第5話 わたしんち

こんなに疲れているのに私ってば超、足速い。


永遠の憧れだったフローレンスよりも、こないだ世界新記録出して金メダル取ってたキャンディスよりも断然速くなった気がする。


まだちょっと頭が疲れちゃってるけど、体は力がみなぎっている。


三茶さんちゃ駒沢こまざわを越えて、実家がある深沢へ。


待ち合わせしていた葦原あしはらくんには悪いけど、スマホ死んでて、連絡の取りようがないし、家に一人でいるお母さんが心配だから、早く帰らなくちゃ。


葦原くん、本当にごめんなさい。

電波復旧したら必ず連絡するから、許してね。



電車が全線止まってしまって、道路も先ほどの異変に伴う多重事故の処理とかで大渋滞だ。


見たことがない生き物たちを相手に警察がドンパチ始めたり、各地区に検問とか設置されちゃってるから走った方が断然早い。


『二千年前より、≪魔≫の実体化が速い。人間の数も以前よりかなり増えとるし、これは被害が大きくなるぞ……』


渋谷交差点で襲われた屍鬼たちとは違う毛むくじゃらの大きな猿のような怪物を遠目に見て、白兎様が呟いた。


≪魔≫って一体何だろう?



それにしても息が切れないし、頬にあたる風が最高に気持ちがいい。


あんな大変なことがあって、せっかくのデートが中止になってしまったというのに、走っていると嫌なことは全部忘れちゃうから私はホント単純だ。


家までの道を、未だかつてない快速で楽しく走ってしまった。


不安や心配が、走る喜びとごちゃ混ぜになって何だか変なテンションだ。



家まであとちょっとというところで、お腹が膨れた小さい鬼のような生き物が何匹が立ちふさがったが、今の私のスピードについては来れないようで、かわしてそのまま駆け抜けた。


白兎様によれば、あれは餓鬼と呼ばれる≪魔≫で、見た目通り、あまり強くないみたい。


でも、この辺も電柱に衝突した事故車があったし、白兎様が≪魔≫と呼ぶ存在たちがこれほどに散見されているとなるとお母さんの安否がますます心配になってきた。


あの長すぎる地震のせいだろうか、はるか先では何軒も火事になっているようだった。


その火事が自分の家でないことを祈りつつ、走る速度を上げていく。


『おい、理世。止まれ、様子がおかしい。ただならぬ気配がする。止まれ』


白兎様はそういうが、あの角を曲がれば、家だ。


火事になっているのはもっと向こうの方だし、ウチは大丈夫そうだった。


「嘘……」


目の前の光景に言葉を失った。


築十五年くらいしか経っていない一戸建てのわたしんが半壊し、家の中から見たことも無い形の葉をつけた不気味な樹木の幹や枝が一階の屋根や窓、壊れた壁から突き出していた。


樹皮は黒く、葉は赤い。まるで血のような濃くて暗い赤だ。


家の前のアスファルトは網状に割れて、庭から這い出たらしい木の根っこのようなものがそこから顔を出していた。


郵便局のバイクが横倒しになっているが、その持ち主の姿は見当たらない。

根っこに引っかかって転倒でもしたのだろうか。

血の跡とかは見当たらないから怪我とかはしてないかもだけど、バイクを置いてどこに行ったのだろう。


そして、妙なことに、あれほどの地震や怪異があった後であるのに、住宅地は静まり返っており、出歩いている人の姿は今のところなかった。


どこかで犬の鳴く声が聞こえ、人の気配もあるにはあるようだから、みんな、家の中に閉じこもって隠れてでもいるのだろうか。


「お、おかあさん!」


理世は、バッグから家の鍵を取り出し、ドアに向かって走った。


しかし、その理世の行く手を阻むようにうねうねと螺子くれた枝が伸びてきて、頭上から打ち下ろしてきた。


理世はそれを間一髪で後方に飛び退きかわす。


『理世、あれは≪樹霊じゅれい≫の一種じゃ。しかもたちの悪いことに好戦的で肉食な≪妖樹≫の類ときてる。生きた人間を養分とし、大きく育つ≪魔≫だ。あのサイズではもう一人や二人は喰らっておろうし、もしこの建物の中にお前の母親がいたというなら、残念じゃが……』


「嘘、お母さんは生きてる。建物の中で、きっと私の助けを待ってる。だって、お母さん、いつも言ってたもん。大人になった私のウェディングドレス着た姿を見るのが一番の楽しみだって。口癖みたいに言ってたもん。女手一つでバリバリ仕事して、私を育ててくれて、こんな立派な家まで建てるくらいがんばってきたのに、それなのに、こんなのってないよ!」


理世は両目からあふれる涙で顔をぐしゃぐしゃにして、叫んだ。












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