Chapter 3-3

 ふと、シオンは誰かの声を聞いたような気がして足を止めた。決して目の前の母に掛けられている声ではなかったが、母のように暖かみに満ちた声がシオンを満たしていく。


 同時に思い浮かぶ光景があった。突然母が目の前で苦しみ始める様が脳裏に浮かぶ。

 その場に膝を付いた母はシオンを抱き寄せる。彼だけは守らなくてはならないという彼女の本能からの行為だった。


 やがて母の身体はその端々から白い灰となって消えていく。最期まで息子のことを想って逝った母の死に、シオンは呆然と項垂れるしかなかった。


 残された母のバッグを抱えて崩れ落ちる。涙が溢れて止まらなかった。母を失った悲しみだけが彼を支配していた。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。涙も枯れて疲れ果てたシオンの元に現れた人物はシオンに事実を伝え、同時に生きる希望を与えてくれた。

 彼との出会いに呼応するかのように語り掛けて来る声は優しくシオンを包み込む。この生きる希望に満ちた声を、シオンは知っている。


 ――生きましょう、シオン。世界に終焉なんて絶対に来ない。あなたは生きて、生きて歩みを止めないで。希望はその先にかならず待っているものだから。


 シオンは母の目をまっすぐに見つめた。まやかしの世界は既に崩壊を始めている。賑わいを見せるひとごみも、活気に彩られたショッピングモールも、全てが消えて無くなって行く。


「行かなくちゃ。あなたは僕の夢の中で眠っていて。母さん」

「……ええ。生きてね、シオン」


 母の遺してくれた言葉を胸に、シオンは彼女に背を向けて歩き出した。


     ※     ※     ※


「誓いを、忘れてしまうところでしたね」


 ラファは消えゆく妻の髪を手で梳きながら微笑んだ。妻の瞳に溢れる涙をすっと拭ってやり、尚も彼女に微笑みかける。


「あなたは私の中で生き続けます。私のあなたの中でずっと生き続けます。いつだって一緒にいますよ。忘れないで」


 ラファが助けたはずの彼女には元々未来などなかった。ウイルスに侵され灰となって消えた彼女はだがしかし、ラファの中で永遠に眠り続ける。


 妻から手を離し、ラファは背を向ける。崩壊した世界を後にするべく、彼は一歩を踏み出した。

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