第26話 屋敷に行ってくる! 大丈夫! ちょっと見てくるだけだから!

「……お前、うちに来い!」


「…………はい?」


 ……推しキャラから、とんでもない言葉の剛速球が飛んできた。

  そんなものを投げられたら、はい喜んで! 一択なのだが……


「さ、さすがにそれは無理です! ですぞよ!」


 いやトールくんの家って、魔王を倒した一族の家であって、家族から家の人まで聖闘士ゆかりの人なわけで、そこに魔王が飛び込むって、討伐クエスト開始ですから!


 家族全員で魔王をボコすだけの簡単なお仕事ですから!


「なんでだよ! ちょっとぐらいいいだろ!」


 いやそんな、口説くの失敗して強引に迫るチンピラキャラみたいなこと言われても……あ! そうだ!


「ほ、ほら! 私こんな恰好だし! トールくんも、こんなのが家に来たら嫌でしょ!」


「安心しろ! お前以上の痴女なら、もう家にいる!」


「あ、それなら安心……いや、その言葉のどこに安心する要素が!? なんだったら、もっと心配になりましたけど! ですぞよ!」


 ヴラド! トールくんの家庭環境が危険で危ないから、今すぐ家庭訪問に行って!


「いいから来い!」


「あ……」


 そう言いながら、私の手を強引に取るトールくん。

 どうしたものかと悩んでいると……


「……そんぐらいにしとけや、お坊ちゃん」


「え……?」


 そんな私たちの前に、フードを被り、身長が高く、サングラスみたいな黒系の眼鏡で目は見えないが、やたら顔が整った男の人が……いやこれ、絶対スコールだ!


「魔物討伐で小銭稼ごうと思って来たら、貴族の坊ちゃんが、女を強引に口説いて家に連れ込もうとしてやがる……こいつは、通報した方がいいってことかねぇ?」


「なっ……違う! オレはそういうつもりじゃなくて……」


「俺ぁどっちでも構わないぜ? 坊ちゃんを騎士団に突き出して、坊ちゃんの親から口止め料を貰っても、このまま坊ちゃんがどっか行って、朝っぱらからとんでもない恰好でうろついてるやんちゃなお嬢ちゃんを助けたっていう、ちょっと良いことしたって気分で一日を過ごすでも」


 うん、ナイスフォローだよスコール!


 ちなみに、『朝っぱらからそんな恰好でうろついてるやんちゃなお嬢ちゃん』については、あとで話があるので私の部屋に来るように。


「……」


 お、効いてる効いてる!

 これならトールくんも、家に迷惑かけたくないだろうから、帰ってくれるよね!

 よーし、ここは楽しく、みんなニコニコで解さ……


「……そいつは! 好きでそんな痴女の恰好してるんじゃねえ! 好きでそういう服着るやつはな! もっと、とんでもねえんだよ! そんなことも分からねぇヤツは引っ込んでろ!」


「……え?」


 トールくんから意外な言葉が飛んでくる。


 あと、痴女の恰好って言ったことについては、次、教える機会があったら一発かますので覚悟しておくように。


「大体、なんか怪しいぞお前! 顔も隠してるしな!」


「おいおい、冒険者なんて叩いたら埃がでるような奴ばかりだぜぇ? しかも、魔物討伐なんてやってる奴ぁ、なおさらだ。そんなことも分からなえから、お坊ちゃんなんだよ」


「うるせえ! どっか行きやがれ!」


 そう言いながら、闘気剣を出すトールくん。


「あ、あの、トールくん! さすがにそれは……」


 別の意味でやばいことに……


「……ぐっ!」


「……抜いたら、お互い言い訳なしだぜ?」


 トールくんのお腹に突き刺さる刀の鞘。


 うう、間に合わなかった……今のトールくんの実力じゃ、スコールは無理だよ。


「加減はしたぜ? 殺してねえし、病院にお世話になるようなことはしてねえ」


 大変遺憾ですよという私の目線を、簡単に受け流しながら話すスコール。


 むう。大人の余裕って感じでちょっとイラっとくるので、ちょっと罰を与えよう。


「……ボスの機嫌を損ねると、私拗ねますよ? 罰として、スコールのことぞんざいに扱いますよ?」


「へえ? 弱すぎるからって、敵に指導しちゃうようなお嬢ちゃんが、人を雑に扱うなんてできるのかねぇ?」


「で、できますよ!」


 嘘です! 見え張りましたごめんなさい!


 とはいっても、ここで折れるのも癪だし……あ、そうだ!


「スコール! すぐに手を出すのは良くないよ! メッ!」


 ふっふっふっ、タメ語かつ、お母さんにみたいに注意してやった!

 大人が、私みたいな学生に注意されるだけでも嫌だろうに、ここまでされたら……


「……驚いた」


 信じられないという顔になるスコール。

 勝った! これで少しはスコールも……


「……想像の倍以上に、雑に扱えてなくてびっくりした。お嬢ちゃん、もうちょっと世間というか常識というか、色々と勉強したほうがいいぜ」


「ちゃんとできてるし! ていうか失礼すぎ! そんなこと言う人は、これからもずっと雑に扱うから!」

「是非ともそうしていただきたいねぇ。俺を通して、男の扱いってのを学んだ方がいい。そうすりゃ、『いつもの』をされちまった、あっちのお坊ちゃんも報われるってもんだ」

「……? どういうことですか?」

「なんでも大人に聞くんじゃねえよ。あと、扱い雑にしろ。敬語に戻ってんぞ」

「あ、えっと……メッ!」

「……こりゃ、重症だ」


 うちの男陣がよくやる、やれやれポーズ。

 むう。ちょっとムカつく!


「それより、なんでここにスコールがいるの?」


 倒れているトールくんを、とりあえず膝枕して解放。

 治癒魔法は……これぐらいなら、いらないか。


「お前さんの護衛に決まってるだろ。あっちのお坊ちゃんと『遊んでた』ときは、鍛練に丁度いいってことで見逃してたが、さすがに家に連れ込まれそうになったら、そうはいかねえ。それにお前さん、押しに弱そうだから、コロッとついて行きそうだしよ」


「そ、そんなことないから! ……たぶん」


「はいはい、期待しておくよ」


 そう言いながら、ひと仕事終えたとばかりに、眼鏡やフードを取って、獣人の特徴である耳がぴょこんと出てくる。


 あ、そっか。それを隠すためにフードしてたのか。

 それにしても、こうやって見るとあの耳可愛いなぁ。


「で、その坊ちゃんどうすんだ?」


「このままってのも可哀そうだし、私が送ってくる」


「……は?」


「魔王モードは……見られたときを考えて、恥ずかしいけどこのままでいいか」


「いや、そこに行きたくねえからこうなってるんだろ! 自分から行ってどうすんだよ」


「大丈夫! バレないように超高速移動で行って、屋敷内のどこかにトールくんを置いてくるだけ! それじゃあ、ちょっと行ってくるね!」


 そう言いながら、魔王モードによって強化と数の増加をはたしたアポカリプスを全開で発動して、トールくんを抱き抱えながら飛び去る私。

 もちろん、エミルのときのような失敗はしない。


 見つからないように建物の上かつ、人目がないところから行くし、それに今の私のスピードは視認することすら難しいから問題ないだろう。


(場所は有名だから知ってるし、これなら、子供にでもできる簡単なお遣いみたいなものだよね~♪)


 そんなことを思いながら、何度味わっても快感である空ならぬ浮遊というか、ホバリングの旅を楽しむ私。


 ……この選択がいかに愚かだったかを知るのは、もう少しあとになる。

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