Chapter 3-4

 背後から迫る元魔の軍勢を前に、腕を広げて立ちはだかったのはサツキである。


「ここは私と……、シオンに任せておけ。だからさっさと行け、甲斐性なしの鬼と、朴念仁の坊主と、ガサツな戦乙女」


 辰真、ラファ、イリスは頷き、先へと歩を進めた。シオンはサツキに名指しされたことでその場に残ったものの、納得はしていない様子で声を上げる。


「え、ぼ、僕も行くよ! ここまで一緒に戦って来たんだから、最後だって一緒に――」

「お前には未来がある。倒れていった者の願いと、後から続く者の希望を繋ぐために、お前はここに残るんだよ」


 サツキの言葉にシオンは唇を噛み締める。自分の持つ使命と、最後の戦いに加わりたい闘志が激しく彼の中で葛藤を生んでいる。この先に進むことは人の、世界の未来を賭けて終焉を討ち取ること。だがそこに命の保証はない。死にに行くようなものだ。それだけの壮絶な戦いがそこにはあるはずだった。


 こちらに向かってくる元魔の軍勢はその誇り高き決戦の場には相応しくない。奴らを阻むこともまた、重要な一手の一つである。三人が命を賭して戦う戦場を作るためにはこの場に残ったシオンとサツキの働きが必要不可欠であった。


 シオンは顔を上げた。迷う必要はない。全身全霊を持って、眼前の敵を討ち倒すのだ。


「――はい!」

「さあ始めようじゃないか。死にたい奴からかかってこい! 一匹たりとも、私たちの後ろには通さんぞ!!」


 サツキの右手には焔が灯り、左手には雷が弾けた。


     ※     ※     ※


 シオンとサツキを残し、イリスとラファと辰真の三人は先を急ぐ。やがて見えて来たのは巨大な円盤のような空間である。近付くほどに分かるが、細かな粒子が無数に集まることでこの舞台を作り上げていた。

 そしてその中央に腕組みをして仁王立ちする人型の物体があった。彼のものこそ終焉の魔神。全ての元魔の頂点に立つ、最強の元魔である。


「待っていたぞ、人間ども」


 三人が円盤状の舞台に辿り着くなり、魔神は開口一番そう口にした。その表情には不敵な笑みが浮かんでいるように見えて得体が知れない。漆黒の体躯は人の形こそしているものの、顔には目と口の形をしたであろう穴が開いているだけでまるで影が立体化したかのようであった。


「さあ、始めようか。勝つのは命の意志か、終焉を望む世界の声か。この戦いが終焉ったとき、全てが決まる」


 辰真とラファはそれぞれの獲物を構える。イリスは詠唱を始めた。自身の中の魔力を洗練させ、この決戦のために用意した魔法を組み上げる。


 魔神は無造作に腕を伸ばした。両腕は恐ろしい勢いで伸縮を始め、まるで鞭のようにうねるその腕は真っ直ぐにイリスめがけて伸びていく。


「はぁっ!!」


 気合と共に辰真がそれを打ち払い、魔神へと舞台を蹴る。


「見せてやらぁ、扇空寺流!」


 魔神は腕を元に戻し、斬りかかる辰真の刀を悉く打ち払っていく。だが大きく打ち払った瞬間、辰真の刀が魔神の懐に向かって突き出される。隙を突いた必殺の一撃は確実に辰真の狙い通り魔神の胸を貫く、はずだった。


「遅いな、扇空寺の鬼よ」


 切っ先が触れる瞬間、魔神の姿はもうそこにはなかった。魔神の声がしたのは辰真の背後からである。腕をドリルのように変形させ、今度は魔神が辰真の心臓を狙っていた。これに辰真は完全に反応できない。必殺の一突きはしかし、更に魔神の背後に迫るラファによって妨げられた。


「私がいることも忘れては困りますね!」


 魔神はラファの背後からの攻撃を宙を舞って回避する。そのまま奴は距離を取って舞台に降り立ち、ラファは辰真と並んで槍を構えなおす。辰真も構えを下段に変えて体勢を立て直した。


「無駄だとは思わんか、人間ども。貴様らが幾ら命を散らそうとも、世界は終焉る。それが世界の意志だ」

「それを止めるのが私たちの使命です。何を言おうが、それが揺らぐことはありませんよ」

「世界がどうなろうがこの際知ったこっちゃねぇな。てめぇの決めた道を、てめぇのやり方で貫き通す。てめぇを倒すためにここまできたんだ。今更退くわけにはいかねぇな!」


 揺るぎない意志こそ彼らを支えるものだ。魔神を見据える彼らはもう、かの者の言葉などでは止まらない。


「それこそが人の業。だから世界は貴様ら人間を見限り、滅びの道を選んだのだ」


 魔神はイリスを見やる。彼女は目を閉じて詠唱を続けている。それはまだ魔法が完成していないことを意味するに他ならなかった。魔神はイリスの唱える魔法の正体を既に見破っていた。


「この星々の力を集めて、我を倒す術を築き上げようというのだろう。だが、これならどうだ」


 魔神は両腕を大きく広げる。するとこの辺り一面を奴と同じ無数の個体が覆い尽くしていく。舞台は星の光の届かない無明の空間と化し、星の力を借り受けようとしたイリスの魔法は果たして意味のないものとなってしまう。


「星の光は貴様らを助けるものではないということだ。終焉りだな、人間ども」


 魔神たちは腕を突き出す。この腕の全てから絶え間ない黒弾が撃ち出され、イリスたちに集中砲火を浴びせる。イリスを守るためにラファと辰真は彼女との間に立ち塞がったが、弾幕が止んでみれば立っていたのはイリスただ一人だった。


 魔神の内の一体が舞台に降り立つ。


「さて、エインフェリアは倒れ、星々の光は失われた。もう貴様に我を倒す術など残っていまい」

「さあどうかしら? 既に第一段階は完成しているわ!」


 イリスは蓄えた力を解放する。倒れ伏していたラファと辰真の身体に光が宿り、二人は立ち上がる。揺らめく焔のような光に包まれて、彼らの獲物も大きく姿を変えた。ラファの槍は巨大な投擲槍、グングニルとなり、辰真の刀は強靭な炎の剣、レヴァンテインとなった。


「もうすぐ術式が完成するわ。それまで、お願い」


 イリスは再び詠唱を始めた。ラファと辰真は頷き、武器を構える。ラグナロクは再び砲撃を開始した。だが辰真のレヴァンテインの一振りがその悉くを弾き返す。兆弾によって反撃を受けた魔神の大半が姿を消した。


「我がレヴァンテインに、断てぬ物なし!」

「私のグングニルも、負けてはいられませんね!」


 ラファは負けじとグングニルを投げる。巨大な槍は魔神を一撃の元に粉砕し、瞬く間にラファの手に帰る。更にラファは投擲を繰り返し、残っていた魔神を次々に屠っていった。


 魔神に覆い尽くされていた舞台は再び星の光を取り戻す。イリスは既に、詠唱を終えていた。掌を最後に残った一体の魔神へと翳す。


「この星の煌めきは人の、命の生きたいと願う想いの証。お前に、終焉りしか知らないお前にその灯が消せると思うな!!」


 虹色の光がイリスの手元に集まり、それは巨大な光弾となって発射された。光弾は同色の軌跡を描いて空間を切り裂いていく。


 ラファと辰真も舞台を蹴り、光弾が描く虹の軌跡に追随する。二人の身体を呑み込んで、光弾は更にその規模と勢いを増して魔神へ迫る。真正面から受け止める魔神と光弾の力は拮抗し、遂には光弾が魔神をも呑み込んで、炸裂した。


「いいだろう人間ども。世界の意志に貴様らが背き続けると言うのなら、この身体などくれてやる。世界はまた、新たな終焉りを生み出す。貴様ら人間どもがそれに逆らえるかどうか、見届けさせてもらうぞ――」


 終焉の魔神と呼ばれた元魔は白い灰となってイリスの元に降り注ぐ。やがて灰は形をなくして、消えた。


 かくして元魔戦争と呼ばれた戦いの幕は閉じた。英雄となった五人の物語は後々まで語り継がれることとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】the RAGNAROK Story 椰子カナタ @mahonotamago

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ