第2話 ラッキー? アンラッキー?
気が付くと
やだ、これって幽体離脱っていうやつ?
見回すと渋谷の街はひどい有様になっていた。
周りの建物はずいぶんと損傷を受けていたし、火災もあちらこちらで起きていた。
報道用のヘリが激突したようで、待ち合わせ場所にしていた119ビルの辺りは瓦礫の山になっていた。
あちこちで火災が起きているらしく、ひびが入っていたり、半壊したビル群の向こう側に赤々とした明るみと黒い煙が見える。
気を失ってからどのくらい時間が経ったのかわからないが、待ち合わせ時間まで三十分以上はあったし、彼もまだ来ていなかったはずだった。
来ていなかったと思う。
思いたい。
信号待ちしていた車であろうか、交差点内に入ってきている車もあって、それに
私の身体同様に、地面に倒れたまま動かなくなっている人たちの姿と立ち上る炎。
それと廃墟となった街並みが私に連想させたのは、なぜか、夏休みに、島根のおばあちゃんの家に遊びに行ったときに、近くのお寺で見た地獄絵図だった。
そう、真っ暗になった空には、何か得体のしれない者たちがその闇に姿を隠しつつ、地上の無残な有様を眺めているようなそんな気配があって、ありふれた日常から突如、地獄の釜の蓋の底に転げ落ちてしまったかのような気分に陥ってしまっている。
「おい、娘。呆然としておる暇はないぞ」
急に声がして辺りを見回したけど、誰もいない。
「違う、違う。ここじゃ、足元じゃ」
見下ろすとそこには、真っ白いモフモフの兎ちゃんがちょこんと座っていて、逆にこっちを見上げていた。
「うわっ、かわいい~。でもなんでお爺ちゃん口調でしゃべってるの? 私、死んじゃったから動物とお話しできるようになったのかな」
「こら、そんなに撫でまわすでない。さっきも言ったが時間がないんじゃ。見ろ、せっかちな屍鬼どもが、もう体を得て動き出そうとしている。お前さんは死んでおらんが、すぐに決断せんとあやつらの仲間入りをすることになるぞ」
白兎ちゃんが鼻の下あたりをぴくぴく動かした。
どうやらこのお爺ちゃん口調のこの声は口からではなく、テレパシーみたいな感じで直接、私の頭の中に話しかけてきているようだった。
白兎ちゃんが言った通り、私の身体の少し離れた場所で車にはねられたと思われる男の人がのろのろと身体を起こし始めた。
頭から血を流し、右腕は変な方向に曲がっちゃってる。
白目を剥いて、口を半開きにし、ぴくぴくと全身を痙攣させている。
「そんなこといっても、決断って何のお話? それに白兎さんは一体何者なの?どうして人の言葉を話せるの?」
「いいか。よく聞け、そして驚きすぎて腰を抜かすなよ。儂は
「だから、その契約って何なの。条件内容がはっきりしてない契約はしちゃだめってお母さんがいつも言ってた」
「ええい、歳の割にずいぶんと慎重じゃのう。こういうのはノリでええんじゃ、ノリで。いいか、難しいことなど何もありはせん。お前さんは、儂をその体に住ませる。儂はその見返りにお前さんに力を貸す。ギブアンドテイクのわかりやすい関係を結ぼうという話じゃ」
「ええ~、どうしよう。どうしたらいいのかな。今決めなきゃダメ?」
「時間が無いと言うておろうが! 見ろ、屍鬼どもの数が増え始めた。死人の身体をどんどん乗っ取り始めたぞ。ほら、お前さんの身体のすぐ傍にも一匹近づいてきておるぞ。連中は生者を襲い、仲間が入り込む死体を増やそうとするんじゃ」
「本当だ。どうしよう」
アニメキャラの缶バッチをたくさんつけたリュックサックを背負った三十歳くらいの男の人が下半身を引きずりながら、這うようにしてこっちに向かってきている。
距離はまだ二十メートルくらいあるけど、明らかにこっちを目指して進んできている。
「さあ、早く契約すると言え。儂が何とかしてやる。もし、お前が拒むなら、儂は別に他の契約者を探したってええんじゃ。危機が迫っておるおぬしに比べ、儂には二日間の猶予期間がまだある」
白兎ちゃんはぴょんと遠ざかる様に一回跳ねた。
「ああ、待って! わかった。でも、これだけたくさん人がいる中でどうして私だったの? 」
「何でじゃろうのう。お前さんはどこか懐かしい感じがしたし、御神体にするなら小汚いおっさんより、ピチピチギャルのほうがいいと思った気がするな。それに、若く、おぼこで、エナジーに溢れておる。儂とは相性がいいと思うぞ」
なんか、見た目は可愛い兎さんなのに、中身はとんでもないエロジジイかもしれない。
何か不安になってきた。
でも、缶バッチおじさんの死体が私の身体の足に手をかけようとしているし、もう決めなきゃ。
「わかったわ。契約する。大兎大明神さんだっけ、信じてるからね。騙したりとかしないでね」
「それでいい。契約は成立じゃ。おぬしは今日から大兎大明神の化身。ラッキーだと思えよ。一歩間違ったら、おぬしはあ奴らと同じ、歩く死体と化しておったんじゃ」
白いモフモフ兎ちゃんが神々しい光を放ち、そして、私の中に飛び込んできた。
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