第5話

 ***


「拓也」


 その日、両親は死んだ。五歳の僕に、その事実は重すぎた。僕は部屋に閉じこもってずっと泣いていた。泣いても泣いても、何も解決しないことに気づき、また涙が出てくる。その繰り返し。


「拓也」


 部屋の扉の向こうから、祖父の声がした。僕は構わず泣いていた。


「拓也、飯、食うか」


「いらないっ、僕、お腹すいてないんだ。じいちゃんとばあちゃんだけで」


 あまりにも間が悪かった。僕のお腹が、ぐうぅっと鳴ったのだ。


「……居間に来い、今日はハンバーグだぞ」


 僕はきまり悪い表情で、静かに祖父のあとをついていった。


 食堂のメニューには、なかったと思う。その日の食卓に並ぶハンバーグを見て、僕は不思議に思った。


「どうして、今日はハンバーグ?」


「お前の母さんが、よく食べてた」


 僕はハンバーグを切り分けて、それを口に運んだ。甘い。デミグラスソースが甘い。でも、しつこくない、自然な甘さ。


「美味しい」


「そうか」


 僕の向かいに座る祖父母は、自分たちはハンバーグを食べずにずっと僕がハンバーグを食べる様子を見ていた。


「食べないの?」


「食べるさ」


 当時の僕が知っていたこと。祖父は、どんな料理でも、甘めの味つけがあんまり好きじゃない。


「食べ終わったら、流星群見に行くか」


「え?」


「今日はペルセウス座流星群が見える日だ」


 僕が反応に困って首を傾げると、祖父の隣で祖母がふふ、と目を細めるだけだった。




 食べ終わって、祖父と店の外に出た。藍色に変わり始めた空にひとつ、小さな瞬きを見つけた。


「あっ」


 思わず声が漏れた。


「お前の母さんと父さんは、星になったんだ」


「え?」


 祖父の顔を見た。祖父は夜空に目を向けて、でも、心を僕に向けてくれていた。


「死んだ人間は、星になる。星の海を、泳いでんだ」


 星の海。


 祖父から目線を離し空を見上げると、いつの間に、藍色の空を幾億の星が泳いでいた。


「あの中のどれかに、母さんと父さんがいるの?」


 僕は必死になって目を凝らす。


「ああ。ここからは見えないけどな。いつか必ず、流れ星になって、お前に会いにやってくる」


「ホント?」


「ホントだ」




 その日、祖父は食堂のメニューにデミグラスハンバーグを加えた。

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