05 【飢餓のテクセリア】(前半)



「明日から、レオお嬢様の魔法の修練は、お庭に結界を張ってやることにいたしましょうか」


 おさげの先を焦がしたブリジットが、疲れた顔でそう言いました。

 爆発の瞬間、無詠唱で防御魔法を発動したとかなんとか。なお、わたくしにも防御魔法を張ってくれたそうで、自爆して死ぬ悲劇は避けられましたの。良かったですわ、マジで。


「ごめんなさいですの、ブリジット。【飢餓】のこと、言っておくべきでしたわ」

「レオお嬢様は悪くありません。それは、旦那様と奥様が、私に伝えておくべきことですから。お部屋がめちゃくちゃになってしまいましたし、レオお嬢様だって、その、お怪我をしていたかもしれないのですよ?」


 言葉を濁しましたけれど、怪我ではすまなかったでしょうね。部屋がひとつ吹き飛んでしまいましたし、普通に死んじゃっていたはずですの。

 ブリジットが恨みがましく言う先には、爆発を聞きつけてやってきた、二人の男女がいます。

 茶髪碧眼の我が父ルシアン・リュドア・ラシュレーと、艶やかな金髪の母ルイーズ。

 どちらもにこやかな笑顔を浮かべた、いかにもちゃらんぽらんそうな貴族ですわ。貴族ながらに冒険者として活躍し、"黒の森"の開拓を進めた功績をたたえられて、レヴェイヨン王からこの領地を賜ったとか。

 ……黒焦げの部屋の床に座らされて、十三歳のメイドさんに怒られている姿からは、武功で出世した貴族とは思えませんわねぇ。


「はっはっは、ブリジットがいてよかったよ。さすがは"赤毛の博学"だ。魔法学校を飛び級、首席で卒業しただけのことはある。……今回の事故について、防いでもらったことはありがたい。特別に給与を弾むよ。ルイーズ、いいかい?」

「もちろんよ、あなた。ブリジット、いつものところに送ればいいかしら?」

「……わかりました。お金を送ってもらえるなら、かまいません。【飢餓】のことは、他の者に言わないようにしておきます」

「ああ、そうしてくれ。――秘密の力にしておいたほうが、いざというときに格好つけられるからな!」

「そうよね、あなた! 冒険者たるもの、奥の手の一つや二つ、隠し持っておきませんと! ピンチになってから始めて『やれやれ、仕方ありませんね』とか言いながらしぶしぶ能力を開帳するのが戦闘の醍醐味ですもの!」


 あの、わたくし、冒険者じゃなくて聖女ですし、そもそも六歳の幼女なのですけれど。この両親、大丈夫ですの?

 天上教会が「聖女ってそういうもん」と定めているとはいえ、前世の記憶を持つ転生者であるわたくしに娘として接してくれるあたり、大雑把さと大らかさは紙一重……、とでも言いましょうか。素敵な両親ではあるのですけれどね。

 ブリジットも呆れ顔で溜息を吐いて、わたくしに向き直りました。


「よいですか、レオお嬢様。通常、生き物は魔力を溜められません。精気を回して魔力を生み出し、魔法を使う都度に消費する――、そういうものなのです」

「……え? ど、どういうことですの?」

「魔力の強さとは『一度にどれだけたくさん生み出せるかの瞬発力』でもあるのです。修練を積むことで、より速く、多くの魔力を生成できます。ですが、レオお嬢様の【飢餓】はその前提を覆しているのです」


 ……わたくしは、精気を回して魔力を生み出す必要がない、ということ?

 魔臓に貯蓄された魔力を、そのまま、好きなだけ取り出せるわけですものね。


「属性の才能の泉に例えるなら、魔力はその才能の泉からどれだけの水を汲み上げられるかを決める、容器の大きさや力の強さにあたるのですね?」

「そうです。ゆえに、限られた魔力から大きな成果を得る――それが魔法の基本です。極論を言えば、杖も詠唱も、効率化のための道具に過ぎません。ですが、レオ嬢様は莫大な魔力にものを言わせて、生身の"指先"だけで大爆発を引き起こせてしまいます」


 このように――、とブリジットが黒焦げになったお部屋を示します。両親は炭化した椅子を眺めながら「これはこれでクールじゃないか」「そうね、あなた」なんて呑気に話しておりますけれど、大惨事ですの。

 通常の魔力がバケツリレーだとすれば、わたくしの【飢餓】は水を吸い上げるポンプと散水車のようなものなのでしょう。


「……二度と、こういった事故を起こさないようにするには、わたくしはどうすればいいですの? ブリジット、教えてくださいませ」

「魔力の精密な操作をおぼえましょう。取り出す魔力を細く絞り、ごく少量ずつ扱えるように。けれど、レオお嬢様がなにより先に習得すべきは、魔法ではなく身体強化だと思います」


 身体強化? 首をかしげていると、両親が嬉しそうに立ち上がった。


「それなら、私の得手だ。見てごらん、レオノル」


 お父様は、右手の親指と人差し指で、炭化した椅子の背もたれをつまんで、そのままヒョイと持ち上げましたの。すごい怪力ですわ。

 ブリジットが「このように――」と解説を付け加えてくれます。


「――魔力を魔法として体外に発するのではなく、身体内で循環させることで、魔法使いは超人的な力を発揮することが可能です。怪力を得るだけでなく、頑強さも得られます」

「よし、実演だな。ルイーズ、頼む」

「ええ、あなた」


 お母様が、黒こげの長机を軽々と持ち上げて振り回し、お父様をぶん殴りましたの。机が衝撃で真っ二つに割れ、破片がばらばら床に降り注ぎ……え? えっ!?


「な、なにをやっているんですの!?」

「慌てるな、レオノル。この通り、無傷だ」


 お父様が親指を立ててニカッと笑います。本当に無傷ですの。我が父ながら、おかしな方ですけれど、意図は伝わりました。


「まずは、自分の身を守れるように、ということですわね?」

「ええ。レオお嬢様が、ご自身の魔法でご自身を傷つけてしまわないように。そうでなくては、危なくて魔法の修練などできませんから」


 わたくしも、下手な魔法で他者を傷つけたくはありません。

 そういうわけで、翌日から、日常的に全身に魔力を循環させて強化する、二十四時間身体強化特訓生活が始まりましたの。

 せっかく生まれ変わりましたのに、自爆で死にたくはありませんものね。


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