第56話 逆だったんだ

 もしも美築みつきが私を殺していたら。


 その後はどうなっていただろう。美築みつき恭子きょうこに殺されていただろうか。


 恭子きょうこは……美築みつきを殺せたのだろうか。


 いや……違う。できなかっただろう。恭子きょうこは友達が殺せなかったと思う。

 だって、今私が生きているのだから。それが……証拠だ。


 美築みつきは自ら死を選んだのだ。だから警察に自首するなんて言い始めたのだ。そうしたら……恭子きょうこが自分のことを殺しやすいから。


たまちゃんを殺すために考えていた方法で、美築みつきを殺しました。美築みつきは自分から睡眠薬を飲んで……」


 その後の言葉は、恭子きょうこから語られなかった。言葉が詰まったのか、恭子きょうこは黙り込んでしまった。


 後悔しているのか……それともまったく別の感情か……


 ねこ先輩は言う。


「少なくとも動揺はしていたようだな。キミはまともな精神状態ではなかった。そうでなければ……2つの事件の結び目が同じになることはなかっただろう」

「……もやい結び、ですか」2つの事件のロープは、同じもやい結びが用いられていた。「……美築みつきのときのことは、あんまり覚えてないですけど……そっか。私、尸位しい先生と同じ結び方で……」


 無意識のうちに証拠を残してしまった。

 警察関係者と犯人しか知り得ない情報を残してしまったのだ。


「……次に尸位しい教員の殺害事件に行こう」美築みつきの事件は終わった。「尸位しい教員が殺されたのは11時以前のことだった。その間の講義は……録画動画を流していたんだ。そうして尸位しい教員が11時9分まで生きていたと思い込ませ、そのときにオンライン授業を受けていた自分の姿を誰かに目撃させた。そうしてアリバイを作ったわけだな」


 そこまでは私も知っている推理だ。

 

 問題なのは、


 11時9分まで講義をしていた動画を、恭子きょうこはどうやって作成したのだろう。


 恭子きょうこも当然、その部分を質問する。恭子きょうこはもう罪を認めているが……これも知恵比べの一環なのだろう


「その11時9分の講義動画を、私はどうやって手に入れたんですか? まさか時計の針をずらして講義動画を撮影してください……なんてお願いが受け入れられるとでも?」

「お願いなんてする必要はなかったんだよ。その講義動画は


 ……用意されていた……?


 思わず会話に割って入ってしまった。


「……なぜ、そんな動画を用意する必要が?」

「本人も用意したつもりはなかったんだろうがね」……ならばなぜ動画がある? 「要するに……11時9分まで講義をしている動画があれば良いんだよ。他のことは、問わないんだ」


 他のことは問わない。


 重要なのは11時という時間だけ。


「あ……」ねこ先輩の言っていることが、ようやく理解できた。「そっか…………」

「その通り」はじめて正解した気がする。「今回の事件で流されていた映像は去年のプログラミング演習での講義だった。調べてみたところ、去年のプログラミング演習は2限目……つまり11時9分は講義時間中だ」


 だから時計の時間が11時9分だった。それは……本当にその時間が11時9分だったからだ。問題だったのは……それが1年前の映像だったということ。


「キミから尸位しい先生の授業態度を聞いて、思いついたよ」

「授業態度、ですか?」

「ああ。講義の進み具合に限らず、自分が決めた範囲まで講義をする。そして内容は教科書を読み上げるだけ。それだけ雑な講義を行う教員なら……使と思ったんだ」


 使いまわし。


 つまり尸位しい先生は……まったく同じ講義を毎年行っていた、ということか。


 ねこ先輩は続ける。


「使いまわしは悪いことじゃない。去年の資料を用いて今年の時間を節約するのは悪いことじゃない。だが……評判の悪い講義をそのまま使いまわすのは、あまり褒められたものではないな」


 生徒からの意見を受けて講義内容を変更、なんてしなかったもんな。


 おそらくオンライン授業が始まる年に資料を作って、そのまま使っているのだろう。だから授業時間が長かったり短かったりする。去年の反省を受けて修正とかはしてなかったんだろうな。


 だからこそ……今年の講義の続きとして映像が映し出されても……なんの違和感もなかった。


かがみさん」ねこ先輩は恭子きょうこに向き直って、「キミは去年の講義動画を手に入れ、今年の講義として動画を流した。そうやって11時9分まで尸位しい教員が生きているという事象を作り上げ、自分にはアリバイを作った」

「……」まだ2人の知恵比べは続いている。「……尸位しい先生は11時9分の……リアルタイムのチャットに反応していましたが、その謎はどう解決しますか?」

「考え方が逆だったんだ」……逆って言われても……「11時9分にチャットが送られて反応したんじゃない。119119


 11時9分に反応があった……?


 まだピンとこない私に、ねこ先輩が説明を続ける。


「去年のいつの講義なのかは知らないが……尸位しい教員はなにかしらリアクションをした。それはチャットに対してなのか、他のことに対してなのかはわからない。突然部屋がノックされ続けたのかもしれないし、悪口が聞こえたのかもしないし、教員のパソコンが壊れたのかもしれない」


 とにかく尸位しい先生はなにかに反応した。『なんだこれは……? イタズラならやめなさい』と。


 その動画を恭子きょうこはダウンロードした。


 そして……


尸位しい教員がリアクションをするタイミングで、チャットを送信した」講義動画は録画なのだから、そのタイミングで尸位しい先生がリアクションすることはわかっていた。「常々疑問だったんだ。なぜ11時9分という中途半端な時間なのかと。かがみ景子けいこさんが亡くなった時間に合わせての復讐かとも思っていたんだが、尸位しい先生のリアクションに合わせるためだったんだね」


 尸位しい先生がチャットに合わせてリアクションしたんじゃない。


 尸位しい先生のリアクションに合わせて、チャットを送信した。


 それがリアルタイムでチャットに反応したトリック。


 言われてみれば、とても簡単なことだった。なんでそんなことを思いつかなかったのか、というレベルの簡単なことだった。


 恭子きょうこはずっと、ねこ先輩の話を黙って聞いていた。それこそが、無言の肯定だった。


 今ここでねこ先輩が語ったこと。


 それがオンライン会議殺人事件の真相だった。


 超常的な力なんて一切ない。ただの1人の少女の、復讐の物語だった。

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