俺が怪我をして引退することに引け目を感じているバディが俺に合わせて引退してお世話してくる話。

かなえ@お友達ください

第零話 プロローグ

 「裏」の社会。

表があれば裏ができないはずもない。その中で渦巻いているものは多岐にわたる。金、人脈、情報。


 かくいう俺、佐藤冬夜さとうとうやもそんな日の目を浴びることのない世界で日々を送っている一人だ。


 この世界に入ったのはまだガキの頃。

孤児だった俺を拾ってくれたおっさんが俺に一本の連絡をよこした。


『今から知り合いが向かいに行く。そこで待っていろ。迎えに来たおじさん達のいうことをしっかり聞けよ』


 電話の中からは苦しそうなおっさんの声。そして、内容は聞き取れないが男の怒号と、今だからこそわかる……銃声が鳴っていた。


 当時の俺はそんなことわからず、ただ苦しそうなおっさんの心配しかできなかった。


『大丈夫だ。冬夜、元気でな』


 そんな掠れた笑い混じりのおっさんの声が、俺への遺言だと知ったのはその後。

連れて行かれた先で、おっさんが組織の副幹部だったこと、他の組との抗争に巻き込まれておっさんが殺されたこと教えてもらった。


 そして、俺はおっさんの友人でもあった組織の幹部に育てられた。


 それ以来、俺はそのままその組織の世話になっている。

おっさんと幹部の男、松浦洸平まつうらこうへいさんへ恩を組織への貢献として返したいのか、おっさんを殺した奴らに復讐したいのか。それとも、これ以外の生き方を知らないから、成り行きだったのか。


 この道を進む理由を聞かれたら、キッパリと答えることはできない。しかし、漠然とした理由があったことは覚えている。もしかしたら、今挙げた三つ全てなのかもしれない。


 「裏」で生きていく以上、当然苦労は強いられる。下手な電話もできないし、普段少し出かけるにも尾行に注意を割かなければならない。トラブルがあっても俺がやっていることがバレないため、警察は頼れない。


 もちろん、入る金は表の社会とは桁が違う。

しかし、それを使える機会が限られているとはなれば金をたくさん持っていても考えものだ。


 昔家を買うことも考えたが、簡単に引越しや夜逃げができる普通のアパートに今は落ち着いている。


 俺には趣味という趣味もない。強いていえば、最近はスマホで俺のような裏稼業ものの漫画を読むくらいか。

内容がしっかりしてるものならば親近感がこれほど湧くものは同業者以外いないし、表の奴らからの「見え方」「偏見」が見て取れて大変面白い。


 そしてこんな日陰で生きる俺たちには、出会いなんて皆無も皆無。

まず接する機会もなければ、知らない人間と親しくするというのはそれだけでリスクだ。


 それに、いつ命を落とすかもわからない仕事で恋人を作っても、寸前で判断が鈍る。守るものができて、「表側」の生活が愛おしくなるのだ。


 恋人ができたんだよ!と自慢げに言ってきた友人がそれを証明してくれた。


 機密情報を盗み、窓から飛び降りればいいものを何故か密室に隠れてそのまま見つかった。そいつの行方はいまだにわかっていない。


 あいつは他人をなかなか認めない俺が評価していた数少ない人間だった。想い人ができなければ、あいつは窓から飛び降りて、どこかの骨を犠牲に帰ってきていただろう。


 凍えるような寒さの街を、レジ袋片手に歩く。中には缶コーヒーと肉まんが一つずつ。当然コーヒーはあったかい方だ。


 俺はパシられていた。理由は簡単、じゃんけんで負けたから。とのパシリじゃんけんはこれで記念すべき三千回目。最近負けが続いていたため、今回でと思ったが……まんまと負けてしまった。


「三千回目記念で肉まんもね!」


 この寒さの誘惑に負けて買ってしまったそれは、袋の中で、存在感を放っている。

袋越しに触って手を温める。手袋越しにも外の冷気と肉まんの温かさは伝わってきた。


 一見すると普通の事務所。そんな建物に入る。当然、それは見た目だけ。

関係者以外立ち入り禁止、と書かれた扉を鍵で開けて階段を降る。


 その後に続く廊下を進んで、その先にあるのが組織の事務所だ。

当然事務所はここ一個だけではないが、組織の幹部がいるためここは本拠地と言っていいだろう。


 ドアを開けると外の冷気とは対極に位置する暖かい空気が体に染みる。


「ん」

 そこでソファにグデーっとしている女、松浦沙耶まつうらさやに手を差し出される。その手にレジ袋からコーヒーと肉まんを取り出して乗せる。


 沙耶は俺のバディ。バディはまさに一心同体のペアで、互いに最も信頼しあっている仕事仲間だ。そして苗字でわかると思うが、幹部の松浦洸平の娘でもある。


 洸平さんも若い頃からエースで活躍していたという話を組の人から聞いたことがある。

沙耶もその血を引いているからなのか、正直俺なんかよりもずっと優秀だ。彼女もまた俺が認めるどころか尊敬している数少ないうちの一人。


 基本的に彼女が情報を仕入れ、作戦を立てる。それを俺が実行する。が、指示しかできないのかと言ったら、そんなことはない。実戦でも沙耶は活躍できる。オールラウンダーなのだ。


 俺も情報は仕入れる任務がないわけではない。しかし沙耶の精度は桁違い。その情報が他の組織の息がかかっていないか、信憑性はどのくらいかと入念も入念にチェックを重ねていた。


 そんな情報を元に沙耶が切れる頭で考えた作戦。俺らバディの成績は組織の中でぶっちぎりだった。


 彼女が姿勢を直して座る体制になると、ぽんぽんとさっきまで沙耶の頭が置かれていたところを叩く。きっと座れということなのだろう。


 指示通り彼女の隣に座り、レジ袋から肉まんを取り出す。紙越しに伝わってくる熱気は、先程までの寒さに凍えていた体が欲していたものだった。


「今まで食べた肉まんの中で一番美味い」

「何それ」

 体が欲しているものを食べた時の幸福感。それが全身を肉まんの美味しさと共に駆け巡る。


 そんな幸せを実感していると、沙耶が一口肉まんを口に開くと俺の膝に頭を乗せる。


「行儀悪いぞ」

「んー」

 口をもぐもぐとさせながらやる気のない返事をする沙耶。

彼女とはこの組織に世話になってからの付き合い。今更こんなことで怒ったりはしないが、女性がこれはどうなんだろうと思わんでもない。


「あんたのふとももあったかい」

 飲み込む動作をした後、顔をこちらの腹に向ける沙耶。


「お前、ずっとこのガンガンに暖房効いたあったかい部屋にいただろ」

「関係ないよ。あんたの太ももがあったかいのと私があんたをパシッてたのは」

「そうは言ってない」


 その後無言で肉まんを食べて、沙耶は何故かずっと俺の膝枕で寝ていると、ドアが開く。


「おう、お前ら来てたか」

「あ。お疲れ様です、ボス。」

 渋いボイスと共にドアから入ってきたのは松浦洸平。この組の幹部、ボスだ。礼儀のために沙耶の頭をどかし、立って挨拶をしようとする。


 すると洸平さんは焦った様子で俺を静止した。


「バカお前! 沙耶が寝てるだろうが! そのままでいいから!」

「……はあ、分かりました。」

 一応言っておこう。彼はかなりの親バカだ。

そんな彼が何故娘をこんな世界に入れたのか。何でも沙耶自身が希望して、彼の反対を黙らせたのこと。洸平さんもかなり怖い方(特に顔)なのに、そんな彼が丸め込まれるなんて、と当時は驚いた。


 洸平さんは自分の専用席につくと、腕を組みチラチラとこちらを数秒おきに見てくる。もしかして、と思い、ビニール袋から缶コーヒーを取り出す。


「もしよろしければどうぞ。外は寒いですからね」

 もうほとんど肉まんは欠片しか残されていない。なので、渡すものといったらコーヒーくらいしかない。

しっかしボスもチラチラと物欲しそうな視線じゃなくてくれって言ったらあげるのになぁ……

なんて思っていると、どうやら違ったらしく、首を横に振られる。


「その、なに。お前ら付き合ってんのか?」

「は?」

「はあ!?」

彼の声に食い気味に俺と沙耶の声が重なる。それだけ彼の問いは意味不明だったのだ。


「いやは? じゃねえだろ……人の事務所でいちゃつきやがってなあ。たく、だからこの部屋熱いんだよ」

「父さん! これはそういうんじゃないってわかってるでしょ!? あと暖かいのは暖房入れてるからだから!」

 すごい剣幕で怒る沙耶。なお彼女の頭はまだ俺の膝枕の上だ。

ま実際その通りだからな。勘違いされても困るだろう。


「そうですよ。俺と沙耶はそういうんじゃないですって。大体同業者ですよ?なあ、沙耶」

 恋人を作るのはこういう命の危険が伴う仕事においてデメリットでしかない。ましてや同業者なら切り捨てる判断がしにくくなる。それは沙耶も洸平も理解しているはず。


「……」

 俺の言葉の返答がない。何か微妙な空気になっているのを感じ取り、足の上にいる沙耶に視線を向ける。先程までの剣幕はなくなり、何故か頬を膨らましている。


「沙耶? どうした?」

「冬夜……沙耶をよろしくな」


 その後は沙耶のグーパンチが洸平に炸裂したり、洸平さんから次の仕事の内容を聞かされたりした。




 正直、今俺は緊張している。

次の仕事はかなり大規模。それに必要に応じて多少人を殺さなければいけない。

ここまでの規模の作戦は初めてだ。洸平さんからの期待が上がったことを嬉しく思うと同時に、先の事についての不安で頭が支配されていた。


 今はまず作戦内容を吸収中。沙耶と洸平さんが作ってくれた資料に目を通す。


「ねえ、冬夜。」

「なんだ?」

 そんな頭がいっぱいいっぱいの俺に入る声。

一度手に持っていた資料を机の上に置き、ソファーで珍しく真面目な顔をして座っている彼女に視線を向ける。


「さっきの、お父さんの話。どう思った?」

「どう思ったって……」

 さっきの話、というのは洸平さんにいじられた事だろう。しかしどう思ったとはなんだ?


「あのね、お母さんとお父さんって、今の私たちみたいな……同じ組織の中で出会ったんだって。」

「そうなのか?」

 俺は同業者と恋人になるなんて信じられないが、そういう人ももしかしたら少しいるのかもな。

というかそれで洸平さんはトップまで上り詰めたと考えると、やはり沙耶のことも含めて血筋が優秀なのだろう。


「アリ、だと思う? この業界での仕事仲間恋愛」

「……どうだろうな。それで仕事に影響が出たら元も子もない。第一に組織。自分のことが二で、それ以外が三だ。その優先順位がひっくり返ったら、組織にとってそいつは邪魔になる可能性がある」

 だから、と続けると、少し俯いていた沙耶の視線が俺に戻る。


「作るなら引退した後だろう。この先特にそんな予定はないが、何かしらの理由でやめざるを得なくなったら、かつての仲間とあるいは……あるかもしれないな。」

「そっか……引退した後、か。」

 うんうんと自分で確かめるように沙耶は頷くと、自分の仕事に戻った。


 誰か、沙耶に好きな人がいると考えるのが妥当だろう。そうでなければこんなことは話さない。


 それが俺なら、なんて思ってしまった時点で、俺が彼女に惚れているのは明らかだ。

でも、洸平さんとのやりとりを見る限り、沙耶の「誰か」は俺ではないのだろう。


 俺の意見は一貫して変わらない。もし、彼女に同業者の恋人ができて、そのせいで命を落としてしまったら……?俺は耐えられない。


 だから、自分可愛さ半分、沙耶のことを思ってが半分で引退してから。という考えを話した。

何やら納得したような顔をしていたし、沙耶の考えに何か与えられているといいのだが。



 その帰り道。途中まで同じ電車に乗るため、いつも沙耶と一緒に帰る。

いつもなら息が白い、だの寒すぎるだのと元気いっぱいの彼女だが、今日はやけにおとなしく俺の隣を歩いている。


「冬夜……!あの、さ。」

 いきなり止まる沙耶。俺もそれに続いて二、三歩追い越して立ち止まる。


「この任務が終わったら、少し話がしたい!」

 どこか勢いが感じられる彼女の言葉。

話。任務が終わったら、話がしたい……


 頭の隅で理解はしていても、理性や自分を卑下する考え、先ほどの諦めが思考の大部分を占める。

「わかった」なんて淡白な答えしか出ず、その後の帰り道に二人の間にあるのは静寂だった。




「で?そいつは吐いたの?」

 ドアから入ってくる、偉そうな態度の女。おそらくこの組織の上の人間なのだろう。


「いえ、それが全く。」

「急いでよね。そいつがきたってことはここはもうバレてるってことなんだから。どこの組織の人間か。しっかりやんなさい。」


 俺はヘマをやらかした。

期待に応えなければ、という焦燥感によるものか。それとも、この組織がおっさんが殺された組織。つまり仇だと寸前で知らされてしまったからか。

それとも、あの夜からいっこうに頭から離れない、沙耶の言葉。


 結果として俺はミスをやらかし、足を撃たれた後拘束され、敵の組織に拷問を受けている。

だが、絶対に吐くわけにはいかない。沙耶や洸平さんにこれ以上迷惑をかけるのはごめんだ。


 おっさんの仇は取れなかった。が、せめてもの悪あがき。支援が来るまでの時間を稼ぐ。


 右足はもう出血が酷いし、何発か打ち込まれたから骨も相当逝ってる。

利き手の爪は全部剥がれ、今は休憩中だ。激痛だが、洸平さんにもらった恩を思い出す。俺の痛みなんて、気にならないほどお世話になった。


 さて、俺はどこまで足掻けるだろうか。

佐藤冬夜、ここが正念場。


 そう決意を固めていると、何か大きな音が。

ドアの向こうが騒がしい。


 そこから聞こえるのは爆発音や怒号、銃声。戦闘の時に聞く音で溢れかえっていた。

まさか……こんなに早く来てくれたのか?




 その後、銃声やそれらしい音が止んだ。だんだん意識が朦朧としてきたが、終わったのだろうか。

様子を見に行った俺に拷問をしていた男たちは戻ってこない。つまり、そういうことなのだろう。


「と――や!? 冬夜!?」

 聞き慣れた、俺の名前を呼ぶ声。幻聴かどうかもわからないそれに、意識が消えそうになりながらもできる限りの大声を出して返答する。


「ここだ……沙耶……!」

 複数の足音。その後閉まっていたドアが乱暴に開けられ、見知った顔がそこには並んでいた。


そこで俺は意識を手放してしまう。もう限界だったのか、安心して気が抜けてしまったのか。




 目を覚ますと、そこはいわゆる「病室」な感じの、無機質なベッドの上に俺はいた。

至る所に包帯やら点滴やらがあり、あまり身動きは取れない。


 俺ら裏の社会に生きるものは、身分を偽っている場合が多い。つまり、病院などの機関は使えないのだ。となるとここは……?


 視線を下から横に向ける。するとそこには、沙耶の顔があった。


「え……冬夜!?」

「沙耶……ここは?」

場所を尋ねると、沙耶は俺の体に顔を埋める。くぐもってしまっていてよく分からないが、おそらく泣いているのだろう。


「……よかった……! このまま目覚めなかったらどうしようかと思って、私……!」

「……すまない。悲しい思いをさせた。」

布団に顔を埋めて体を震わせる彼女を包帯が巻いてない方の手で撫でる。


 そこで右手と右足のことを思い出す。

命は助かった。だけど、あの怪我ではおそらく現場での活動はキツイ。後方支援……それも俺は苦手とする分野だ。


 頭の中にあるのは、引退の二文字。

命があってよかったと思う反面、これからの事を考えると俺は笑顔にはなれなかった。

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