第44話 実技試験開始

「レムリア・ルーゼンシュタイン、魔力判定、40点」

「……はい」


「レムリア・ルーゼンシュタイン、魔法制御試験、30点」

「…………」


 ついに始まった実技試験で、ルーゼンシュタイン家の名に『恥じる』成績を取りつつ……


「……たりゃぁああぁ~!」

「レ、レムリア・ルーゼンシュタイン! 魔法効果試験、100点!」

「標的人形が纏めて吹っ飛んで……せ、先生~! こっち来てくださ~い!」


 うっぷん晴らしの全力空撃で、高得点を叩き出す。

 ……自ら脳筋アピールしているような気がするが、気にしない!


(……今のところ、変わった事は起きてないな)


 周りを見渡しながら、異変がないかを確認する。


『今度の魔法学校実技試験、楽しみにしておくといいよ』

『……魔王の武具が現れる』


 ――全ては、このロナードの言葉から始まった。


 アオイさんの編入、スコールの赴任といった、魔王組の本格始動。

 そして、グリムや、新しい友達との出会い。


(……魔王の武具は全部で三つ。今回のが手に入れば、おそらく本格的に『ヤミヒカの世界』が動き出す)


 魔王の武具を手に入れたら、私の中の魔王がさらに活性化するだろう。

 力に呑まれるのか、私が魔王の力に勝って、今までと同じ日常を送れるのか。


 最初の魔王の武具……ヤサクニを手に入れたときに言ったけど、私は魔王に負ける気はない。

 世界を崩壊させるなんて論外だし、それ以上に、いつまでも『魔王という存在』に囚われている人たちも、それに振り回される人たちを見るのはもう沢山だ。


 これがゲームの『レムリア・ルーゼンシュタイン』の行動通りで、それによってバッドエンド直行を防いでいるかは分からないが、たとえどうなろうと、この想いは変わらないし、変える気もない。


 だけど……


(そもそも、私の中の魔王って、一体なんなんだろう)


 魔王の器である『レムリア・ルーゼンシュタイン』に、魔王を宿らせる復活の儀式。

 そして、魔王が宿ったことにより、『レムリア・ルーゼンシュタイン』……その体の持ち主である私は、魔王の力である、アポカリプスを使えている。


(……だけど、アポカリプスはロナードも使えていた)


 ロナードが魔王の器であるはずはない。

 もしロナードが魔王の器なら、誰かに魔王を宿らせる必要がないからだ。

 そして、魔王に仕えていたヴラムからすれば、今回の儀式では腑に落ちない点が多いらしい。


(魔王が、誰かの願いを叶えるなんて事は絶対にしない……でも、アオイさんは願いが叶える力を手に入れている)


『世界を変えたい』


 私とアオイさんという、別世界の同一人物が、全く同じ時間に願ったもの。


 アオイさんは魔力と、地球の進んだ知識を手に入れ、あと十年も経てば、本当にこの世界を変えると思う。

 私は願いを叶えられた実感はないが、同じように魔王の声を聞いて、私だけ叶っていないという事はないと思うので、何かが叶っているのだろう。


 まあ私の場合……


「レムリア様~! 素敵すぎますわ~!」

「……土魔法を駆使して、私が標的人形に擬態できれば、あの魔法を……!」

「はーいアンナっち、それぐらいにしとこねー」


 エレオノーラ(さん付けしたら、私だけ不公平ですわ! って言われたので)たちが駆け寄って声をかけてくれる。


「……」


 そして、私を称えてくれているのか、それともなんとなく寂しくなったからか、無言で抱きついてくるグリム。


 ……こうやって、新しくできた友達(で、いいよね? いいよね!)が話しかけに来てくれるだけで、ある意味で世界が変わったから、願いが叶っているのかもしれないけど。


「本当に、とんでもないなーレムリアっちは」

「あはは、威力だけだけどね。それに純粋な威力も……」


 後ろを振り返り、同じように試験を受けているエミルを見る。


「ちょっ、エミルさん! 精霊の矢はやめて!」

「ですが、全力でと言われると、これになりまして……」

「それやったら校舎どころか下手すれば街に被害が……100点! もう全部100点です!」


 あっという間に全教科100点。

 さすが、チート能力タイプの乙女ゲー主人公。


 そして、その危機的状況を見ても、『止めようと思えばいつでも止められますから~♪』とばかりに余裕で見ている、痴女事件(何度でも言うが、大変遺憾である)以降、警護を担当している勇者パーティーの聖女ユーリと、ハラハラしている(可愛い)トールくん。


 絶大な攻撃魔法まで使えるユーリは言うまでもなく、単純な破壊力なら精霊の矢を除いて最強のトールくん、いつものように気持ち悪かったらアポカリプス背負いで地面に埋めておいたけど、本気出したら私でも敵わないロナード。


 本当に、上には上がいる。


 そしてもちろん、アオイさんも……あれ?


「そういえば、アオイさんは?」


 同じクラスなので、近くで試験を受けているはずなのに、見当たらないアオイさん。

 私に抱きついているグリムの頭を撫でながら、エレオノーラに聞いてみる。


「……開始と同時にマジックテンペストであっちの会場を破壊して、そのままどこかに行ってしまいましたわ」


 なんだか好評の私の頭撫で(アオイさんにしてもらって嬉しかったからやるようになっただけなのだが)が気になるのか、グリムを牽制しながら答えるエレオノーラ。

 フェリルにはいつもやってるわけだし、やって欲しいならいつでもするのに……うう、やっぱりまだ、距離を感じるなぁ。


「マジックテンペストだっけ? 大量のマジックアローを操る魔力、一つ一つの動きを魔力制御、一発が爆裂魔法の威力、あれ一発で、全部満点判定で終わったよー」

「うふふぅ、あれは完全にご褒……完璧ですからねぇ♪」


 本当に凄いなアオイさんは。

 私の世話をしながらあそこまでやれるなんて……やはり、天才悪役令嬢しか勝たん!


「まあでも、一応、破壊力だけは満点取ったわけだし、どこかで見ていてほしかったなぁ」


 ///////////////////////////////


 ――魔法学校の屋上。

 風魔法の実習で使われる事もあるが、基本的には関係者以外立ち入り禁止の場所。

 だがそこに、校庭を見下ろすいくつかの人影があった。


「……満点取ったわね。よくやったわ」

「前々から思っていたがよ。お前、レムリアに対して過保護すぎやしねえか?」

「別にそんな事ないわよ」

「……スマホの望遠機能を使ってまで見ながら言われてもなぁ」

「私は貴方たち一族と違って、魔法で強化しても視力に限界があるんだからしょうがないでしょう。それに、護衛なんだから、護衛対象から目を離さないのは当然じゃないかしら?」

「護衛ってのは他にもいろいろとやる事があるんだよ。これだから素人は……」


 そう言いながら、自分用のスマホを取り出すスコール。

 スピーカー状態なのか、向こうの音がこっちにも聞こえてくる。


「おい、そっちはど……」

『スコール! このスマホっていうの凄い! スコールの声聞こえる!」

『……宝物にする。無くさないように埋めとかないと』


「……取り上げられたくなかったら、ちゃんと仕事しろウールブ。それとフェンリス。大事なのは分かったが、埋めるのは禁止だ」

『『えー』』

「……こういうときだけは息が合うなお前ら。とにかく、異変があったら連絡しろ」

『『はーい』』


 やれやれとばかりに、スマホを切るスコール。


「さすが熟練者ね。勉強になるわ」

「……お褒めに預かり光栄だよ」


 私の仕返しである皮肉に、不貞腐れる熟練者。

 私を過保護とか意味不明な事を出す駄狼にはお似合いだ。


「それで、お前さんはレムリアのそばに居なくていいのかい?」

「そっちはグリムに任せておいたわ。エレオノーラたちも近くにいるし、ロナードはともかく、他の生徒会の連中も巡回してる。あの子の周りは今、学校の教師が束になってかかっても負けない戦力が揃ってるわ」

「周りの連中が強いっていうより、ここの教師が弱すぎるだけだろ。しかも、まともな奴もいるが、大体はプライドだけ無駄に高ぇし、魔力が低いと分かったらガキだろうが見下す奴が多いときたもんだ。こんなとこで教わってたら、おかしくなるんじゃねえのか?」


 虫を払うかのように手をひらひらさせるスコール。

 この口ぶりだと、教師相手に何かしでかしたんだろうが、困るのはヴラドだから放っておこう。


「この学校に居る人間は、一部を除いて全員おかしいわよ。でも、この国の王城内の方がもっと『おかしい』でしょうね」

「本当、ろくでもねえ国だねぇ、ここは」

「……耳が痛い事を、堂々と言わないでもらえますか?」


 そこにヴラドが歩いてくる。


「おやおや、前線までお越しとは珍しいじゃねえか。裏でこそこそやってるのは終わったのかい?」

「まだ終わっていませんが、こちらが優先です」


 そして校庭を見下ろしながら、話を続ける。


「スコールがうちの教師に何をしたのかは後で聞かせてもらうとして……状況はどうですか?」

「……はっきり言って、良くねぇな」


 苦虫を噛み潰したような顔をするスコール。


「元々、今回はこっちが不利だ。場所的に大人数を配置ってわけにもいかねえ。その状況で、魔王の武具を判別できるレムリアの護衛、魔王の武具がどこから出てくるかを監視、さらに……」


 居合を放ち、空中に現れた黒い人影を両断する。


「……面倒な敵の対処までしなきゃいけねえ。はっきり言って、手が足りねえよ」


 今日になって、あの地下ダンジョンで襲ってきた黒い人影が多数確認されている。

 地下ダンジョンで戦った個体と違うのか、そこまで強くないのが救いだが、気が抜けない。


「魔王様が作った魔鎧を依り代にする巨大な鎧騎士。無限に眷属を生み出し、アポカリプスの防御すら貫く攻撃を放つ猛者、幽鎧帝……敵に回すと本当に厄介ですね」

「まあ、幽鎧帝からすれば、魔王軍みたいな行動しつつ、実は魔王をどうにかしようなんて考えている俺たちの事は許せねえだろうから、敵対は当然だろうねぇ」

「……」


 ヤミヒカのゲームで幽鎧帝は、魔王への忠誠心が障害になると判断され、『レムリア・ルーゼンシュタイン』に消された。

 細かい描写無かったが、おそらく、魔王の武具を手に入れる事で幽鎧帝を超える力を得て、もう利用価値はないと判断したのだろう。

 ……少なくとも、『私』ならそうする。


 だが今回は状況が違う。

 おそらくだが、不完全な魔王を宿す儀式により、魔王と共に生きる幽鎧帝にも影響が出て復活が遅れた、それが始まりだ。


 そして、テスタメントの壊滅、『レムリア・ルーゼンシュタイン』が行う人間たちへの敵対行為が行われていない、これらの状況から、私たちと志が同じではない判断し、敵対しているのだろう。


「そもそも、幽鎧帝は何が狙いなのかねぇ」

「そんなの魔王の復活に決まってるでしょう」


 幽鎧帝は、魔王に絶対の忠誠を誓う存在。

 だからこそ私たちと敵対する、私たちはそう認識してきた。


「……本当にそうかい?」


 スコールは質問を続ける。


「俺も魔王を復活させようとしていたが、まず最初に思いついたのは、レムリアを殺す事だ。そうすれば、魔王がレムリアの体を乗っ取って復活する。ただ、それだと完全な魔王……当時の魔王じゃねえから、俺の目的が果たされねぇ。だから俺は、テスタメントに協力して、魔王の武具集めをした。これがどういう意味かは分かるよな?」


「……完全な魔王の復活がしたかったら、魔王の武具を集めて魔王の力を強め、レムリアを乗っ取らせる。つまりは、目的は違うけど、利害関係が一致している私たちに協力するのが一番早いという事ね。……もちろん、乗っ取らせたりさせないけど」


「ですが、改めて考えてみると変ですね。」


 今まで私たちは、幽鎧帝が魔王への忠誠を示しているという前提で話を進めていた。

 改めて、考える必要があるだろう。


「内容を整理するわ。まずは前提の話として、幽鎧帝は、魔王に絶対な忠誠を誓っていたのよね?」

「元同僚として答えましょう。間違いありません」

「そして、今日という日に明確に仕掛けてきたって事は、向こうも魔王の武具の事を知ってるだろうぜ」


 幽鎧帝の目的は果たすには、魔王の武具を揃えてレムリアに渡さなければならない。

 なのに、魔王の武具をレムリアに集めようとしている私たちと敵対し、今も仕掛けてきている。

 考えられるとしたら……


「……幽鎧帝は、レムリアが魔王の武具を手に入れさせたくない?」

「おいおい。それだと、魔王の復活が遅れるじゃねえか。魔王に忠誠を誓っている奴が、そんな事するわけねえだろ」

「……いいえ、ありますよ。レムリア嬢に魔王の武具を渡したくない理由が」


 真剣な眼差しのまま、ヴラドは続ける。


「魔王が復活する一番の近道なのに、レムリア嬢に魔王の武具を渡したくない……それはつまり、別の誰かに渡したいという事でしょう」

「おいおい、魔王候補じゃない奴に渡しても意味が……っ!」


 話している途中でスコールも気付いたのだろう。

 みるみる顔が険しくなっていく。


「魔王の力を持つ者は、レムリア嬢だけじゃない。それはロナードがアポカリプスを使った時点で分かっている」

「……つまり、魔王候補が別にいる、という事ね」

「そう考えるのが自然でしょうね」


 出てきた結論の前に、静かになるヴラドたち。

 だが、そんな沈黙をスコールが破る。


「確認するが、その魔王候補はロナードじゃねえよな?」

「ええ。彼が魔王候補、正確には魔王になる気なら、魔王の武具の場所を私たちに教える意味がありません」

「……だとしたら、ヤバいぞ」


 スコールの顔に、明らかな焦りが出る。


「今回は、魔王の武具だとすぐに分かる魔王候補を連れてくる必要がある、これは絶対だ。つまり、もう一人の魔王候補……俺たちの敵も、すぐ近くにいるって事だ」

「たしかに。そしてその場所は……魔王の武具が現れるという校庭に居る可能性が高い……!」

「……レムリア!」


 レムリアの姿を確認しようとした瞬間に、あの完全に姿を消す能力で隠れていたのか、大量の黒い人影が現れる。

 明らかに、レムリアの元に向かわせないためだろう。


「……どうやら、私たちの推理は正しかったみたいですね」

「完全に姿を消せるって事は、盗み聞きし放題だからねぇ。部下に欲しいぐら……おっと」


 その瞬間、スマホの着信音が響く。

 そして先ほどと同じように、通話が私たちにも聞こえてくる。


「こっちは取り込み中だ。話は後に……」

『スコール! スコール!』

『……校庭に異常な魔力を感じる。周りの様子もおかしい』


 明らかに焦っているウールブたちの声。


「……レムリアの安全確保を最優先。その後はレムリアを連れて仮拠点まで退け。場合によってはアジトまで逃げろ。こっちはちょっと手が離せねえから、後は各自の判断で行動だ」


『『分かった!』』



「……つうわけで、魔王の武具様もご登場みたいだな」


「……」


 ……状況は最悪だ。

 だが一番危険なのは、敵がすぐそばにいるレムリアだろう。


「アオイ嬢。言うまでもないとは思いますが……」

「分かっているわ。状況がつかめない今、私一人があの子を助けにいくのは愚策」


 マジックテンペストを展開しつつ、二丁の魔導銃を抜く。


「……五分で片付けるわよ」


「おいおい、この数相手に何言ってんだ?」


 誰よりも……下手をすれば、この国で最も早く動き、居合による一閃で黒い人影を複数切り裂くスコール。


「三分の間違いだろ?」


「いいえ、一分の間違いでしょうね」


 同じように、赤く輝く剣で複数の黒い人影を仕留めるヴラド。


「……上等。行くわよ!」


『レムリア・ルーゼンシュタイン』が切り捨てた仲間……その力を借りて、『私』は敵へと駆けていった。

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