げするのが一番いい。


「いい?」


「私がいいと言うとでも?」


「思ってないよ? そもそも不意打ちでやれば関係ない話だし」


「では確認を取るのは嫌がらせですか?」


「警告?」


「警告ですか?」


「翔利は攻めるのも守るのも弱いから、守ってるだけだと取られるよって事」


 翔利には何の話をしているのか分からないが、瑠伊は何かを理解したように胸に収まる翔利を見る。


「伊藤さんは取りにはこないって事ですか?」


「いくよ? でもそれにはまず翔利の目を向けさせる必要があるから」


「つまり私の役目は不意打ちを防ぐ事ですね」


「そ。翔利結構ちょろそうだし」


 なんの事かは分からないが、今のは絶対に馬鹿にされていたのが分かる。


「純情と言ってください。翔利君を弄ぶのなら私も容赦しませんよ」


「翔利は反応が面白いから」


「翔利君を知らないとそう思えるんですね。翔利君は仲良くなると今と全然違いますから」


「マウント取るんだ。取れなくなるように私が調教してあげるよ」


「自分色に染めた翔利君は翔利君じゃないですよ」


「根っこの部分は変えないよ。好きな人への対応の部分を変えるだけ」


 翔利を挟んで瑠伊と紗良が言い合いをやめない。


 翔利は翔利の話をされてるのは分かるけど、瑠伊の胸の中という事もあり眠くなってきて、話がほとんど頭には入っていない。


 でも、翔利は瑠伊が学校で翔利と怜央以外の人と話している姿が見れて嬉しい。


 紗良の後ろの新は絶望した顔で紗良を見つめている。


 怜央はと言うと、最近よく学校を休んでいる。


 今日も休んでいるので、ここには居ない。


 いくら赤点を回避できたとしても、こう何日も休んでいてはまた留年になってしまう。


 そんな事を考えていたら、いつの間にか瑠伊の胸の中で眠っていた。

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