第45話 フェリル・バレスティーナ

「これって、どういう事……?」


 魔力感知なんて便利なスキルがない私ですら感じた、とてつもなく強力な魔力の波動と衝撃。

 衝撃によって粉塵が舞い、周囲の状況がつかめなくなったその瞬間に……


「レムリア……レムリアァ……」

「ふふっ、気になってたんだよぉ、お前の事がぁ……!」


 クラスメイトが、私に向かって襲ってきたのだ。


「ふっ、ひひぃ! オレと結婚してくれぇ! そしてオレは、次期公爵にぃぃ……げふぅ!」

「えーと、ごめんなさい」


 とりあえず、飛び掛かってくる男子生徒を、手加減アポカリプス背負い投げで気絶させる。


「元魔抜けの成り上がりのくせに、教師より魔力が高いとかぁ、徹底的に教育……いや、調教してやるわぁ……」

「レムリア様ぁ……私と一緒にぃぃい……」

「食事をご一緒したいぃ……そのお体に触れたいぃぃ……」


 次々と襲い掛かってくる他の生徒や、教師たち。

 しかも、普段言わないような事を呟き、ゆらり、ゆらりと近寄ってくる。

 いわゆるゾンビ作品のようだが、明らかに違う点はひとつ。


「……ファイヤァボォルゥ」

「ウィンドカッタァ……!」


 噛むのではなく、本人の魔法で攻撃してくるという事だ。


「アポカリプス、グラビティフィールド!」


 魔法攻撃をアポカリプスで防ぐ。

 最初に襲われたときは、何か異変が起きているぐらいだったが、この状況は完全に異常事態だ。

 どうするかと悩んでいた瞬間。


「……ブラッディレイ」


 大量の紅い閃光が、生徒たちを貫く。


「グ、グリム!?」

「……手加減してる。『今は』だけど」


 指を差した先に、大量の生徒が私を狙って向かってきているのが見える。

『あれが全部襲ってきたら、手加減する余裕はなくなる』、グリムは暗にそう言っていた。

 救いがあるとしたら、全員がこっちに向かっているのではなく、一部は別の場所に向かっているという事だろう。


「……食い止める」


 そのまま、集団に向かって駆けるグリム。

 本来ならひとりで向かわせるなんて事は絶対にしないが、今は『倒せる相手』が敵である事から考え、退路の確保と、アオイさんたちと合流を優先し、その後にグリムに助太刀するのが上策だろう。

 何故ならば、この状況はおそらく、アオイさんが言っていた『敵』の攻撃だ。

 そして狙いは、私か、おそらく衝撃と共に発生している魔王の武具、生徒たちを向かわせている別の標的、もしくはその全て。


「みんな! 安全な場所に……っ!」


 近くにいたエレオノーラたちを大声で呼んだ瞬間、私の体を黒い光が覆う。

 ヤサクニが自動で発動し、私を魔王モードにするだけでなく、強力なグラビティフィールドを発生させる。


 このグラビティフィールドの前には、最大級の魔法だろうと逸れていき、巨大な魔物だろうと侵入できずに弾かれる。

 そんなグラビティフィールドの中央にいる私のすぐ横を、高速の石礫……『殺意』が通過していった。


(……グラビティフィールドがなかったら、死んでた)


 体を伝う冷や汗。

 そこに見知った、本当に見知った顔が現れる。


「うふふぅ、どこに行こうといういうんですかぁ……?」

「ア、アンナベル……?」


 おそらく、石礫を放った張本人のアンナベルが、ゆらり、ゆらりと、体を左右に振りながら近づいてくる。

 私に魔法で石礫を放ってきた点も含めて、明らかに様子がおかしい。


「まさか……アンナベルも、他の人みたいにおかしくなってるの……?」


 認めたくない事実に愕然とする私。

 そこに、追い打ちをかけるように雷光が奔る。


「え……?」


 魔法の中でもトップクラスの速度を誇る雷魔法であり、そしてアンナベルに攻撃された事でショックを受けていた私は、まったく反応できない。


「……大地よ、その大いなる力を示せっ!」


 突如地面から生えた樹木が、その攻撃を防ぐ。

 だがその圧倒的な威力の雷は樹木を引き裂き、その魔法を使った少女……フェリルに直撃した。


「あああぁああっつっっつ!」

「フェリルっ!」


 衝撃で飛ばされるフェリルを空中で受け止める。


「大丈夫、フェリル!」

「あはは……奥の手の、ハイエルフ式精霊魔法もダメかぁ……あたしが、こんな簡単に倒されるの……喜ぶべきやら、悲しむべきやら……」

「喋らないで、今、回復魔法を……くっ!」


 今度は、石礫と雷光が同時に襲ってくるが、なんとかアポカリプスで防ぐ。


「……レムリア? なぜ私以外を見ているの?」

「うふふぅ……あんなに私をいたぶったんですから、次は私の番ですよぉ……?」

「エレオノーラ……アンナベル……」


 明らかにいつもと違う様子のアンナベルとエレオノーラが近づいてくる。


「もうすぐね……『理想の私』が、レムリア様の隣に立つ……ずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっとず~~~~っと、待っていたわ……!」

「いたぶられている間は、『家の恥』と呼びながら私の事を見てくれる……いたぶってる間は、私の事を『化け物』と呼びながら見てくれる……ふふっ。これを繰り返せば、ずーーっと私の事を見てくれる。魔力が暴走した私を見て発狂して、私の存在を忘れたお父様みたいな間違いは、もうしないんですょおおおぉぉ!」


 叫びながら、凄まじい威力の攻撃魔法を放ち続けるふたり。


「……くっ!」


 アポカリプスでなんとか防ぐが、少しでも力を緩めると、力場を貫通してきそうだ。


(ふ、二人の魔法って、こんなに強かったっけ……?)


 一緒に訓練していたとき、二人の魔法にここまでの威力はなかったし、連発もできなかった。

 性格といい、もはや別人だ。


「……何かに憑依されてる」

「えっ?」

「体を操り、精神や感情の制御を失くすことで、限界を超えた魔力を引きずり出されてる……そうじゃなきゃ、あの二人が、私にしか喋ったことがないって言ってた秘密を、自分から喋るなんてありえない」

「それって……」

「このままじゃ、魔力の使い過ぎで二人は死んじゃう……!」

「……!?」


 二人が……死ぬ……?

 私の、大切な友達が……?


「……レムリアっち! 危ない……!」

「えっ!?」


 油断した私に迫る魔法。

 動揺によってグラビティ―フィールドが弱くなっていたのだろう。

 力場を貫通して私に迫ってくる。


「……精霊よ、か弱き森の民にその加護を!」


 フェリルが宝珠を取り出し、そこから放たれた魔力によって、エミルの精霊の矢のような輝きを放つ魔力障壁が現れる。


「なっ!?」

「くうぅっ!」


 その障壁は防ぐだけでなく跳ね返し、二人を怯ませる。


「……過去の勇者がハイエルフに託した、一度だけ精霊魔法を使える至宝。まさか、復活した魔王を倒すためじゃなく、守るために使うなんてね」


 崩れ去る宝珠を見ながら、苦笑するフェリル。

 だが、宝珠を使ったせいなのか、もはや立つ力もなく倒れ込む。


「フェリル! フェリル!」

「……二人をお願い、レムリアっち。滅茶苦茶な奴らだけど、肌の色のせいで同族からも忌み嫌われて……ずっと一人だったあたしにできた、初めての友達なんだ……」

「分かった! 分かったから!」

「あはは……本当、魔王っぽくないね、レムリアっち。そんなだから、みんなも、あたしも惹かれるんだろうな……」


 そして、私の方を見て微笑みながら……


「それじゃあ、ちょっと寝るから……あとは、よろしく……」


 ……そのまま、倒れていった。

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