第3話 おー、まい、がーって感じ

なにか自分のお腹の辺りがぽーと温かくなったような気がして、次の瞬間、恋坂理世こいさかりせの意識はすとーんと地上で横たわる自分の身体へと吸い込まれていった。


本当に危機一髪だったようだ。


缶バッチおじさんの死体は私のお気に入りのスニーカーに手をかけていて、なんとか脱がそうと苦戦していた。


かじりにくいから、脱がしてから噛みつく気なんじゃろ。真面目な奴じゃな』


頭の中に大兎大明神おおとだいみょうじんこと、先ほどのモフモフ白兎ちゃんの声が聞こえた。


どうやら先ほどまでのことは夢ではないようだ。


缶バッチおじさんの生温くて荒い鼻息が足首の上の辺りに感じられた。


「やだっ、変態。気持ち悪い!」


必死で足を振りほどき、つい思いっきり缶バッチおじさんの顔を蹴ってしまった。


折れた。


そんなに強く蹴ったつもりではなかったのに、缶バッチおじさんの首が根元から折れて、後頭部が背中にくっつきそうになっている。


おー、まい、がーって感じだった。


缶バッチおじさんはひっくり返った虫みたいにどうすれば良いのかわからなくなったようにもぞもぞ蠢いている。


「よっと」


理世は腹筋を使って、勢いよく跳ね起きると、器用に着地した。


『ほう、やるのう。なかなかいいバネしとる。これは思ったよりも掘り出し物だったかもしれんなあ』


「褒めて、褒めて。これでも私は体育は自信あるんだよね」


朋絵は力こぶを作るようなポーズをして、満面の笑みを浮かべる。


何か体が軽い。

今までにないぐらい絶好調って感じ。


『お前さん、名は何という。しばらくこの体に同居させてもらうんじゃ。いつまでもお前さんでは不便じゃろ』


「私は、恋坂理世こいさかりせ。理世って呼んでください。えっと、神様?」


『儂のことは、まあ色々呼び名はあるんじゃが、白兎はくととでも呼べ。大兎大明神おおとだいみょうじんじゃ長すぎるからな』


「わかりました。では白兎様とお呼びしますね。神様を呼び捨てはまずいし……」


『うむ、善き心がけじゃな。では、理世よ。早速だが、どこか安全そうな場所に移動するか。お前には色々と説明せにゃならんことがある』


「えっ、ちょっと、その……待ち合わせしていた人がいるので、今から探しに行っちゃだめですか」


『探す?どうやって? いいか、この辺り一帯で起こった現象は、何もここだけに限ったものじゃあないんじゃ。世界中どこでもここと同じような現象が起こっとる。混乱の最中、歩いて探そうにも当てはあるのか』


朋絵は思い出したかのように地面からショルダーバッグを拾うと、中からスマートフォンを取り出し、電源を入れてみた。


「うぞっ、電波が届いてない」


彼の番号にかけてみてもむなしく音声案内が出るだけで、メールも送信に失敗してしまう。


くぐもったようなうめき声に気が付き、辺りを見回すと自分の周りには、先ほどの缶バッチおじさんと同じような状態になった歩く死体たちが集まりだしていた。


その数は十体ほどだが、遠くにも何か動いているものがいて、その総数はわからなかった。


どうやら、歩く死体たちは気絶した他の人々には目もくれずに理世のもとに集まって来だしたようだった。


『先ほども言ったが、こやつらは屍鬼しきどもじゃ。儂らとは敵対しておる勢力の雑魚に過ぎぬが、戦っても得るものはない。さっさと逃げるぞ』


「で、でも、それじゃあ、ここで倒れている人たちはどうなってしまうの?」


『殺されて、屍鬼どもの仲間になるか、あるいは運がよければそのうち目を覚まして逃げ出すじゃろ。屍鬼どもは知能が低く、動きも緩慢で行動的とはいえん。ただ、儂と合神したことで人並外れたものとなった、おぬしの生命力エナジーに惹かれて集まってきておるんじゃ』


「それじゃあ、見殺しになんてできないよ」


理世は首を振り、白兎に抗議の意思を表した。


『ふう、仕方ないのう。まあ、力の使い方を説明する機会も必要だから、ここでやっていくか。だが、理世よ、先ほども言ったがこの現象は世界中で起きておる。お前の目に映るこの者たちを救ったとてそれはただの自己満足じゃ。せいぜい、今迫ってきておる屍鬼だけにして、先を急ごう。この周辺の屍鬼だけでもおそらく百や二百はくだるまい。すべて倒そうなどと思ったら、未熟なお前では先に精も根も尽き果て、参ってしまうじゃろ。妙な連中も呼び寄せてしまうであろうしな……』




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