04 魔法のお勉強(後半)



 曰く、魔法には五つの属性があるそうですの。

 ブリジットが教本代わりに持ってきてくれた絵本は、魔法使いのおじいさんが世界中を旅して困っている人の助けになるという、わかりやすい物語でした。


「火、風、水、土、空……。たいてい人は、そのうち一つの属性の扱いが得意ですけれど、他の属性も使えなくはない、と。でも、空属性ってなんですの? 飛べるんですの?」

「いわゆるエーテル、この世界でもっとも高い場所、"天上"を構成する属性です。歴代の聖人、聖女が色濃く持つ力とされていて、ほかの四つの属性にはない、物を触れずに動かす力や、聖なる祈りの魔法、あとは呪術なども該当します」


 "天上"なのに呪術ですの? と思ったりもしましたけれど、地球にだって死を司ったり旦那に呪いをかけたりする女神様はいましたものね。

 使い方が違うだけで、本質的には同じカテゴリなのでしょう。


「てことは、わたくしも空属性が得意なのかしら」

「大司教様からありがたい聖句を授かったでしょう? あの聖女認定の儀の聖句も、祝福の力が込められた空属性魔法なのですが、なにか感じ取ったりはされませんでしたか?」

「あー、あの長くてかったるいやつ。カブト虫が四回出てきたことしか覚えておりませんの」

「長くてかったるいとはまた……。いえ、カブト虫は一回も出てきていませんよ」


 ちょっと記憶違いがあるようですわね。もうちょっと真面目に聞いておくべきでしたわ。気を取り直して、絵本をめくります。ページの上で、おじいさんが巨大な炎を操り、真っ黒なライオンと戦っていました。


「ブリジット、それでは、このデッカい炎は火属性の魔法なのですね?」

「ええ。聖人ジャンが操っている魔法は、正しくは火属性の上位属性、炎属性の魔法ですね。"黒の森"の"死を告げる黒獅子リオン・ノワール"を退治する場面……、"黒獅子"は空属性から派生した死属性を扱うモンスターです」


 単語が急に増えましたの。


「じょ、上位属性に、派生で死属性? 五大属性以外にも、属性がありますの?」

「五大はあくまで五大で……。そうですね、説明が難しいのですけれど、五大属性とは、大きな泉だとお考え下さい。自分自身の中にある、力の泉です」


 言われた通り、想像してみる。五つの、大きな湧泉があって……。


「火属性が得意な者は、火属性の泉を拡張し、大きな湖にすることができます。この湖が、炎属性です。学術的な区分で言えば、詠唱単位で単独詠唱シャント・ユニク二重詠唱ドゥブル・シャントかで分けられます」


 一所懸命に湧泉を開拓して、大きな湖に。なるほど、修練を積めば、上位属性の魔法を使えるようになる……、という感じでしょうか。


「では、属性の派生とは?」

「火属性の泉の近くで別の穴を掘れば、同じ地下水脈から水を汲み上げられる井戸になるでしょう? その井戸は、根は火属性の泉と同じですが、まったく同じ泉とも、拡張した湖とも呼べません。これが属性の派生です。……あと、もうひとつ」


 ブリジットはページをめくって、おじいさんが雷雨を呼ぶ場面を指で示します。


「泉と泉のあいだに河を引いて繋げ、ちょうど中心にため池を作るとします。水と風の泉のあいだに作られたため池は、属性が複合し、雷属性などに変化することがあります。これが複合属性ですね」

「どのような特訓をすれば、属性が派生しますの? あと、派生した属性や、複合属性の学術的な区分は、どうなっているのかしら」

「……レオお嬢様は、本当に聡くていらっしゃいますね。さすがは聖女様です」


 教えがいがあります、とブリジットは嬉しそうに微笑みます。


「死の淵に瀕した者が空属性から治癒属性に派生したり、親子五代にわたって鍛冶を営んでいた一族が火と土から炉属性を複合したり……、いろいろなきっかけがあるようで、修練すれば身に着くというものではないようです」


 ある種のイレギュラー、というわけですか。


「区分としては、派生属性も複合属性も"二重詠唱"以上で、上位属性に分類されています。五大属性の泉から直接水を汲むもの以外は、基本的に上位同等だと考えて間違いないでしょう。詳しくは、学園に上がれば学べます」


 学校。学校ですか……。六歳から十歳までは家庭教育で、十一歳になったら魔法学園に入学することになっております。なかなかアカデミックなことを勉強させられそうですわね。前世では、親がいないこともあってバイト漬けの青春で、高校卒業後はすぐに就職しましたし、いろいろ楽しみですの。


「ただ、レオお嬢様。大切なのは、基礎でございます。派生にせよ、複合にせよ、得意な属性があってこそ。まずは魔力を感じて、己の中央にある泉がどんな泉なのか、確認する必要がありますね。よいですか、私の言うとおりにリラックスして、呼吸してくださいませ」


 言われるがまま、ゆっくりと鼻から吸って口から出す。精気を回し、魔力を生んで、それを感じられるよう意識する。……なんか、ヨガみたいですわね。

 しばらく呼吸を続けていると、おなかの中心、みぞおちのあたりから、じわりじわりと熱が染み出してくるのを感じます。これが魔力なのでしょうか。


「……たぶん、感じられたと思いますの」

「では、初歩の魔法を使ってみましょう。魔力を、指先に送るよう念じてくださいませ」


 ブリジットが人差し指をくるっと回せば、その先端に明るい火が灯ります。ライターを使った手品みたいですわね。


「"指先クル"と呼ばれる、属性の力を指先に灯すだけの、初歩の呪文です。まずは火属性から試してみましょうか。杖は必要ありませんから、人差し指でこう、くるりと円を描いて、"火の指先クル・ド・フォウ"と唱えてください」


 いよいよ、魔法の実践ですの。どきどきしながら、わたくしは人差し指を立てて、その先端に魔力を送り込みます。


「……いきますわよ。"火の指先"っ!」


 えいっ! と渾身の気合いと共に、指をくるりと回します。すると――


 ――キュボッ!!


 と、爆音を上げて、わたくしの指先から巨大な炎が迸り、お部屋が大爆発いたしました。

 あらま。


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