第25話 クジラも少女もビーチを目指す

 「いやいや、ちょっと待ってください」

と、一年生のゆうが言う。

 「クジラって、もともとカバの仲間なんですか?」

 優の声はちょっとハスキー。

 湿り気が多くてとろんとろんの姉とは違う。

 「うん」

 千英ちえは軽くうなずく。

 「遺伝子分析っていうのがいまはできるんだけど、それをやったら、クジラってカバから分かれた、ってことかわかって」

 「はあ」

と優が声をかすれさせる。

 「でも」

と、ここでそのとろぉんとした声を出したのは姉のあいだ。

 「うまく言えないんだけど、カバは前足と後ろ足で立って歩くし、それに、クジラみたいなしっぽもないでしょ? それがクジラ型になったりするの?」

 姉は妹がかんたんにかわされてしまったので、そのぶん、反撃を試みたのだろう。

 でも。

 妹、眉を寄せて難しい顔をしてお姉さんのほうを見てるよ?

 「それが、なるんだよね」

 千英は愛のほうを振り向いて言った。

 「これも鹿山しかやま動物園に行けば見られるけど、カバってよく泳ぐんだよ。河の馬って書くだけあって」

 「でも、それは川で泳ぐだけでしょ?」

 愛、がんばる!

 「そんなこと言ったら、いまのサカナのうち、サメとか以外はもともと川で進化したんだよ。サカナもクジラも、海に下りていったら海でも泳げたから海で定着しちゃったんだって」

 「うんー」

 愛は納得していないらしいが、かといって反論の方法もないらしい。

 千英が言う。

 「だから、人間だって、プールで泳いだら、次はビーチ行って泳ぎたくなるじゃない?」

 すり替えた!

 でも、これから夏だし、やっぱりビーチで映える水着とか、欲しいよね。

 このへん海沿いだけど、あんまり大きいビーチはないんだけど。

 朝穂あさほとしては、やっぱり白系の水着が欲しい。

 由己ゆきとか、赤系のワンピースの水着を着せたらどうなるんだろう?

 どぎつすぎる?

 でも、それも由己の新イメージで、いいと思うんだ。

 いややっぱりオレンジかな?

 そのかわりセパレートタイプだったら……?

 それで、できるだけ、かわいい感じのやつ。

 けっこう、よさそう。

 青は、もともと青白っぽいので、やめたほうがいいと思う。

 優は、お行儀よく紺のワンピースってところだけど、それはおもしろくないので。

 この子、何着せるかなぁ?

 ハイビスカスを大きく描いたデザイン柄の赤い情熱的な水着を着せると……。

 ……どうなるんだろう?

 こんど、みんなで水着売り場行ってみよう、って提案するとどうなるかな?

 朝穂の考えには何の関係もなく。

 千英が続ける。

 「ま、最初のころのクジラって、小さくて、ちゃんと脚があって、陸上も普通に歩いてた。そのころにもうしっぽは長くなって、半分、ワニみたいな形? それで、そのころは浅いでっかい海があってさ、そこにじゃぶじゃぶと入って行ったんでしょ?」

 やっぱり浅いでっかい海のビーチっていうのがだいじだよね!

 最初のクジラも女の子も。

 「じゃぶじゃぶ入って行って泳ぎ続けたら、陸にもどらなくていいや、ってなって、クジラはクジラになった。オオウミガラスやペンギンも、そのオオウミガラスに近いウミスズメとか、ペンギンに近いミズナギドリとか、飛ぶけど、水にも潜る、みたいな生きかたをしてるんだよね。それが、飛ぶのはやめて、そのかわり泳ぐ能力をめちゃくちゃ高めたらオオウミガラスやペンギンになった。わたしたちはその結果のところだけ見てるからさ、なんで哺乳ほにゅう類なのに泳ぐの、鳥類なのに潜るの、みたいに感じるわけだけど」

 じゃあ、少女が「ビーチから帰りたくない」とビーチに居ついてしまったら、べつの動物に進化するのだろうか?

 「つまりさ」

 しまった。

 水着とかビーチとか妄想して、樹理じゅりに注意してなかったら、樹理が発言してしまった!

 部活でも、先輩たちと朝穂と由己で話を適当なところでまとめようとしているところに樹理が発言して、話が振り出しに戻る、ということがある。

 そうならないように注意してないのといけなかったのに。

 樹理はおもしろくなさそうに続ける。

 「陸の生き物がときどき海にかってるうちに海で暮らすようになったり、空を飛んでた鳥が泳ぎもするようになって、その一部が泳いだり潜ったりに特化したり、そうやって生きかたが分かれていくところと、形が似ていく、収斂しゅうれん進化だっけ? 分かれていく方向性と、似ていく方向性と、その両方があるんだね」

 「そうだね」

と千英がまた軽く受け止める。

 なにっ?

 樹理が発言したのに話がややこしくならないなんて!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る