15. 共闘

 心は、文字通り背水の陣だった。背後には蓮の池。そして目の前には、3体の仏像がいた。直立不動の仏像と座禅を組んでいる仏像、寝ている仏像の3体だ。佐助からは隠れろと言われていたが、しつこく追跡してくる仏像と戦っているうちに、今の状況になってしまった。


 しかし、心の顔に焦りの色は無かった。むしろ、落ち着いているし、内側から力が湧いてくる。猿吉が今の状況を見たら驚くだろう。佐助が近づいてくるにつれ、心のレベルが上がっていくからだ。


 心の背後に空間のひずみ。金色の拳が心を襲う。が、心は振り替えずにしゃがんで避けた。さらに左端に2つ、右端に4つの空間のひずみ。心は灼熱剣で左側のひずみを斬り、霊水剣で右側にある2つの剣を斬った。ここまでの戦いで、直接ひずみを攻撃した場合、ひずみが消えることがわかった。残った2つのひずみから殴りかかってくるも、2つとも避けて、直立不動の仏像に跳び蹴りを放つ。仏像はボーリングのピンみたいに揺れるもその場に留まって、微笑みかけた。


(やっぱり、硬い。ってことは、攻撃すべきはこっちじゃないのかも)


 心は体勢を整えようとしたが、足に違和感。見ると、地面に空間のひずみがあって、そこに足が取られてしまった。


「くっ――」


 そのとき、右手を掴まれた。さらに、目の前に現れたひずみから飛び出た拳に腹を殴られ、くの字に折れる。心は白目を剥きかけるが、次の瞬間には力強く奥歯を噛んで、『炎魔えんま剣法――炎龍剣えんりゅうけん』を発動した。灼熱剣が燃え上がり、心は体を捻りながら跳び上がる。灼熱剣が描く炎の軌跡は、飛び立つ龍のようであった。龍が金色の手を噛み切る。寝ている仏像が激しく揺れ動き、手を失った腕はひずみの中に消える。心は涎を拭いながら確信する。


(やはり、こっちの腕の方に攻撃すればいいみたいね)


 心は剣を構え直した。攻略法はわかったが、1対3では分が悪い。さらに茂みの奥から微笑みかける2体の仏像を見つけ、頬を冷や汗が伝う。万事休す。――が、すぐに笑みを浮かべた。


(やっと来たか)


 そのとき、水柱を上げながら、蓮の池から1つの影が飛び上がった。鳥を思わせる影。その影は宙で回転した後、人の姿となって、心の前に降り立つ。黒い忍び装束を着た背中を心はよく知っていた。佐助である。佐助は振り返り、ゴーグルを上げて言った。


「元気そうだな」


「あんたが遅いから、一発喰らっちゃったじゃない」


「大丈夫だろ。一発くらい」


 そのとき、佐助のそばに空間のひずみ。金色の手が佐助を襲うも、佐助はその手首を掴んで攻撃をいなす。さらに手首を掴んだまま、肘部分を強く押し込んだ。するとその勢いで、ひずみの中から金色のマッチョが姿を現した。佐助は素早い動きで、金色のマッチョの首に左足を振り下ろし、右足の膝でマッチョの顎を蹴り上げる。骨の折れる音がして、金色のマッチョは動かなくなった。直立不動の仏像が倒れる。


「こいつの倒し方はこんな感じ」


「ふーん。そうやればいいのね」


 心は伸びてきた拳を避けつつ、灼熱剣で金色の手を地面に突き刺した。そして、霊水剣で肘を強く押すと、ひずみからマッチョの上半身が現れたので、その首を狙い、霊水剣を振り下ろす。霊水剣がマッチョの首に刺さった。が、切断には至らない。だから、柄を両手で持ち、地面にぶつけて叩き切った。寝ている仏像が倒れる。


「さすがだな」


「当たり前でしょ」


 心は涼しい顔で答え、残りの仏像たちに目を向ける。仏像たちに逃げる様子はなく、微笑みながら迫ってくる。


「まだ戦う気なんだ」


「おそらく勝てると思っているんだろ。奴らは目の前の事象ではなく、俺のレベルを見て判断している。奴らには、俺がただのアリにしか見えないんだと思う」


「なるほど。佐助がアリに見えるなんて、見る目無いんじゃない?」


「違いないね」


 2人を囲むように無数のひずみが生まれ、6つの拳が佐助と心を襲った。佐助はそのうちの1つを左足で受け止めると同時に2つの拳を両脇に抱え、左足で拳を押し込む反動を使い、金色のマッチョを2体引きずり出した。露わになった首筋を心の霊水剣が狙う。『水魔すいま剣法――飛瀑剣ひばくけん』。水の勢いをまとって振り下ろされた剣は、2体まとめて肩ごと荒々しく斬り落とした。


「よし。残りは1体!」


「いや、もう終わりだよ」


「え?」


 そのとき、大地が震え、鳥型のモンスターが飛び立った。仏像も逃げ出し、佐助と心を巨大な影が覆う。地中から木々を倒しながら巨大な仏像が現れた。その高さは100メートルを超え、B19階に悠然とたたずむ。


「何、あれ」


「やつはここのフロアボス。さっきのモンスターを4体以上倒すと出現する」


「ど、どうすんの?」


「どうもしない。逃げる」


 佐助は心を引き寄せると、帰還玉を地面に投げつけた。割れて魔方陣が出現する。心は佐助の周りを漂う光の球体に気づき、見せつけるように体を密着させた。佐助が目を向けると、心は「は? 何?」と睨み返す。


「そんなに密着しなくても大丈夫だけど」


「駄目なの?」


「いや、駄目じゃないけど」


「なら、いいでしょ」


 そんなことを話しているうちに、2人は光に包まれて、その場から消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る