第10話 勇者パーティー勢揃い!

「ところで、どうして貴族さまみたいな話し方をしていたのですか?」


 ずっと疑問に思っていたのか、エミルは首をかしげながら聞いてくる。


「えっと……私、一応、公爵家の令嬢だったりするんだけど」


「でも、私やアオイさんと話すときは、今の喋り方じゃないですか」


 その通りだし、周りに人がいるのでレムリア口調をするべきなのだが、エミルに他人行儀になるのは嫌だし、それに……


「お二人で話すときだけは、あの喋り方なんですね」


「尊いですわ……」


 なんだか好意的に受けとめられてるみたいだし、ここは開き直ろう。


「これも、TPOってやつのせいなの」


「なんだか分からないけど、レムリアが言うなら分かりました」


 適当に誤魔化したのに、ちゃんと対応してくれるエミル。


 乙女ゲームって口走っちゃったときもそうだったけど、空気を読んでくれる子なのか、それとも細かいことは考えない派なのか、どちらにしても、エミルは本当に良い子だ。


「ところで、そっちの学級はどう?」


「学校というものが初めてなのでなんとも言えませんが、とりあえず普通だと思います」


 あ、そうか。

 エミルは魔王復活に合わせて誕生する勇者……いわゆる、精霊に選ばれた子。

 なので、最近まで魔法は使えず、孤児院で暮らす普通の女の子だったのだ。

 たしか設定だと、勉強はしていたが学校は初めてだったはず。


「そういえば、貴族さまたちがよく話している、生徒会長さんにも会いましたよ」


「えっ、本当に!?」


 それは朗報!


 グッドエンドは、おそらくエミルと誰かが結ばれるものだろうから、フラグが建つのは大歓迎!

 生徒会長のロナードは、まあその……ああなってしまったが、ヒロインであるエミルの前では……


「頭から地面に突っ込んでいたので、畑耕し君で適当に掘り出しておきました」


「あ、そう……」


 ごめんロナード……今日も私が地面に埋めたせいで、またエミルとのフラグが建たなかったね。

 もうロナードは、攻略対象キャラとしてダメかもしれない。


「ちなみに、畑耕し君って……」


「ああ、私の友達です。ランプ替わりと同じで、いつの間にか私のそばにいてくれた子です」


 ということは、土の精霊ノームか。

 ……お手数おかけします、畑耕し君。


「そっか。朝から災難だったね」


「いえ、掘り出したのは私じゃないので、災難というわけではないのですが……」


 エミルが珍しく、ちょっと困った顔をする。

 もしかして、何かあったのだろうか?


「……実は、生徒会長さんの救出したときに、近くにいた子供の貴族さまが……」


「誰が子供だぁ~!」


 教室中に響き渡るこの声は……!

 良いセリフのとき、ベッドの中でじたばたしつつ、枕に顔押し付けながら悶えながら聞いていたこの声は……!


「見つけたぞ、不思議魔法女! もう一度、オレと勝負しろ!」


「あ、この子です。えっと名前は……とーさんでしたか?」


「トール! トール・ブロウンだ!」


 やっぱりそうだ!

 褐色の肌と銀色の髪を持ち、うっすらと見える八重歯!

 私の推しキャラ! 生意気でちょっとヘタレなのに、たまに優しい! そしてカワイイ!

 しかも、この子供の見た目なのに、ヒロインであるエミルより年上! このギャップ大好き!


「それより、決着はまだついてねえぞ!」


「そう言われても……」


「えっと……エミル。詳しい状況を聞いてもいい?」


「詳しい状況……この貴族さまが生徒会長さんの救出の為に地面を割ろうとしていたのですが、時間がかかっていたので畑耕し君を呼んで助けてもらいました。そしたら、決闘を挑まれまして……」


「ふむふむ」


「私自身に戦う力はないので断ったのですが、強引に襲ってきまして。そしたら、私を守るために畑耕し君が、この子を頭から地面に叩きこんで、生徒会長さんみたいになって気絶したみたいです」


「き、気絶してねーし! ちょっと体力回復のために寝てただけだし! それと、襲ったとかいうな! ちゃんと決闘って言っただろうが!」


「ですから、それは断ったじゃないですか」


「お前もその不思議魔法で反撃したんだから合意だ!」


 ……なるほど、トールくんの悪い癖が出た感じか。

 トールくんは、ロナードと同じいわゆる勇者パーティーであり、魔王と戦う勇者を助ける聖戦士の称号、『聖闘士』の持ち主。


 先代の勇者と共に戦い、魔王討伐後に結ばれた戦士と僧侶の末裔なのだが……実はトールくんはそんなに強くない。

 同じ聖戦士の称号を持つ『聖騎士』ロナードには一度も勝てたことがないし、なんなら魔法学校の上級生にも負けてしまう。


 そして、トールくんは負けるとどうなるかというと……


「とにかく、オレはまだ負けてねえ! 決闘の続きをするから、あの不思議魔法で戦える奴を呼び出せよ!」


 ……このように、自分が勝つまでなんどでも戦いを挑んでくるのだ。

 まあ、そんなところもちょっと可愛いのだが。


(それにしても、トールくんとエミルの出会いがこんなに早いとは……)


 私とエミルの出会いもそうだが、どうもゲームとは違う展開が増えてきている。

 まあ相変わらず、ロナードが地面に埋まってたせいでこんなイベントになっているから、またしても私のせいなわけだが。


 とりあえず、今回も不可抗力ということで、アオイさんにやらかしがバレないようにしつつ、大いに反省して次に活かすという方向で開き直ろう。


「……あっ! お前は!」


 今気付いたのか、私を見るトール君。

 推しキャラがこっちを見てくれているだけでも幸せだけど、どうやら私(レムリア)のことを知ってくれているようだ。


 レムリア(アオイさん)と初めて会ったときのようなこの胸の高鳴り……しかもアオイさんと違って、見た目もちゃんとゲーム通り!

 これが噂の、テン上げというやつか!


「ロナードを気持ち悪……変な奴にした女!」


 え……私ってそんな扱い?

 あと、なんとか踏みとどまっていたが、やっぱり今のロナードは、知っている人から見ても気持ち悪いようだ。


「言っている意味が分からないのだけど。それに、その物言いは失礼ではなくて?」


 推しキャラと言葉を交わすという夢のような状況でも、あくまで冷静になりつつ、完璧なレムリアトレースをする。


 ふっ、推しの前では、精いっぱい自分を良く見せようとするのがファンなのです。


「最近のロナードは、屋敷に会いに行ったらお前の肖像画に抱き着いているし、部屋はお前の人形だらけだし、剣振りながらお前の名前叫ぶし、とにかく、その……気持ち悪いんだよ!」


 うわ~……知りたくなかったな~その情報……

 トールくんもフォローの限界なのか、気持ち悪いってモロに言っちゃってるし。


「ロナードは、いつか復活する魔王と戦う仲間だ! そんな仲間をあんな風にした奴をオレは許さねえ!」


 叫びながら、右手に輝く剣を出現させる。


(あれは……闘気剣だ!)


 トール君の先祖であり、勇者と共に戦った戦士の奥義。


 絶対に折れず、そして最強の破壊力の武器を求めた結果、自分の魔力を剣に変えればいいという、頭いいんだか脳筋なんだか分からない理論の元に編み出された技で、その破壊力は山をも切り裂くとされている。


 その魔力を直接相手にぶつけた方がいいのでは? と一瞬頭によぎるが、これはロマンなのだ。


 ちなみに、その最強の破壊力という設定のせいで、ストーリー的に扱いに困ったのか、この攻撃は相手にクリーンヒットしたことがなく、この最強攻撃を上手くいなすことで、相手の強キャラ演出となるのがお約束となっている。


 そのせいで、トールくんはかませキャラまっしぐらなのだが、そこがいいのだ!


「……!? それは、いくらなんでもやりすぎです!」


 エミルが珍しく焦った顔でトールくんを止める。

 肩の上に、見知らぬ精霊……たぶん、シルフかな? がいるので、おそらく闘気剣のことを聞いたのだろう。


(自分も危ないのに、私のために行動してくれるんだね……)


 本当に……本当に嬉しい。

 エミルがどのキャラのルートに行くかは分からないけど、たまにでいいから、そうやって私にも優しさを向けてほしいものだ。


「大丈夫よ。エミルは危ないから下がっていて」


「でも……」


「大丈夫だから」


 心配そうにするエミルの頭を軽く撫で、後ろに下がらせる。


「へえ、良い度胸してるじゃねえか。」


 本来なら、剣持った相手とか逃げる一択なのだが、私が逃げたら結局エミルが危なくなるし、それにきっと、アオイさん……レムリアなら逃げない。

 あの人の名前を汚さないためにも、ここは私が戦うべきなのだ。


(……って、カッコつけてるけど、たぶん逃げない理由の大半はアポカリプスを使えることなんだろうなぁ)


 魔物と戦っていたときに分かったが、はっきり言って、アポカリプスは戦闘でもチートだ。

 それに、一応だが、武器を持った人間の対処法は習っているし、なんども決闘をしてきたレムリアの記憶のおかげか、恐怖もない。


「食らえ! 闘気剣!」


 思いっきり剣を振り下ろしてくるが、慌てずに私の周りに複数のアポカリプスを発動させる。

 そして、その中のひとつをトールくんの闘気剣を持つ手に発動させる。


 すると、どうなるかというと……


「……なっ!」


 トールくんの剣を持つ腕が引っ張られて、剣をありえない方向に振ることになる。


「こ、このっ!」


 崩れた体制から、なんとか横薙ぎで攻撃してくるトールくん。

 横薙ぎは剣の軌道を逸らしての対処は難しいので、今度は私を剣が当たらない位置まで、アポカリプスを使って高速移動する。


「……ちくしょう! このっ! この~っ!」


 トールくんはその後も攻撃を仕掛けてくるが、結果はすべて同じだ。

 うーん、やっぱりこういう戦闘でアポカリプスはチートすぎる。


(それにしても、トールくんって、本当に強くはないんだね)


 なんども攻撃を仕掛けてくるトールくんの動きを見て、本当に設定どおりだなと思ってしまう。


 真っすぐ突進しての大振り、その後の連撃を避けられたらバックステップで仕切り直して再度大振り……ヒットアンドアウェイといえば聞こえはいいが、剣術の動きとは少し違うと思う。


 もちろん、闘気剣は当たりさえすれば凶悪なので、戦い方としては合っているのだが、剣のリーチを活かせていないような気がする。


「……くそっ! なんなんだよ、お前は!」


 徐々に、肩で息をするトールくん。

 まあ、あんな戦い方をしていれば、スタミナ切れもするだろう。


(……トールくんには申し訳ないけど、アポカリプスを使わなくても良かったかも)


 同じ大振りでも、アニメとかで見る示現流みたいに最速で斬撃を放てるように構えて一撃を放ってくるとかなら脅威かもしれないが、トールくんのは、はっきり言って力任せに振っているだけだ。


 間合いを取ってさえいれば……


「……くっ!」


 動きの隙が大きくなり、簡単に接近できてしまう。


(本来なら、ここでロナードにも使ったコンビネーションを入れられるけど……)


「な……ぐおっ!?」


 ここは手堅く、出足払いで一本としておこう。


「あ、あれ……?」


 戸惑うトールくん。

 投げられたのに、痛みがないことに驚いているのだろう。


 ふっふっふっ、柔道は、倒れる寸前に相手を引っ張って相手が怪我をしないようにするのだ。

 こういう、武道の精神は大好きだ。


 ……まあ、ロナードは容赦なくぶん投げている上に、アポカリプス併用しているから、頭からいっているが。

 ちなみにこれ、本当の柔道なら反則っていうか、下手すれば相手は死ぬので絶対にやらない。


「まだやるのかしら?」


 相手は倒れていて無防備、今なら絞め技から関節技までやりたい放題で、完全に勝負ありの状態なのだが……


「い、今のはまぐれだ! まだオレは負けてねえ!」


 私の組手を振りほどき、立ち上がりながら、間合いを取りつつ闘気剣を構えてくる。

 それでこそ、トールくん!

 言っていることが完全にやられキャラだが、その一生懸命さが可愛い私の推しキャラ!


「今度こそ仕留めてやる!」


 そう言いながら、またしても突進してくる。

 相変わらずで隙だらけだし、これはまた出足払いで止めようと思った瞬間に……


「……いい加減にしてください」


 強烈な光がエミルから放たれる。

 そして、ゲームで見たすべての精霊が現れ、右手には光、足には地、背中には風、頭に炎、胸に水と、それぞれの精霊が吸い込まれていく。


 そして、強烈な光がやむと……


「な、なんだよその姿……」


 そこには、制服ではない、鎧とドレスの中間のような服をまとい、目や髪の色など、容姿が変化したエミルがいた。


(こ、これって……精霊憑依……!?」


 ゲームを知る私は、この魔法を見たことがある。

 精霊と心を通わせ、心を一つにした勇者にのみ扱える、究極の精霊魔法。


 いわゆる主人公の最終戦闘フォームみたいなもので、完全な魔王となったレムリアに対抗できる唯一の存在。

 まあ私がこれを見たのはバッドエンドなので、魔王レムリアが強すぎて大体返り討ちにあっているのだが。


「な、なんだか知らねえが、やる気になったってことだよな! まずは、お前から片付けてやるよ!」


 そう言いながら、標的をエミルに変えるトールくん。

 だが、エミルはトールくんをまったく恐れず、それどころかさらなる怒りの目を向ける。


「レムリアに止められたので黙って見ていましたが……これ以上は私も、この子たちも許せないって言ってます」


 右手に光が集まり、それは徐々に弓へと変わる。

 左手には火、水、風、土が集まり、四色に輝く光の矢に。


「……少し痛くしますので、覚悟してください」


 そう言いながら、光の弓に四精霊の矢をつがえ、ゆっくりとトールくんに向けて弓を引く。


「こ、こけおどしだ! そんな矢、俺の闘気剣で叩き落として……」


 トールくんは闘気剣で、あの精霊の矢を迎撃しようとしているが……


「私たちの怒り……受けてください」


「なっ……うおぉあぁぁ~!」


 放たれた矢は、彗星のごとく巨大な光の塊となり、トールくんを飲み込んでいく。

 まあ、エミルも手加減しているみたいだし、大丈夫だと思うけど……え、大丈夫だよね?


 さすがに、アポカリプスで助けた方が……


「……セイクリッドフォートレス!」


 その声と同時に、トールくんの前に白く輝く盾が現れる。

 そして……


「聖煌殻……!」


 その盾の中心には、白く輝く光をまとったロナードが立つ。


「……くぅっ!」


 白く輝く光の盾がすべて消し飛ばされても、防御の構えを崩さず、精霊の矢を必死に止めるロナード。

 凛々しい……攻略対象キャラとしてダメかもしれないとか言ってごめんなさい。

 その立派な姿、攻略対象キャラに相応しいよ。


「うおあぁあぁぁあ~!」


 あ……トールくんもろとも吹っ飛ばされた。


 そして、光の矢はロナードもろとも教室の壁を貫通し、ふたつぐらい隣の教室の壁辺りで消える。


「……」


 ……垂直に頭から壁に突き刺さっている、ロナードとトールくんを残して。

 トールくんはやられ姿も可愛いからいいが、相変わらず何かしらに頭から突き刺さるロナード。

 やっぱりロナードは、攻略対象キャラとしてダメかもしれない。


「……私の防御魔法はともかく、『聖騎士』の最大防御技を難なく貫くなんて、驚きです」


 そこに、トールくんと同じ褐色の肌に、薄い黄色がかった髪をなびかせて少女が現れる。

 もちろん私は、この人のことを知っている。

 トールくんの双子の姉で、『賢聖姫』の称号を持つ完全無欠の聖女。

 誰にでも優しく、精霊魔法が普通の魔法でないと知ったエミルにも優しく接し、支えてくれる優しいお姉さんキャラだ。


「私の名はユーリ・ブロウン。お会いできて光栄ですわ、エルミ・ウィンスターさん

 ……いえ、世界を守護する精霊に選ばれし勇者様」


 ……え?


「勇者様って……あの編入生が!?」


「で、では、今のが伝承にある精霊魔法……どうりで、あんな事ができるわけですわ」


 勇者の出現にざわつく一同。

 ちなみに、精霊の矢が教室をふたつほどぶち抜いたせいで野次馬が増えており、もはや演説状態だ。


(ちょっ、早い早い! 展開早い! エミルが勇者としてバレるのって、攻略キャラが決定したあとの共通イベントだよね!? 精霊魔法が、普通の魔法とは違うって悩むイベントが無くなっちゃうじゃん!)


 下手をすれば、周りでざわつくクラスメイト以上に混乱する私。

 たしかにゲームでも、精霊憑依を使ったことで勇者であることが確定となる。

 エミルが精霊憑依をいきなり使ってしまったのだから、このイベントが発生するのは納得はするが、そこに至るまでのイベントがもはや破綻している。


(理由は分からないけど、このイベントが発生したってことは、攻略キャラが決定したってことだよね?)


 現在登場している攻略対象キャラは、ロナード、ヴラド、トールくん。

 ヴラドは接点がないだろうし……


「オバイデキテゴウエイデフ、ビュウシャサマ」


 さすがに、この状態のロナードとフラグが建つとは思えない。

 というか、本当によく顔から突き刺さった状態で喋れるものだ。


(だとしたら、今のところ一番接点があるトールくんかな?)


 そこまで発展しているようには見えないけど、エミルも満更でもないのかもしれない。

 推しキャラと友達(候補)の恋……これは応援しがいがあるというものだ。

 そう思いながら、エミルの方を見てみると……


「…………」


 ……あれ? なんだか怒ってる?

 というか、精霊憑依も解除してないし、なんならもう一発、精霊の矢を撃ちこむ気満々に見えるんですけど……?


「……わけの分からないことを言ってる暇があったら、まずやるべきことがあるのでは?」


「えっと……なんのことでしょうか、勇者様?」


 もはや威圧感すら感じるエミルに、ユーリさんが焦っている……というか、もはや怯えている。

 このシーンだけ見たら、むしろエミルが魔王なのでは? とすら感じちゃうぐらいだ。


「私は別にいいです。貴族さまが無茶を言ってくるのは慣れているので。だけど、あそこの貴族さまがしたことを謝るというなら、一番に謝るべき人がいるんじゃないですか?」


 そんな人いないような……と思っていたら、二人の目線が私に集まる。


(……あ! 私か!)


 そういえば、いきなりトールくんに襲われたんだった!


「大変失礼いたしました。申し訳ありません、レムリア・ルーゼンシュタイン様」


「ああ、全然気にしなくていいで……いいわ。危害を加えたという意味なら、こちらも同じだしね」


 ダメージはないようにしたけど、思いっきり投げちゃったし。

 とりあえず、これで治まるかなと思ったけど……


「甘いです、レムリア。もっと強く言ってください」


 未だに戦闘態勢のエミル。

 うーむ、これは本気で怒っているな。


「……なんだったら、あそこにいる貴族さまが暫く剣を振れないように、もう一度矢を撃ち込んでおきましょうか? そこの貴族さまと生徒会長さんが邪魔しようが、貫いてみせますので」


「そ、そこまでしなくても……え?」


 そこで初めて、エミルに起きていることに気づく。


「だって、あの人を放っておいたら……またレムリアが危ない目にあうじゃないですか……」


 目に涙を浮かべながら、私を見るエミル。


(そっか……エミルは私のために……)


 そんなエミルの頭を撫でながら、優しく声をかける。


「……大丈夫だよ、エミル。私、こう見えても強いから」


「……はい」


 そして、ようやく落ち着いてくれたのか、精霊憑依を解く。

 ……本当にありがとうね、エミル。


「……改めまして、大変失礼いたしました、レムリア様。後ほど、あちらの弟にも謝罪させます」


 う……聖女で滅多に表情を崩さない、あのユーリさんが本気で申し訳なさそうにしている。

 この空気をなんとかしなければ……そうだ!


「その必要はないわ。だって、私とトール様は決闘していただけなのだから」


「決闘……?」


「ええ。私はトール様の決闘をしただけ。決闘は私闘ではなく、両者が認め合うことで行われる神聖な戦いの儀。なので、トール様に非はないわ」


 本日二度目、完璧レムリアトレース!

 レムリアがエミルの力を試すためにちょっかいを出し、決闘といって教師たちを誤魔化すという悪役令嬢ムーブをしたときのセリフを丸パクリ!


「さて、決闘はお終い。授業に戻りましょう」


 そして、締めも華麗に、優雅に決める。

 よくやったぞ私! これにはアオイさんもびっくりして、「やるじゃない。その……友達になってあげてもいいわよ?」と言ってくれるはず!


 ――パチパチパチ。


 拍手まで響き渡っており、私を祝福している。

 これはもう……


「見事にこの場を治めていただいたところ申し訳ないのですが、この半壊した教室で、どうやって授業をするのでしょうか?」


 ……説教の始まりだろう。

 まずい、騒ぎを聞いて駆け付けたであろう、ヴラムの放っている怒りのオーラは、アオイさんに匹敵する。


「……そうだったわね。では皆さん、自習室に移動しましょうか」


 ここは、レムリアムーブで誤魔化し、その場を去る! これしかない!


「そうですね。他の生徒は自習室に移動してください。レムリア嬢とエミル嬢は教員室にまで来るように。それと、ユーリ嬢。トール君たちの治療をお願いします。終わったら、校長室に来るように言ってください」


 ……ですよね~。

 まぁ、どっちみちエミルを残して去るなんてできないし、ここは諦めるか。


「ごめんなさいレムリア。私のせいで……」


「一緒に暴れたんだから当然!  ほら、早く……」


「……」


 え、なんだか、ユーリさんがこっちをずっと見てるだけど……私、何かした?

 いやまあ、弟を投げちゃったけど……


「……」


 うっ、近づいてくる……

 これはあれかな、うちの弟をよくも! みたいにビンタされるやつかな?


(でも、そんなブラコンキャラじゃなかったような……ていうかそもそも、私ってユーリさんのこと全然知らないかも)


 ゲームで、ユーリって会いに行ける選択肢が何回かあったけど、他のキャラと被るから見てないんだよね。

 たしかユーリは、『賢聖姫』の称号を持っていて、勇者パーティーの僧侶の力を受け継いでいるが、どちらかというあらゆる魔法を使いこなす賢者だったはず。

 年齢はトールくんと同じで、レムリアの一つ上。

 生徒会副会長で、トールくんルート(バッドエンド)だと、普通に美人で優しいお姉さんって感じだったけど……


「……ふ~ん」


 って、近っ!

 この世界の人たちは全体的に距離感がおかしいが、ユーリさんは特別おかしい!

 なんか、もう目の前まで顔が……


「……唾つけとこっと♪」


「えっ……ひゃうっ!?」


 耳元で囁かれ、しかも、首辺りを……その……


「では、弟たちを治療して参りますね」


 こっちは刺激が強すぎて倒れそうっていうのに、優雅にカーテシーを決めて去っていくユーリさん。


「……」


「ちょ、ちょっとエミル! なんでまた、さっきの格好になってるの!?」


「あ、ごめんなさい。なんだか無意識に……ところで、さっきの人に耳元で何かされてませんでした?」


「えっ、べ、別に何もされてないけど……?」


「そうですか」


「いや、だからなんで矢を構えてるの!?」


「あ、ごめんなさい。なんだか無意識に……」


 いやたぶんその矢、無意識にぶっ放したらマズい系だと思うよ!?


(それにしても……ゲームとの違いがさすがに放置できないレベルになってきたかも)


 まあその、ちょっとだけ私のせいかもしれないが、ここまで変化するとさすがにアオイさんに相談すべきかも。


「ふ・た・り・と・も? そろそろ来てくれないと、強制連行しますよ?」


「はーい……」


 とりあえず、今やれることはヴラムに怒られることなので、エミルと一緒に、教員室へと向かうとしようかな。

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