第27話 賢聖姫……賢聖姫……?

 ……どうしてこうなった。


 人はよく、本当にどうしようもないときにこう思うらしいが、私を間違いないと思う。


 なぜかって?


「マオちゃんってさ、すっごくいい匂いするよねー。なんかつけてたりすんの~?」


「と、特に何も……強いて言うなら、ヤサクニっていう黒い宝珠を少々とか? ですぞよ?あ、あははは……はひゃうっ!」


「……さっきから、よそよそしーから、とりま、甘噛みでお仕置きー」


「ご、ごめんな……ふひゅぅ!」


「敬語使ったからもうひと噛みー♪」


「あ、あはは……」


 本当にどうしようもない状況である今、強くそう思っているからだ。


(……本当に、どうしてこうなったんだっけ?)


 改めて、ちょっと思い出してみる。


 /////////////////////////////////////////////////////////


「ふっふっふっ。ここがトールくんのハウスね」


 トールくんの屋敷を、アオイさんから渡された簡易スマホのカメラズームで覗きつつ、一度行ってみたかったセリフを言う。


 推しキャラの屋敷という、聖地巡礼に近い気分なのでもう少し覗いていたいところだが、今の姿を親が見たら絶句かつ、普通に警察案件なので、とりあえず、さっさとトールくんを置いて帰ることにする。


「目標は……あ、絶対あそこだ」


 やたら奇麗に整備された庭の横にある、大量の素振り用の剣が置いてある空間。


 あれ、絶対トールくんの訓練スペースだ。


「よーい……」


 トールくんをお姫様だっこ、足だけクラウチングスタートっぽくしつつ、前方に自分を引っ張るアポカリプスを多重形成しつつ……


「……どん!」


 ……一気に自分を引っ張らせる!


 この速度は、気持ちだけ光速! 瞬きする間に庭にとう……


 ――ガシャァァァアアアン!


 ちゃく……


「…………」


 まずい。


 非常にまずい。


 なんかすごい音した。


 ていうか、なんか割れる音だった。


 そして……


「な、何が起きた!」


「分からん! とにかく非常事態だ!」


 ……なんか、すっごく騒いでる!


「大変だ!代々、聖女様が張ってきた屋敷の結界が破られてるぞ!」


「なんだと!? まさか、魔王の襲来か!?」


 あ、はい。


 お邪魔してます。


「全員武器を持て! 待機中の者も呼んでこい!」


「これは決戦だ! 必ず勝つぞ!」


 あ、すぐにお暇するので、お構いなく。


「とりあえず、トールくんをここに置いて……と」


「うんうん。その子はそこに置いといてくれればいいよ」


「あ、そうですか。それじゃあここに……よいしょっと」


「気持ちよさそうに寝てるしー。なになに? なんかすっごいことしちゃった感じ?」


「いやいや、ちょっと武術の鍛練をしただけですぞよ」


「まじ? 最近、この子ってば超楽しそうにしてたけど、そんなことしてたかー」


「そうなんですよー。あ、ところで聞いていいですか? ですぞよ?」


「その取って付けたですぞよ、超カワ。あたしもやろっと。それで、聞きたいことはなんですぞよー?」


「……どうすれば、見逃してくれるでしょうか?」


 顔からも、背中からも、というか全身から、緊張のあまり色々な液体ダラダラ垂らしながら命乞いする。


 いやだって、いつのまにか私の後ろにいるこの人、プレッシャーすごいもの!


 背中に、逃げたら殺すよー? みたいなの感じるもの!


 ていうか、なんで私の周りの人は、とりあえず殺しとこっかー♪ みたいなノリで、本気の殺意を飛ばしてくるの!


「んー、とりあえず、名前教えてもらっていい?」


「あ、はい。えーと……マオっていいます。」


 レムリアというわけには行かないので、とりあえず、適当に名乗っておく。


「それじゃあ、マオっち。マオっち可愛いから見逃してあげたいんだけど、あたしって、一応ここで一番エライ人だったりするんよねー」


「そこをなんとか……え? 一番偉い人?」


 この屋敷で一番偉い人……つまりは一族の長的な人だ。


 本来なら、トールくんのご両親とかなんだろうが、おそらく一族代表の証である、『聖闘士』と『賢聖姫』の称号は、トールくんと姉のユーリさんが受け継いでいる。


 つまり、ここで一番エライってことは……


「え? もしかして、『賢聖姫』のユーリさ……はひゅぅ!」


「ありゃ、あたしのこと知ってんだ?」


「あ、ああ、ああああの! その、急に胸の辺りにそういうその、い、悪戯されると困るんですけどぉ! できればその、や、やめてほしいんですけどぉ!」


 な、なんかすっごいことされてる!


 一応今は私の、『胸部的レムリア・ルーゼンシュタイン』が、思いっきり手で色々されてる!


「……悪戯ってなーに?」


「はうっっ!」


 後ろから首筋に息を吹きかけられて、つい声を出してしまう。


「ちゃんと、おっぱい揉むのやめてって言わないとやめてあげなーい♪」


「あ、あの……あのぉ……!」


 まずい!


 なんだったら、この世界に来て一番まずい!


 後ろから漂ってくる香水というか、大人の女性っぽい匂いでなんかクラクラするし、このままされるがままだと、変なのに目覚めそうだし!


「……よーし、決めた!」


 そう言いながら離れてくれたおかげで、私はようやくユーリさんの顔を見る。


 トールくんと同じ褐色の肌に、薄い黄色がかった髪……を、前髪を無造作ヘアーかつ、紫が入ったメッシュ、後ろには軽くウェーブが入り、しかも所々にメイクや、ギャル御用達っぽい装飾品という、いかにも、女子力全開の人がセットしましたと言わんばかりのヘアスタイル。


 聖女のような法衣……ではなく、動きやすいかつ少し派手な服を、ボタン締めずに胸元全開放、スカートは短く、なんなら下着っぽいものが見えているという着こなし。


「ユーリ……さん?」


「あたしのすっぴん知らない系? だったら、一応、改めて挨拶しとこっか」


 ゲームでも、こっちの世界でも見たことがない姿のユーリさんが……


「あたしの名前はユーリ・ブロウン。一応、『賢聖姫』やらせてもらってまーす。とりま、、ふたりでお茶会しよっか、魔王の力をまとった、マオちゃん♪」


 ウィンクしつつ横ピースという、私の知る賢聖姫は絶対にしないポーズをしながら、微笑んできた。

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