4話 過去と約束

忍から逃げていたら屋上まで逃げて来てしまった。

深く踏み込もうとしてくる人間が居ると拒絶し関わらない為にその人間を避ける、それこそが裏切られない為に学んだ大事な事だ。

だから、忍とは深く関わらないし友達にはなれない。


「ぜぇ…ぜぇ…やっと追いついた!」

「なんで此処まで追いかけて来るんだ!私は君を拒絶した筈なのに!踏み込んでこないでくれ!」

『きっとソイツはオマエを裏切る。信用するな、疑え、避けろ、大事な事ワタシだけを信じろ』


いつも人が踏み込んでくる時に聞こえてくる大事な事ワタシの声、この声が言ってくること事はいつも正しく、論理的だった。


「だーかーら!本当の理由も言わずに拒絶されたら納得する訳ないでしょ!潔く本当の理由を教えてよ!」

『ソイツに理由を教えた所で裏切られるのに変わりはない』

「私が不愉快だから。これで満足かい?」

「ボクが嘘を分かるって言ったの忘れたの?それが本当の理由じゃないでしょ!本当の事を教えてよ!」

『本当の事を言ったら笑われる、貶される、失望される。信じるな、踏み込ませるな、拒絶しろ』

「何度も言わせるな!私に踏み込んでくるな!君も皆のように私を裏切るんだろう!」

「ボクは裏切らない!信じてよ!」

『過去の奴もそう言って裏切っただろう?その言葉こそ信じられない』

「皆そう言って裏切ってきたんだ!信じたら裏切られる!それだけが真実だ!」

「ボクは君の気持ちが分かる!ボクだって沢山の人に裏切られたんだ!」

『オマエの気持ちは誰にも分らない。理解される必要もない。排斥しろ、否定しろ』

「君に私の気持ちが分かる筈がない!だって──

反論しようとした途端、視界に白色が広がり甘美でありながら爽やかさも含んでいる良い匂いと温かさに包まれる。

忍に抱き締められた…のか?


「安心して。ボクは絶対に裏切らないよ、裏切られる辛さ、悲しさを知っているから。だから、話してくれる?英理歌の過去」

「どうして…どうして、私にここまでしてくれるの?」


その言葉は自然と口に出てしまった。こんな事を言うつもりじゃなかった、反論するつもりだった


「一目惚れしたから。それに、君がボクと同じ目をしてたから」

「同じ、目?」

「周りの人間は全員敵で信じられるモノは無いって目、そんな悲しい事ばっかり考えてたら人生楽しくないよ?」

『………』

「私は…私…は………」


どうすればいい?私は何を信じればいい?なあ、教えてくれ、大事な事ワタシ。なあ!いつもの様に教えてくれ!どうすればいい?!大事な事ワタシ!教えてくれ…私は…どうすればいい?私は…どうしたい?


「英理歌、過去だけを見ないでさ、今を、未来を見よう!君にはその権利がある。誰かに許されなくてもボクが許すよ。今だけは過去を忘れよう。だから、今の君の本音を聞かせて」

「……………私は…私は裏切られるのが怖いんだ。大切な人を作ったら居なくなってしまう、変わってしまう。将来の夢を語って、それを応援してくれた両親も、ずっと一緒だよと誓い合った幼馴染も、手を差し出してくれた友人も、みんな裏切った。みんな消えた。だから、だから!君と関わって、君が大切な人になったら消えてしまうんじゃないかって怖いんだ!」


一度言い出したら堰を切ったように止まらずに言葉が出て来る。自分でも何を言っているか分らない。だけど、その言葉が自分の本音だということは分かる


「ボクは消えないよ、約束する。ボクは裏切られる辛さを知ってる、独りの辛さを知ってる、だから絶対にボクは君を裏切らない。ずっと傍にいるから安心して」

「…………」

「大丈夫だよ。ゆっくり考えればいい。ボクはいつまでも待つから」

「………私はずっと裏切られてきた、ずっと誰かを信じられなかった。大切な人なんて必要ないと思っていた。大切な人を作ったら裏切られると思っていた。だから今まで誰かを信じる事なんてしなかった。私は学んだ大事な事を信じないなんてしたくなかった。いや、出来なかった。過去と同じ間違いをしたくなかった。だって、だってそれは余りにも愚かだから。」


「だけど、だけど…今は、今だけは間違ってもいいかなって思えたんだ」


私は今まで大事な事に囚われてたのかもしれない。私は大事な事に執着し過ぎて或ることを見落としていたんだ。

私の恩人である赤花狐百合だけは、あの人だけは私を裏切った事なんて無かった。言い争ったり喧嘩するけどいつだってあの人は私を信じて受け入れてくれた。

世の中に例外は存在すると教えてくれた。


例外は複数存在する物だ。なら、目の前のこの人も例外だと信じてもいいかもしれない


「……!じゃあ!」

「うん、これからよろしく」

「やったー!英理歌、これからずっとよろしくね!」

「そんなに喜ばれるとちょっと恥ずかしいな」

「えー?照れてるの?かわいいー!」

「やっぱり友達にならない方がよかったか」

「なんで!?酷いよ!」

「嘘だ、ずっと一緒なんだからそんな事言う訳が無い」

「からかわないでよ!」


こんな会話も今だったらとても愛おしく、とても面白い、とても大事に感じる。大切な人との会話はやっぱり楽しい。


だけど、また裏切られたら今度こそ人を信じれなくなるから絶対に裏切らないでくれよ忍。


「うん、絶対に裏切らないよ。だから、これまで楽しくなかった分を一緒に楽しもう?」

「もしかして、嘘だけじゃなくて思考も分かるのか?」

「嘘とかが分かるってちゃんと嘘だけじゃないって言いましたー!まあ、完璧に分かる訳じゃ無くて大体こんな感じかなーって曖昧だけどね……もしかして失望した?」

「する訳無い。忍は私の大切な人だ、この程度で失望しないよ」

「大切な人なんて…嬉しい!」

「抱きつくな!暑い!」

「えへへへ」

「頬擦りするな!」


『………それでいい、オマエは幸せにならなくちゃいけない。それがオマエの一番大切な約束だ』



「ん?」

「どうしたの?」

「いや、多分気の所為だろう。」

「そっかー、それよりさ!一緒にデートしない?」

「デート?」

「そうそう!一緒に買い物したり、食事したりとか」

「わかった」


「………ありがとう、大事な事ワタシ



オマエが幸せになるならどうでもいいさ』












────────────────────────

「本当に高校に行かせて大丈夫なんですか?私の英理歌に何かあったら絶対に許しませんよ」

「はいはい、分かってるって。これだから厄介オタクは面倒なんだよ」

「誰が厄介オタクですか?何処の誰ですか?教えてください、誰ですか?早く処分しなきゃいけません。誰ですか?はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく」

「お前だよ!まったく。…あいつは人を信じれたみたいだ。何れはあの呪いみたいに付き纏ってる『大事な事』という思考も無くなるだろう」

「最初に信じてくれるのが私じゃないのは不満ですが英理歌の心が癒やされていくのは満足です。その役割が私だったら良かったんですけどね」

「うおっ、急に正気になるな。ところでお前は今何してるんだっけ?」

「英理歌をいじめた奴らの制裁です。あと少しで最後です。これが終わったら英理歌と会えます。あぁ!とってもとっても楽しみです!」

「つくづく呆れるな。そこまでするなんてあいつの何処に惚れたんだよ」

「語ると長くなりますよ!小学生の時に──

「…………はぁ、こんな奴に好かれるなんてあいつも苦労するよな」

「聞いてますか!?」

「はいはい、聞いてるって」

「それじゃあ続きです!あの凛とした表情なんてもう───」

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