第57話 遺言ですから

 ねこ先輩の推理を聞き終わって、恭子きょうこが言う。


「……私から付け加えることは、なにもありません」少しスッキリしたような笑顔だった。「黒猫先輩……すごいですね。もうしばらくはバレないと思ってたんですけど」

「最終的にバレるのは想定済みかい?」

「そうですね……3人に復讐を終えるまで時間稼ぎができれば良いと思っていました」


 最後の1人……私を殺すまでバレなければそれで良かった。


「キミの誤算は3つある。1つは草薙くさなぎさんの行動。そしてもう1つは――」

たまちゃんが疑われたこと、ですね」私が疑われたのが、想定外? 「たまちゃんが警察にマークされ始めて、動きづらかったです。もっと早く殺せる予定だったんですけど……」


 ……警察の人たちが私を尾行したりしていたから、恭子きょうこは私に近づけなかった。


 そう考えると……あの失礼な警察官2人にも感謝だな。私の命を守ってくれたのだから。


 ……恭子きょうこの復讐の邪魔をしたと考えるなら、許せないけれど。


「そして最後の誤算だ」恭子きょうこが私を殺せなかった最後の理由。「世話のかかる妹が、本気でかわいく思えてしまった」


 ……私のことが……


「おこがましいですよね」恭子きょうこはため息をつく、「美築みつきを殺しておいて……たまちゃんと友達でいたいなんて考えました。私みたいな殺人鬼に……そんな権利はないというのに」


 友達になるのに、友達でいるのに権利なんていらない。


「さて……」恭子きょうこはすべてを諦めたように天井を見上げてから、「これから、どうします? 警察に突き出すというのなら、従いますが」

「僕に決める権限はないな。好きにすれば良い」

「……逃げるかもしれませんよ?」

「それも含めて好きにすれば良いさ。キミはもう復讐を成し遂げたんだ。これ以上……罪を重ねることもあるまい」

「……探偵らしからぬ発言ですね」

「僕は探偵じゃない。ただの一般人だからな。キミがこれ以降どうしようが、興味ないよ」

「……変な人ですね……」


 それはそう。ねこ先輩が変な人だなんて、言うまでもない。


 それから恭子きょうこが伸びをして、


「さてと……じゃあ、行ってきますね」


 そう言って、恭子きょうこは出口に向けて歩き始めた。ねこ先輩も止める様子がなかったので、


「ど、どこに行くの?」

「さぁ……どこでしょう。とりあえず……しばらく会えなくなるとは思います」


 しばらく……ということは、永遠に会えなくなるわけじゃないようだ。それだけは安心した。美築みつきのところに行くと言い出すのかと思っていた。


 だけれど……しばらく会えないのなら、ここで聞いておかなければならないことがある。


恭子きょうこ……」

「……なんでしょう?」

「後悔は、してる?」


 尸位しい先生を殺したこと。そして……大切な親友を殺したこと。


 恭子きょうこは振り返って、しっかりと私を見つめた。


「後悔はありません」強い目だった。本心からの言葉に見えた。「唯一あるとするなら、あなたを殺しそこねたことですよ。たまちゃん」


 親友を殺したことも先生を殺したことも後悔していない。

 ただ、完璧な復讐を成し遂げられなかったことが後悔。


 だったら……


「……だったら、私のことは……殺さなくていいの?」

「本来なら殺したいですが……まぁ、美築みつきに免じて許してあげましょう」

「……美築みつきに……?」

「はい。美築みつきの……遺言ですから」


 美築みつきの遺言。美築みつきが死ぬ直前に残した最後の言葉。


たまちゃんだけは殺さないでほしい」それが……私たちの親友の最後の言葉。「親友の……命をかけた頼みですからね。それくらい……守りますよ」


 それだけ言い残して、恭子きょうこは301号室から出ていった。なんの未練もなさそうな清々しい後ろ姿だった。

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