第4話 ダグナン・リッジウェイ少尉

「やっと先頭か。おっとあれは…」


叔父さん達に挨拶してしばらくたった後、そのまま進んでいると、交差点で機動隊の横隊に遭遇した。

横隊は交差点の向こう、俺から見て正面の大通りを塞ぐように展開していた。暴徒たちと押し合いへし合いの攻防を繰り広げており、中々見ない光景なので眺めていると、交通整理を行っていた警察官が笛を鳴らした。


「そこのバイクの人!17番通り以東は全面進入禁止だ。引き返してくれ!」


「あ、ああ。分かった!」


警察官に言われ、あわててエンジンをふかす。他の車と同じように、交差点をUの字に曲がって対向車線へ入り、引き返すしかないようだ。

曲がっていると、先ほど笛を鳴らした警察官が他の警察官、機動隊員とやりとりしているのが耳に入る。


「ダメです。管区の隊と、警ら隊は全出動してます」


「増援はどうなったんだ」


「署から予備人員が出たそうですが、この渋滞で…」


ただならぬ様子だった。暴動があちこちで起きているせいで、人員が足りていないようだ。基地はどうなっている?いざとなれば警察に頼らずとも警備人員は出せるだろうが。ますます早く向かわなければ。


しばらく曲がり、直線に入ろうとした、その時―「ダメだ、下がれ、下がれーっ!」叫び声が後ろから聞こえた。ただならぬ様子に振り返ると、機動隊の横隊が崩壊する、まさにその瞬間だった。

ジュラルミンの盾を持った隊員が容赦なくその角を暴徒に向けてふるうが、一人をはじいてもまたその次、次が飛びかかり、あっという間に隊員の姿が見えなくなる。横の連携が取れなくなった横隊は一人一人が各個に呑まれていき、ついに群れの中に隊は消滅してしまった。

壁となっていた隊員たちが消えた向こうから、地を埋め尽くすほどの暴徒が押し寄せてくる。


…あれは本当に暴徒なのか。

暴徒にしては何かがおかしい。隊員たちを突破して勝ちどきを上げるでもなく、隊員を無力化するにしては、飛びかかった後もなかなか離れず、非効率なやり方をしている。


どういう考えなのか。いや、今はとにかくこの場を離れなければ。

歩道と車列の間を駆け抜け、基地へと急ぐ。17番通りを南に下ることができれば一番速かったのだが、迂回して16番通りへと向かい、そこから下っていくしかない。

未だ渋滞は続いているが、その中をスイスイと抜けることができる。危ないからやめろと散々言われたバイク通勤に、これほどまで感謝した日はなかった。



それからしばらく走り、基地まであと2kmというところまで来た。

小雨だし急いでいるからと、ビニール製のある程度防水するフード付きジャンパー、下も似たような素材のズボンで来たが、思ったより時間がかかっているせいで中に水が入りつつあった。冷たい感覚が肩のあたりからする。

下手に面倒くさがらず、レインコートにすればよかった。


ふと歩道を見ると、数人の男性が走ってきていた。彼らはまるで何かに追われているような、必死の形相で後ろの方へと通り過ぎていく。

その後も何人か走ってきている人を見た。前方では何かが起こっているようだ。

ヘルメットのバイザーを上げてよく見ると、黒煙が上がっている。さらに耳をすませば人の悲鳴のようなものも聞こえる。

ここでも暴動がおこっているのだろうか。この車列の中では迂回も出来ず、別の道に入るには前方の交差点へ入るしかないので、そのまま進み続ける。


進んだ先、交差点には驚愕の光景が広がっていた。


そこらで人が倒れるか、逃げまどうかしており、その逃げる人に対し人が飛びかかり、押し倒す。つまり襲う人と襲われる人が数多入り混じっており、まさにカオスだ。

交差点内にも車列は続いているが、大半はうち捨てられている。自分の真横にいた車もドアが開かれ、運転手が逃げ出した。

ここで確信が付いた。この騒ぎは暴動ではない。一刻も早く基地に向かわなければ。


アクセルをひねり、前へと進みだした。だが前方の混乱の中へ突っ込んでいく気はない。

車列の隙間を見つけると、そこから右へ曲がる。左側車線へ入り、黄色い看板が特徴のイタリア料理店を過ぎたところで左に曲がり、路地へ入る。

大通りが使えない以上、この路地を使った入り組んだルートの方がいい。よく門限に引っかかりそうなときはこのルートを活用していた。

バイクの小回りを活かし、軽快に駆け抜けていく。


最後の曲がり角を曲がって直進、そして大通りの4車線道路へ出た。

やはりここも乗り捨てられた車で大渋滞だ。空いていれば道路の反対側にある基地が見えるはずだが、わずかに管制塔が見えるぐらいでここからでは様子をうかがえない。

仕方ないので車列に沿って進むと、メインゲート前の交差点へ出た。ここはある程度空いていた。

だが、メインゲートにはやはり、群衆がたかっている。一瞬ここもダメか、と思われたが、よく見るとゲートはしっかりとしまっており、時折乗り越えようとする者に対しては、ゲートの向こうから長い棒のようなものが伸び、はたき落としている。人がいて、基地機能を守っているのだ。


だが入るのが問題だ。どこかルートはないかと探すため、とりあえずゲートに近づくと、脚立に上り、有刺鉄線の付いたフェンスの上から大通りを見回している警衛の隊員を見つけた。

小銃を片手にプレートキャリアとヘルメットを付け、有事の際の装備をしている彼と目が合うと、「そこの人ーっ!大丈夫か!?」と彼が叫んだ。

ヘルメットを外して大声で答える。


「第2空挺旅団、第2大隊B中隊のリッジウェイ少尉だ!基地に入りたいがどこへ行けばいい!」


脚立の隊員は一瞬面食らった表情になると、すぐに叫び返した。


「失礼しました少尉!裏の3番ゲートに回ってください!」


隊員は大きく腕を右へ振る。彼の言うことに従い、すぐにバイクを走らせ、基地の裏側へ回る。

基地周囲のフェンスには所々に人がたかっている。その人たちはよじ登るかしがみつくのがせいぜいで、カッター等を使って破ろうとする者がいないのが、ますますおかしい。

3番ゲートはトラック等による機材搬入用で、市街地に面しているメインゲートと違いこちらは高速道路に近く、付近に住宅などはない。そのためかゲート前にはほとんど人がいなかった。ゲートはメインの方と同じく閉じられており、近づくと中にいる隊員が話しかけてくる。


「リッジウェイ少尉!連絡は受けてます、今開けます!」


門番の隊員が、ゲートを塞いでいる鉄柵の門を体重をかけて右へ引っ張り、少しして門がわずかに開く。

すぐに空いた隙間を通り抜け、中へ入ろうとする―が、アクセルを入れ、ゲートに向かっている最中、横から走って出てきた暴徒が俺にしがみつく。


「うおっ…!」


飛びかかってきたやつは身長と肩幅のあるかなり体格のいい奴で、さながらアメフト選手のタックルのようだった。そんなものを食らっては耐えられない。

俺はバランスを崩し、ゲート目前で倒れて転がってしまう。右半身がアスファルトに打ち付けられ、ヘルメットが地面をこすり、少しして止まる。


「痛ってえな、クソ」


飛びかかってきたやつも倒れた衝撃で俺の数メートル後ろに転がっている。奴の目的がどうあれ、早く基地に入らなければ。

スピードがあまり乗っていなかったおかげで、少し打ったぐらいで幸いにケガはない。急いで立ち上がり、ゲートへと走る。

あともう一歩というところで―右足がひっかけられ、転げてしまう。引っ張っていたのはまた奴だった。


「おいお前、いい加減にしろ!」


民間人相手には許されない発言だが、2度もやられては流石に堪忍袋の緒が持たなかった。奴は右足にしがみつくと、そこからよじ登るようにして俺の胴体へ迫ってくる。

何とか振りほどこうともがいていると、俺の横に警衛の隊員が立った。

見ると、彼の手には拳銃が握られていた。何をする気だ。


「少尉!絶対動かないでくださいよ!」


そう言われ、俺はもがくのをやめる。すると―

横にいた隊員が拳銃を3発、絡みついていた奴に向けて撃った。


弾は2発が胴体、1発が頭部に命中した。食らった奴はぐったりと動かなくなり、足も容易に抜けた。

隣にいた隊員は深呼吸をし、銃を下へ降している。

立ち上がると、俺はそいつの胸ぐらをつかんだ。


「おい、いくらなんでもやりすぎだ!」


たしかにこいつは俺に掴みかかったが、だからと言って射殺とは…しかも無警告で行った。

いくら非常事態宣言下とはいえ言語道断の行いだ。

この隊員、もしかして精神状態が正常ではないのか?なぜこんなことをしたか問いただそうとすると、隊員の方が先に口を開いた。


「隊員に危害を加えようとする者や、基地内への侵入を図る者については、無警告での発砲が許可されています、少尉。さあ、早くゲートの中へ」


俺は眉間にしわを寄せた。これが許可されている?

ともかく、まずはゲート内に入る。俺達が入ると門は再び閉められた。


さて、先ほどの隊員の返答だが、俺はそれを聞いてどうしても尋ねたいことが一つあった。

いい加減必要ないだろうとヘルメットを取りながら、隣の隊員に声をかける。


「さっき言ってた命令、出したのは誰なんだ」


彼は真っ直ぐとこちらを見据えている。

その目に力強さは感じるが、異常さは感じられなかった。錯乱しているにしては、先ほどは撃ったすぐ後に銃をしまうなど、色々と腑に落ちないところがある。

彼は静かに口を開いた。


「暫定基地司令のソウジン大佐です」


ソウジン大佐、彼は俺の所属する第2大隊の大隊長だが、基地司令ではない。つまり大佐まで指令の任が下がってきていると言う訳で、どうやら到着して一安心と言う訳にはいかないようだ。


「…わかった。外のバイクはそのままでいい」


そう言って、俺はゲートから基地施設の方へと歩き出した。



このイザン基地は、小規模な飛行場を有する第2空挺旅団の基幹基地だ。

かつては大日本帝国海軍の航空基地として開設され、二次大戦後の連合国の補償占領を経て、タロワン共和国独立時に同国陸軍が接収し、現在まで使用されている。

周囲を住宅街に囲まれ、土地収用もうまくいかなかったことから規模はそこまで大きくなく、移転の話も出ている。


ゲートから歩いて管制塔や司令部施設のある中央施設へと向かうが、施設の周囲では隊員たちがせわしなく動いている。

右手では松の木に向かって隊員の一人がなたを振るっている。あれは基地開設時に植えられたと言われ、樹齢は100年を超えるらしいものだ。昔、枝を折った隊員が夜中まで走らされていたのを憶えているが―それすら邪魔と判断され、伐採されていた。

前方では施設を囲むように土嚢の積み上げがされており、さらにはM2重機関銃、Mk19自動擲弾銃の設置まで行われている。

土嚢の間をすり抜けて、前方から何か荷物を抱えた二人が走ってくる。すれ違う時に見ると、それは鉄条網だ。おそらくゲート付近に設置しに行くのだろう。

基地は実戦を想定した要塞化が進められていた。


施設内に入ると、外よりも数倍の忙しさだった。数多の人員が行きかい、そこらで会話や電話をし、中は喧騒に包まれている。


「少尉、無事だったか」


前から俺の目を見つめ、歩いてくる妙齢の男性。白髪交じりの頭と、眉間に深く刻まれたしわは、彼の軍歴が長いことを示している。

彼がソウジン大佐だ。


「大佐、一体どうなっているんです」


「君も見てきただろう、特一級の異常事態だよ。もはや有事だ」


大佐が眼前に来ると、身長差から彼がこちらを見上げる形となる。

普段とは比べ物にならない鋭さを放つその目は、ただならぬことが起きていることを察するに十分だった。


「大佐!」


彼の後ろから一人の曹長が駆け寄ってくる。


「ミツザの海兵隊基地と連絡が取れました。ですが―」


「ああ、ちょっと待て」


大佐は何回か曹長を手で制すると、こちらを見た。


「少尉、少し入用だ。着替えてからでいいから司令官室に来てくれ」


大佐はそう言うと曹長と共に歩いていく。そういえば、俺の服はまだ私服のままだった。

慌ただしい施設の中を、居住区まで早足で向かった。


自室に入り、クローゼットを開いてオリーブドラブ一色の作業服装を取り出す。すれ違った隊員たちの服装を見ても、これの着用令が出ているのは間違いない。

素早く着替えを終え、再び廊下へ出る。


ロビーではタンカに乗せられた隊員が運ばれていくが、その方向は医務室ではなかった。

司令官室前に付き、ドアをノックする。


「ダグナン・リッジウェイ少尉です」


「入ってくれ」と中から大佐の返事が聞こえる。


「失礼します」


開けると年季の入った木製のドアがきしむ。

司令官室内は本棚に囲まれた木製のデスク、応接用のソファーとそれに合わせた机が置いてあるが、至る所に書類が山積みされている。

大佐はこちらから見て左側のソファーの奥側で、書類を見ながら座っていた。


「来たな少尉、まずは状況を教えよう」


大佐はソファーの向かい側を手で指し示す。

俺は移動し、示された場所へと座った。なめされた革の冷たい感触が服越しに伝わる。


「旅団長は第1大隊と北部で演習中なのは知ってるよな」


「はい」


演習は月曜から行われており、終了予定は金曜のはずだ。


「本当なら副旅団長がトップだったんだが…いや、後で見せる。とにかく今は指揮が取れない。あとの将校は全員いないか指揮できないかで、俺にまで回ってきた」


「上との連絡は」


「南部軍管区司令部はダメだ。北部と陸軍参謀本部とかの首都系は生きてる」


大佐はタブレットを取り出し、臨時でまとめられたであろう基地、司令部の連絡状態の一覧を出した。

手に取って見ると確かに、南部以外は生きているが…肝心の南部は、海兵隊のキャンプ・ヤマノ以外全滅だ。

そことは20kmは離れている。ここは陸の孤島と化してしまったわけか。


タブレットを机に戻し、深く息を吐く。


「大佐、もう一度聞きますが…つまるところ、これは何が起きているんです」


「こう言うしかないな、"極めて有事に近い異常事態"。君が知りたいのは連中の正体だろう」


「ええ」


大佐はわずかに前にかがみこむと、反動を付けて立ち上がった。


「付いてこい。正体はらわたを見せてやる」

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パラサイト・ストレンジャー ルドルフ @Rudolf2A5

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