第20話 少女はオオウミガラス

 「短歌っていろいろあっていい、ってわたしたちは思ってるけどね」

 パンダ短歌に走ろうとしている自分に衝撃を受ける朝穂あさほにかわって、由己ゆきが言う。

 わたしたち、というのは、由己と朝穂のことだ。

 そんなの、樹理じゅりに聞かれたりしたら!

 朝穂が、「それ、樹理のいるところで言わないで」と口止めしようかどうしようかと迷ったところに、大柄な千英ちえが先に言った。

 「でも、ペンギンは南極にいるとは限らないけど、南のほうの鳥、っていうのは確かなんだよね。しかも、日本に近い南じゃなくて、南アメリカとか、ニュージーランドとか、南アフリカとか、わりと遠い南で。じゃあ、南極でなくてもだいたい南極かな、ってイメージができたのかな、と思うんだけど」

 「思うんだけど」と言われても、短歌部の八重やえがきかいにはわかりません、って!

 「じゃあ」

と由己が顔を上げ、落ちていた髪の毛を手ですくって後ろに回す。

 この子がそれをやると、愛のような潤った感じはないが、やはり色っぽい。

 なんで、愛も、由己も、髪をかき上げる!

 二人とも朝穂より髪短いでしょう?

 その気もちを抑えつつ、朝穂がきく。

 「北のほうにはペンギンいないんだ?」

 北極ペンギンとか、聞いたことがないから、たぶんいないのだろうけど。

 「まあ」

と、千英が答えて言う。

 「ヨーロッパとか大西洋のほうに昔いたオオウミガラスっていうのがペンギンのそっくりさんだけどね。もともとそのオオウミガラスが「ペンギン」って名まえだったんだよ。ところが、ヨーロッパ人が南の海に乗り出して行ったときに、こっちにも似たのがいるじゃないか、ってペンギンって名まえをつけたら、そっちが本家になって」

 「そうなの?」

 朝穂が思わずきいた。

 釣りこまれたのは、千英のしゃべりの熱心なところにかれたから?

 この子、あの「歌合うたあわせ」のときには、こんな感じじゃなくて、「ザ・アンニュイ」みたいな感じで、やる気なさそうに座ってたけど?

 あ。

 「アンニュイ」は母音で始まるから「ジ・アンニュイ」だな。

 それ以前に。

 「アンニュイ」って英語か?

 「じゃあ」

と、アンニュイというよりとろとろのあいが言う。

 「そのオオウミガラスっていうのは、いまはペンギンって呼ばないの?」

 「絶滅した」

 とてもかんたんに、千英が言う。

 「絶滅した、っていうより、人間が絶滅させた」

 朝穂には軽いショックがある。

 そういうこともあるだろう、というのはわかっていたけど、それでも。

 「それ……」

 朝穂が言う。

 愛が何か言う前に。

 「乱獲らんかくとか?」

 「うん」

 やっぱり、そういう話?

 人間がいると、ほかの生き物は迷惑します、みたいな。

 「しかも、最後のほうは、珍しいってわかってるから、かえってみんなつかまえようとしちゃって、けっきょく滅ぼしちゃったんだよね。だから、標本は残ってるよ」

 ふと、浮かんだ。

 「少女とは オオウミガラスの ようなもの」。

 貴重だ、とか言って、少女の時間とか、少女らしさとか、そういうのをつかまえようとしてがんばったら、かえって少女らしさが絶滅してしまう。

 「少女とは オオウミガラスの ようなもの 標本だけが むなしく残る」

 そうなるかどうか、わからない。

 標本が残って、自分がどう思うかもわからない。

 自分はまだ標本になってないから。

 オオウミガラスだって、絶滅したのはよくなかったとして、標本ぐらい残したかったか、それとも絶滅したのだったら姿形もわからないくらいに消えてしまいたかったか、わからない。

 どっちにしても、このままでは、短歌としてびしすぎだ。

 でも、なんか、使えないかな?

 一年生の留美南るみながよくやる三行分かち書きで、「残る」を「残り」にしてみる?


 少女とはオオウミガラスのやうなもの

 標本だけが

 むなしく残り


にすればいいかな?

 いや……。

 また考えよう。

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