29. 企み

「2人とも遅いなぁ」


 胡桃は暇そうに背を伸ばす。男子のトイレ事情はわからないが、それほど時間が掛かるのだろうか。


 茂みを分ける音がして、胡桃は振り返る。カベツヨだった。


「おそ――」


 と言いかけ、目を見開く。カベツヨの後ろに4体のゴブリンがいた。胡桃は慌てて立ち上がり、杖を構える。


「カベツヨ、後ろにゴブリンがいるよ!」


「知ってる」


「え」


「行けっ!」


 カベツヨの命令でゴブリンが胡桃に襲い掛かる。胡桃は『炎魔法――火炎玉』を放つも、レベル差で押し切られ、ゴブリンに押し倒される。さらにゴブリンたちは、ニタニタと笑いながら、暴れる胡桃を押さえつけた。


「いや、止めて! カベツヨ、助けて!」


 胡桃はカベツヨに助けを求めるも、カベツヨを見て、愕然とする。カベツヨはカメラを回し、ゴブリンに襲われる様子を撮影していた。


「な、何をしているの?」


「見てわからないのかい? 君の哀れな姿を撮影しているのさ」


「何で、そんなこと!?」


「君にこれから起こる不幸は僕を興奮させてくれるからさ。それに、その様子を撮影して売れば、金になる」


 胡桃は青ざめる。


「冗談、だよね?」


「冗談なんかじゃないよ。僕は本気さ」


「ど、どうして? こんなことしても、誰も喜ばないよ?」


「いや、喜ぶ者はいる。僕と、そして一部の紳士たちだ」


「紳士?」


「そうだ。君はスナッフフィルムって知っているかい?」


 胡桃は首を振る。


「なら、教えてあげよう。人を殺す場面を撮影したフィルムのことさ。今、海外の闇マーケットでは、ダンジョンでわざと冒険者を殺すスナッフフィルムが高値で取引されていて、金になるんだ。そして、君みたいな若い女性となると、桁が変わってくる」


「金のためにやってるの?」


「いや、金だけじゃない。僕自身も君のスナッフフィルムを楽しもうと思っている」


「何でそんな悪趣味な」


「君のことが好きだからだよ、胡桃」


「カベツヨには忘れられない彼女がいるんじゃ!」


「ああ。そうだ。彼女のことは今でも忘れないよ。彼女が殺される瞬間を思い出すたびに、その、ふふっ、興奮してしまうんだからねぇ」


 カベツヨの薄い笑みに、胡桃はゾッとした。そこにいるのは、胡桃の知っている面倒見の良い男ではない。狩りを楽しむ獣だった。


「僕は最初、この気持ちがわからなかったんだ。彼女のことを思い出すたびに、悲しみ以外の感情を抱いている自分に嫌気がさしたよ。でも、仕事で海外に行って、たまたまスナッフフィルムの存在を知ったとき、理解したんだ。僕は、好きな人が殺されるのを見て、興奮しているんだって。それで今度は、好きな人が殺される場面をちゃんと動画で残し、いつでも楽しめるようにしようと思ったんだ。そして、君を見つけた」


「な、何で私なの?」


「彼女に似ているからさ」


 カベツヨは無垢な笑みを浮かべる。あまりにきれいすぎて、胡桃の顔が引きつる。


「ねぇ、胡桃。僕と胡桃が歩んだストーリーについて君は覚えているかい? 僕はちゃんと覚えているし、動画にも残しているよ。だからさ、それらのストーリーと君が殺される場面を繋ぎ合わせ、僕は最高のフィルムを作り上げる」


「そ、そんなの望んでない」


「いや、君は望んでいたよ。最高の女優になることを。だから、君の死をもって、僕は君を最高の女優にしてあげる。なぁに、恐れる必要はないさ。ゴッホだって、評価されたのは死後なんだから」


「いや、いやぁああ! だ――」


 胡桃が叫ぼうとしたのを察し、ゴブリンが手で胡桃の口をふさぐ。胡桃の叫びはゴブリンの手の中でくぐもった。


「さぁて、それじゃあ、そろそろ撮影を始めようか」


「――その必要はないわ。あんたの企みはすでに配信しているからね」


「なっ――」


 カベツヨが驚いて目を向けた先に、カメラを持った胡桃と佐助が立っていた。

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