第2話 臆病な村田君

異名が変わるころ、すなわち俺が十六才のころに俺は急にグレ出した…とは云っても街のチンピラのように髪に剃りを入れたり茶髪にしたりといった類のことではない。いやしくも「ガリ勉村田」と呼ばれた手前グレるにしてもずいぶんと‘学及的’にグレたものである。一応川崎市内の進学校に在籍していた俺はそれまでは以前の異名通りであったのだが、その頃に連続して起こったある二つの出来事を境にしてその異名を変えることとなる。ではいったいなにが起こったのか、逐一記さねばならないがしかしその前に、どうして俺がかくもガリ勉にいそしんだのか、まずそれから云わねばならないだろう。俺には軍隊上がりの怖い父親やら家庭の事情やらというものがあって、その影響で小学校までの俺は至っておとなしく、いまで云うニート的な男の子であったのだ。学校では表に出て同級生たちと遊ぶようなことはせず、もっぱら机にかじりついていて、どうかすれば女の子からもからかわれるような存在だった。家に帰っても近所の同年輩のやつらと遊ぶことはなく、ともだちと云ったら近所のノラ猫やノラ犬だった。声帯模写と云うか猫や犬の鳴き声をまねるのが自分で云うのもなんだが非常に巧みで、そのせいか猫や犬がよくなついた。人間とつきあうよりもそちらの方がよほど具合がよかったのだ。ものごころついてからはこんどは読書に親しみ出した。「シートン動物記」やら「十五少年漂流記」などを学校の図書室から借りて来ては夢中になって読んだ。当時の三種の神器で父親が買って来てくれたテレビが我が家に入ってからはニッサンテレビ名画座など欧米系の番組に夢中になる。視力が落ちることなど知らずに読書にテレビに、表に出てはあいも変わらず猫や犬にと、肝心の人づき合いはほとんどしない子供だった。

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