十年後……

 日々凶悪化する日本の犯罪に対応するため、警視庁に暗殺課が成立したのは、年号が平成に入ったときだった。暗殺課は凶悪犯罪の犯人の暗殺を以て事件の解決を図る部署だ。暗殺課刑事は十年で七割が殉職する。

 二十一世紀も二十年ほど経過した今では、暗殺課の警察官に限り年齢制限が撤廃され、中学生が新規採用されるようになった。少子化の影響による人手不足という奴だ。

 ここ暗殺六課の新入りは俺の相棒の娘だった。今年十三歳になるという。

「可愛いでしょ。加賀壱郎くんの娘さんの壱子ちゃんよ」

 暗殺六課課長である後楽園こうらくえん哭苦亞なくあは少女をそう評した。壱子は親友に似てなかった。壱郎の奥さんの方に似ていた。真面目そうな雰囲気も奥さんの方に似ていた。

 俺たちはガキを鉄砲玉にするために戦ってきたわけじゃないはずだ。

「イカレてるのかクソババア」

 俺の拳銃が火を噴いたが、弾丸は課長に当たることなく素手で弾かれた。

 室内にいる僅かばかりの刑事たちは事務仕事に集中していたり虚空を見つめていたり座禅をしていたりして、発砲音に全く反応しなかった。これくらいのことで動じる連中じゃない。

「何やっているんですか!?」

 壱子は瑞々しい感性を持っているようで課長に対する俺の反逆行為に驚いているようだった。これくらいの口径の銃とか、パーティーグッズみたいなもんだろ。

「職場内のコミュニケーションかしら。38スペシャル弾じゃ私には傷一つつかないのはお互いわかりきっていることだし」

「警察組織の問題について鉛玉を通じて語り合った」

 暗殺六課では、暗殺方針の違いで殴り合いや刀傷沙汰、鉛玉が飛び交うことは珍しいことではない。俺も壱郎に鼻の骨を折られたことがある。

「……壱郎くんとは仲良かったと思うし、貴方が壱子ちゃんの指導に当たりなさい」

 課長が一瞬室内を見渡したのを俺は見逃さなかった。新人を任せられるほどまともな人間が俺しか居なさそうだから消去法で選んだだろ。

「承知しました。くそったれ地獄に落ちろ」

 俺は想像の中で警視総監の髪の毛を全部毟った。

 少しだけ落ち着いた。

「威圧的な言葉遣いはパワハラになるわよ。環境型パワハラとかいう奴?」

 課長は暗殺課刑事の採用年齢引き下げについて意見を持たないようだった。覚えていろよ。戦場における士官の死因の何割かは後ろから味方に撃たれることだぞ。

「よろしくお願いいたします。一緒に全ての悪を根絶やしにしましょう。そしていつか私の父上を殺した犯人を射殺します」

 壱子が手を差し出してくる。俺はそれをただ見ていた。握手を待っているのか。こんな極端な価値観を平気で口にするようなものになったのは誰の責任だ?

「ファッキン警視庁。ファッキンブッダ。ファッキン警視総監。そして人でなしが」

 課長に嗜められても罵倒の言葉は止まらない。

 人でなしの言葉に課長の眉間にシワが入った。

 何を言われても基本的にどうとも思わない課長の地雷を踏んだ。課長は人外だが、人外扱いされることに対してだけは敏感だ。機嫌が露骨に悪くなる。

「採用方針にキレるのは別に良いんだけど、壱子ちゃんがここに入った理由というか……壱郎くん殺したの貴方でしょ。それは棚に上げないでよ」

 課長の指摘通りだ。

 俺が壱郎を殺した。イカれた犯罪者のイカれたゲームで無辜の日本国民か壱郎かの二択を迫られ、俺は日本国民の命を選んだ。何度同じ人生をやり直しても俺は同じ選択をする。それが刑事だ。

 日本国民の安寧のために死ぬのが我々の使命だ。使命に従って皆死ぬべきだ。

「貴方が父上を殺した悪なのですか?」

 壱子は手を引き戻し、ホルスターから拳銃をすぐに抜けるように構えていた。俺の答え次第で俺を撃ち殺すつもりだろう。

「そうだ。俺は悪だ」

 親友といえど悩まず切り捨てるのは、人間性を持たない悪だ。俺は全く価値観を変えるつもりはないが、それでも客観的に悪と断ぜられても仕方がない。当然だ。

「まあ必要悪というものよ。貴方たちも、私も」

 課長が俺をフォローしてくる。だがコレは日本の治安に益すると判断され国家権力に許された人外だ。人間の善悪を語る資格を持たない。

 法律を抜きにすれば、俺の選択の善悪を裁くことができるのは遺族のみだ。日本では敵討ちは法律で規制されているが。


 


 

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バディもののバッドエンドIFのFDの冒頭みたいな奴 筆開紙閉 @zx3dxxx

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