第21話 テストの後はツンデレに

「勉強会を始めます」


「頑張るよ」


「頑張れ」


「翔利君もですよ」


 現在、佐伯宅にて翔利、瑠伊、怜央の三人で勉強会が開かれている。


 なぜ翔利の家なのかと言うと、怜央の家は家庭的事情で入れないらしく、なら図書館などを利用しようかとも思ったけど、それなら翔利の家でいいのではないかと翔利が提案した。


 もちろん翔利と瑠伊が一緒に暮らしている事は内緒だ。


「でもなんか、瑠伊がすごい馴染んでるね」


「そ、そうですか?」


「もしかして……」


 怜央の視線に瑠伊がたじろいでいる。


「通い妻してるの?」


「あ、えーと……。はい」


 変に誤魔化して墓穴を掘らないようになのか、すごい勘違いされそうな事を言う。


「さすが瑠伊だね。翔利の事に関しては積極的すぎる」


「そ、そんな事……ないって言えません」


 翔利からしたら最初に比べて何事に関しても、とても積極的になったと思う。


 翔利としては嬉しいかぎりだ。


「見せつけてくれてー」


「だから違いますって!」


「瑠伊、怜央は勉強したくないから話を逸らしてるだけだよ」


「ギクッ」


「怜央さん、お説教とお勉強どちらがいいですか?」


 瑠伊が笑顔で怜央に詰め寄る。


「え、えと……優しくしてね」


「とりあえずお勉強しながらお説教しますね」


「優しくない!」


 そこから一時間、瑠伊によるスパルタ塾が始まった。




「休憩しましょうか」


「や、った」


 怜央はそう言って机に突っ伏した。


 ちなみにここはいつも食事をしている居間だ。


 瑠伊の部屋には行けないし、翔利の部屋には机がないからここでするしかなかった。


 華は出かけているのでいない。


「お茶を淹れますね」


 瑠伊はそう言って立ち上がった。


「冷やかす元気もない」


「冷やかすなよ」


 この勉強会を提案したのは怜央だ。


 翔利と紗良の勝負が心配という建前で自分の勉強を見て貰う為に。


「手応えあるの?」


「瑠伊、怖いけど教え方上手だから解けるようにはなったよ。怖いけど」


「自業自得だから諦めろ」


「そう言う翔利はどうなの?」


「まぁ、ぼちぼち?」


 勉強会と言っても、瑠伊が怜央に教えて、翔利は一人でやっている。


 翔利からしたら復習でしかないので、一人でも特に問題はない。


「俺も怜央をしごくか?」


「え、普通にやだ。翔利の場合、瑠伊からたまに見える優しさもないだろうし」


「そんな事はないぞ。間違えたらやる気あるのか聞くだけだから」


「僕を泣かしたいのかな?」


 さすがの翔利もそこまでする気はないが、確かに無意識で怜央の心を抉る可能性はある。


「そもそも勝つ気はあるの?」


「本気でやるけど、別に勝っても負けてもどっちでもとは思ってる」


 本気でやらなければ、また入院する可能性もあるから本気ではやるが、別に翔利は勝っても負けても特に不利益になる事はない。


「ちなみに勝ったらなにをお願いするの?」


「特に決めてない。だから本気でやって負けるのが理想」


「伊藤さんが『付き合って』とか言ったらどうするの?」


「絶対にないだろうけど、なにかの間違いでそう言われたら……どうするか」


 なんでも言う事を聞くという事は断る事が出来ないという事。


 だからもし本当にそう言われたら付き合うしかない。


「でも伊藤も勝った時の事は考えてないと思うけど」


「どして?」


「伊藤は多分一位にこだわってるだけなんだよ。そこに何かあるのかもしれないけど、一位さえ取れれば俺への命令権なんかいらないと思う」


 あれはあくまで翔利を本気にさせる為だけのもの。


 多分先に殴ると言われても普通に断って終わっていた。


 伊藤の目的は、本気の翔利に勝つ事。


「通じ合いすぎでは?」


「見てれば分かるだろ」


「分かんないよ。実は好きなの?」


「普通?」


 紗良の事は確かに嫌いではない。


 だけど別に好きという程ではない。


「じゃあ瑠伊の事は?」


「好きだけど?」


「即答か。知ってたけど。じゃあ僕は?」


「好きか嫌いかで言ったら好きかな」


「なんか嫌な回答。まぁ好きならいいや」


 怜央の事は嫌いではないけど、瑠伊と比べるとそこまでではない。


「ちなみにさ、僕が僕でなくなっても好き?」


「どゆこと?」


「ううん、やっぱり忘れて」


 怜央がどこか作ったような笑顔をする。


「お茶が出来ましたよ」


 タイミングよく瑠伊がやって来たので、その笑顔の真意については分からない。


 きっと翔利の気のせいだろうし。




「行くよ」


 紗良が翔利の席にやってきてそう言う。


 テストは終わり、今日は順位が張り出される日だ。


「一緒に行く必要あるか?」


「別々に行く必要ある?」


「ないな」


「ほんとにあんたって一回否定しないと気が済まないのね」


 紗良が呆れたように言う。


「それが俺だから諦めてな」


「別にいいけど」


 そう言ってで順位の張り出しを見に行く。


 瑠伊達は気を使っているのか、一緒には付いて来なかった。


「ちゃんと本気でやった?」


「わざと間違えるとかはしてない。テスト勉強も前回に比べたら少ないけど、その前に比べたらやったはず」


「そ」


 紗良はそれから一言も喋らなかった。


 そしてそのまま張り出しの前に着いた。


 そこには、一位 佐伯 翔利、二位 伊藤 紗良と書いてある。


「負けか……」


「点数差二点じゃん。誤差だろ?」


「負けは負け。実力で負けたって事だよね」


 紗良の顔は特に変わらない。


 ただ順位の紙を見ている。


「もしかしてカンニングとか疑ってた?」


「してたら良かったって思ってただけ。でもあなたという人を見て、カンニングをしてまで順位を上げたいとか思う人じゃないのは分かってはいたよ」


 そこで紗良は小さく息を吐いた。


「ちょっと来て」


 紗良はそう言って教室とは逆の方向に歩き出した。


 翔利はそれに黙って付いて行く。


 紗良が連れて来たのは誰も来ないであろう、屋上の扉前だ。


「ここなら誰にも聞かれないだろうから、いいよ?」


 紗良がいきなり意味の分からない事を言い出した。


「なにが?」


「ご褒美。言い難い事でもここなら言えるでしょ?」


「別に軽いやつを頼んで終わりにするつもりだったんだけど」


 飲み物を買ってきて貰うとかのお願いで済ませるつもりだったけど、こんなところまで連れて来られてはそれも頼みづらい。


「じゃあ重いのでいいか?」


「もちろん他言はしないから、ここで私を脱がしたり、襲ったりしても大丈夫だからね」


「それは俺を信頼してるのかしてないのかどっちだよ」


「なんでもだから」


 どうやら紗良は自分の身よりも約束を果たす事を優先するタイプのようだ。


(なんでもいいなら)


「これはお願いじゃなくて、お願いの過程だけど許される?」


「確認って事?」


「そう」


「ならいいよ」


 言質も取れたので頼む事にする。


「とりあえず肌を見せて」


「……」


 紗良が無表情で翔利を見つめる。


 そして無言のままに制服を脱ぎ始めた。


 ブレザーを脱いで床に置こうとしたので「持つ?」と聞いたら素直を渡してきた。


 そしてワイシャツのボタンを外し始めた。


 ワイシャツの上から二つ目のボタンを外したところで見えた。


「そうか……」


 翔利が紗良を手で止めてブレザーを肩に掛けた。


「俺のせい?」


「それは違う。私の実力不足」


 紗良が無表情のままボタンを付け直す。


 紗良の身体には痣が見えた。


 翔利が見たのは鎖骨の下辺りだけだが、おそらくその下にはもっとあると思われる。


「それで見た上でのお願いってなに?」


「俺に何か出来る事は、とか言いたいけど、余計なお世話だよな?」


「そうだね。あんたが何かしても何か変わるとも思えないから」


 紗良の言葉は辛辣だが、その通りなのが翔利にも分かる。


 瑠伊の時は相手が馬鹿だったから証拠を集めるのも簡単だったが、紗良のように見えない場所だけを狙ってやっているタイプは証拠を隠すのも上手い。


「お節介言うね。俺のばあちゃんならなんとか出来るかもしれないよ」


「別にいい。私が頑張ればあの人達は納得するし」


「そういうの嫌い」


 自分の身を削って言う事を聞く。


 最初の瑠伊を見ているようで、顔も知らない相手に腹が立つ。


「嫌いでいいよ。それでお願いってなんなの? まさか私の素肌を見たかっただけ?」


「それは過程って言ったろ」


「でも見たかったんでしょ?」


「否定はしないけど」


 確かに痣の確認がしたかったから紗良の素肌を見たかった。


 紗良も分かっていながら翔利をからかっているのも分かる。


「じゃあお願い……いや、。困ったら頼れ」


「なんで?」


 この「なんで?」は、なんでそんな事を言うのかではなく、なんでお前を頼らなくてはいけないのか、という意味な気がする。


「俺が人の絶望した顔が嫌だから」


「絶望とかしてないけど?」


「無自覚じゃないだろ。お前は俺と似てると思ったけど、俺と違って嫌な事を溜め込むタイプだろ?」


 翔利は嫌だと思ったら溜め込まずに吐き出す。


 嫌な事をされたら、した奴を後悔させて潰したい。


「私のなにが分かるの?」


「真面目で人を頼るのが苦手。人に興味が無いフリしといて、実は相手の事を常に考えてる。約束は絶対に果たすけど、出来ない場合は自分を削る。少ないけど今、ぱっと思いつくのはこれぐらいかな」


 紗良との付き合いは短い。


 他のクラスメイトに比べたら多いのだろうけど、瑠伊や怜央、新と比べたら話した数なんて片手で足りる。


「要するに伊藤 紗良はいい奴なんだよ。だからそんな奴が絶望した顔を見たくないの」


「……」


 紗良の無表情は変わらないが、少し戸惑っているのが分かる。


「別に絶対に頼れとかは言ってないだろ? 溜め込むのが辛くなったら吐き出し口になるって言ってるだけ」


「……いいの?」


 紗良から発せられたとは思えない程の弱々しい声。


「いいよ。俺はお前と言い合ってるの結構好きだったし」


 翔利は紗良となら何も考えずに言い合いが出来る。


 瑠伊との穏やかな会話も好きだが、紗良との激しい言い合いも同じぐらいに好きだ。


「本当にいいの? 私、人に甘えた事ないから引くかもよ」


「そこまで似てるのか。俺も甘え方とか知らなかったから瑠伊に甘えてばっかだよ」


「あんたも苦労してるのね」


「そのあんたってのもやめろ」


 名前で呼ばれたいとかではないが、ここまで付き合いがある相手にあんたやお前で呼ばれる事に違和感がある。


「あんたが言う?」


「でもテストで勝った時の命令がさっきの頼れで、こっちは勝負を受けた時の命令だし」


「そういえば受けてなかった……」


 紗良は翔利に勝負を受けてくれたらなんでも言う事を聞くと言った。


 だけどそれは有耶無耶になっていて何も頼んでいなかった。


「じゃああんたも私を名前で呼ぶならいいよ」


「俺は伊藤って呼んでるから」


「は? 名前でしょ。それは名字って言うの」


 紗良が翔利の胸に人差し指を当てながら言う。


「じゃあお先にどうぞ」


「……私から?」


「命令権は俺にあるから」


「……り」


「なんて?」


 これは嫌がらせとかではなく、本当に聞こえなかった。


「しょ、翔利!」


 紗良が顔を赤くしながら翔利の名前を呼ぶ。


「そういうとこがツンデレで可愛いんだよな」


「だから可愛い言うなっての! ほらあん……翔利も言え」


「紗良は可愛いな」


「普通に言うなー」


 紗良はそう叫びながら拳を握りしめ、翔利に殴りかかろうとする。


 翔利もやりすぎた自覚はあるので甘んじて受ける事にした。


 だけど襲ってきたのは痛みではなく、温もり。


 紗良に抱きしめられたのだ。


「どした?」


「……ありがと」


「なにが?」


「私を見てくれて。私を受け入れてくれて」


 翔利にはよく分からなかったけど、とりあえず紗良の頭を優しく撫でた。


 それからしばらくの間、翔利は紗良の頭を撫で続けた。

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