第一話 

「意識が戻ったって?」

 しばらくして、部屋のドアが開く。そこから入ってきたのは洸平さんだった。


「あの、ここは?」

「ここは組と繋がってる病院だ」

 隣のベッドに腰掛けて、何やら重そうなカバンを降ろしながら答えてくれる。


「すみません……ヘマをしてしまいました」

「……まあ、しょうがないだろ。生きててよかったよ」

 複雑そうな表情の洸平さん。

今回の任務はおっさんの仇打ちの側面、そして任務としてもかなり重要だったのだ。


 だからバディで業績のいい俺らが選ばれたのだろうが……沙耶に頼り切っていた部分が出た。


「沙耶、お前にも改めて謝罪したい。足を引っ張った」

「え?いや、全然そんなこと……」

 こういう時は気を遣われる方が苦しい。沙耶の顔を見ていられなくなり、俯いてしまった。


「沙耶、冬夜と少し話しがある」

「聞いちゃダメなの?」

「男二人で話したいんだよ」

 洸平さんがいうことに従い、沙耶は目を拭いながら部屋から出て行った。


「話って……」

「冬夜、落ち着いて聞けよ」

 静寂が流れたる。気難しそうな洸平さんの顔に、嫌な汗が走った。


「お前の足は、もう元通りにはならないらしい」

 血の気が引くのを感じながら、自分の包帯で巻かれている足と洸平さんの顔を交互に見る。


「そう、ですか」

 何となくは先程考えていたことだが、元通りにはならないと改めて聞いて動揺してしまう。


「……すまない。お前に背負わせ過ぎた」

「そんな……」

 頭を下げられてしまった。俺が承諾して、俺がヘマをしただけだ。彼に非は全くない。


「俺は、今後は後方支援でしょうか」

「はあ? 何言ってんだ。これ以上お前はここには置いておかねえよ」

 下がっていた視線が自然と上がる。


「え?」

「お前はもう普通に生きろ。金とアフターフォローなら俺がしておく」

 まるで当然かのように淡々と話す洸平さん。その様子を見て焦燥感を覚えてしまう。


「俺は、足手纏い……ですか?」

 優しい洸平さんがその俺の質問に頷くことなんてないと分かっていながらも、自然と口からこぼれ落ちてしまった。


「……あいつみたいにさせたくねえんだよ」

 洸平さんは見たことない、複雑そうな、何処か苦しそうな顔で呟くように返した。


「自由に生きれるとまではいかねえが、この中から家を選んでくれ」

 洸平さんはスマホを渡してくる。その中には大きい綺麗な家の写真が複数枚。そしてその家を説明する文章がずらりと並んでいた。


「なんでここまで……?今回の件は俺がミスをしただけです。洸平さんは何も悪くありません。」

 俺がスマホに目を通しながら、話しかけると、洸平さんは先ほどのような複雑な顔を見せた。


「……俺は、お前に期待し過ぎた」

「え……」

 突然洸平さんから威力の高い言葉が飛んできた。


「ああ違うんだ!そういうことじゃなくてな……」




「なあ冬夜、沙耶がお前のことを好きなのは知ってるか?」

「……いえ」

 あの時、作戦を知らされた時の帰り道の会話が蘇ってくる。あそこで確証を得られるほど俺は自信過剰ではなかった。


「俺は、今の嫁とはお前らとは少し違うが、同業で出会ってな。少し俺達……俺とお前を重ねちまった」

 洸平さんは腕を膝について俯いてしまう。俺は何と声をかければいいか分からず、黙ってその姿を見ていた。


「本来なら今回の任務、本来ならお前みたいな若造一人に任せるべきじゃない」


「俺は、親バカのとんでもない馬鹿野郎だ。沙耶に好かれてるお前に対して、過度な期待と責任を押し付けた。」

「……そうですか」

 洸平さんなりの考えがあってのことだったのだろう。実質の育ての親である彼に対して、そんなことでは全く怒る気にはならない。


「結果としてお前の体に傷をつけてしまった」

「気にしないでください……俺は、嬉しかったんですよ。」

 理由はどうであれ、洸平さんは俺に期待してくれていた。育ててくれた恩を少しでも返せたのだろうかと嬉しかった。


「お前は優しいな。でも、謝罪は受け取ってくれ。そうしないと俺の気が済まない」

「……わかりました」

 ここまで話してもらって、まだ洸平さんの気持ちを無下にするのも失礼というものだ。




「ここだな……分かった。お前の引越の準備が終わったら教えてくれ。なるべく早くな」

 漫画で見るような大きい家がずらりと並んでいる中から、比較的小さいのを選んだ。

大きすぎてもな、なんて思っていたがやはり大きい方が良かったかもしれないと少し後悔していた。


 その後、引越の準備をしておけと伝えられ、洸平さんは部屋から出て行った。そして入れ違いのように沙耶が戻ってくる。


「何の話してたの?」

「ん?いや……」

 先ほどの会話がフラッシュバックし、沙耶の顔が目に入ると途端に顔が熱くなってしまった。


 真偽は本人の口から聞いていない為わからないが、彼女は俺のことが好きだと洸平さんは言っていた。


 そう思うと何だか恥ずかしくなってしまう。沙耶に何か感じ取られたらまずいと途切れた言葉を言い直す。


「今後のこと……かな」

「今後のこと?」

 先程まで洸平さんが座っていたところに腰をかけながら不思議そうな顔をする沙耶。


「俺は引退するよ。裏の社会からは身を引く」

「え?」

 腰掛けたばかりなのに、俺の言葉を聞くと立ち上がりながら驚いた顔で沙耶はこちらを見つめてくる。


「な、何で……?」

 先ほどのことをまるまる言うわけにはいかないと思い、洸平さんの迷惑にならなそうな事実で説明する事にする。


「足がもう元には戻らないらしい。俺は後方支援とかもできないしな」

「……!」

 不自然ではない答えだっただろう。そう思っていると、沙耶がゆっくりと口を開ける。


「ごめんね……私のせいで……!」

「お前のせいじゃないよ」

 その口から出された声は少し震えていて、その目には少し涙が滲んでいた。


「ねえ冬夜……あの時のこと、覚えてる?」

「ん?」

「ほら、この任務が終わったら話があるって」

 ああ、と頷く。それと同時に洸平さんの言葉も思い出して顔を背けてしまいそうになるが、なんとか堪えた。


「その、今その話してもいい……?」

「……わかった」

 少し崩れていた姿勢を戻し、沙耶に視線を向ける。


「……いや、ごめん。やっぱ無理だ」

「え?」

 深呼吸したかと思うと、少し悲しそうな顔をして腰を下ろしてしまう。ここまできて聞けないのか……


「話変わるんだけどさ、その足ってやっぱり任務の時に撃たれちゃったんだよね?」

「まあ、そうだな」

 いきなり空気が変わり、沙耶の口調がいつも通りになる。


「そっか……ごめんね」

「謝るなよ。親子揃ってお人よしだな」

 先ほどの洸平さんの姿が目に浮かび、思わずそんなことを口走ってしまう。


 俯いている彼女の頭をポンポンと叩いてやる。こんな落ち込んでいる沙耶の姿は見たくない。


 顔を上げる沙耶と目が合い、何だか気恥ずかしくなる。気まずい空間から目を背けようとすると、沙耶の一つの声が耳に入った。


「好き……だ、な……!?」

 言葉を発しながら口を押さえる沙耶。その顔は赤くなっており、目は見開いておそらく自分に驚いているのだろう。


 かく言う俺も、驚き過ぎて口が開いたまま静止してしまった。






 

 


 

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俺が怪我をして引退することに引け目を感じているバディが俺に合わせて引退してお世話してくる話。 かなえ@お友達ください @kanaesen

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