後悔

第58話 黒猫が横切ったから

 それから……オンライン会議殺人事件が解決してから1ヶ月が経過した。


 その間にもいろいろなことがあったけれど、なんだか他人事みたいだった。本当にこの事件が私の身の回りで起きていたのか、疑問に思うほどだった。


 ベッドに昼間から寝転んで、適当にテレビをつけると。


『一時期世間を賑わせたオンライン会議殺人事件ですが……急転直下解決へ。犯人の自首によって、事件が解決という流れになりました』


 そう……あの会話の後、恭子きょうこは警察に自首をした。尸位しい先生と美築みつきを殺したことをすべて話したのだ。


 どんな心境の変化だったのかはわからない。尸位しい先生と美築みつきを殺して満足したのかもしれない。あるいは……最後の復讐が成し遂げられない世界に興味はないのかもしれない。


『いやぁ驚きでしたね……』ワイドショーのMCが、『犯人は草薙くさなぎ美築みつきさんの親友であったかがみ恭子きょうこさん』


 ……なんか自分の知り合いの名前がテレビから聞こえてくるのって、変な感じだな……これが良い話題での登場だったなら違っただろうか。


かがみさんはなぜ凶行に走ってしまったのか……それは約20年前に遡ります』


 20年前の事件まで話したのか……完全に洗いざらい自白したんだな。


 ワイドショーでは恭子きょうこの動機について再現映像を含めたVTRで説明していた。途中に登場する恭子きょうこ美築みつき……私の演者さんがまったく似ていなくて笑ってしまった。


 ともあれ恭子きょうこの母親、景子けいこさんが自殺してしまい……そして恭子きょうこは復讐の決意を固める。


『気になるのは、なぜ今になって自首をしたのか、ということですね』……たしかに……自首するならもう少し早いタイミングでも良い気がする。『犯人の供述によると……黒猫が横切ったから、ということらしいですが……これはどういうことでしょう?』

『なんでしょうねぇ……』コメンテーターの人が真剣そうに答える。『迷信を信じていた、ということですかね。黒猫が横切って運気が低下したとか……』


 ……


 黒猫……か。


 たぶんそれは……恭子きょうこの敗北宣言。黒猫先輩との知恵比べに負けたという意思表示。


 ワイドショーが見当外れの黒猫談義に入ったので、私はテレビの電源を切った。


 そして立ち上がろうとしたのだけれど、なんだか体に力が入らない。


 仕方がなく寝転んだまま天井を見上げて、ため息をつく。


 事件解決から、私の体は重い。頭も体も鈍り切っていて、このままではいけないことは自覚しているのだけれど……どうにも体が動かない。


 親友2人を失ったショックは、想像していたよりも大きかった。というより……あの親友2人は私が思っているよりも、私の生活に馴染んでいたのだ。


 なにをするにしても、美築みつき恭子きょうこに連絡しそうになってしまう。食欲がないから一緒に食事をしようとか、映画を見ようとか、面白い動画を見つけたとか……そんなことを彼女たちと共有したくなってしまう。


 そのたびに落ち込む。もう彼女たちと会話することはできないのだと、現実を突きつけられる。


 かなり体重が落ちてきた。まぁダイエットになって良いかな、なんて思うけれど……最近は夏バテ気味だ。この体力では夏が乗り切れないかもしれない。


 無理矢理にでも食べろとねこ先輩に言われたことを思い出す。だけれど……もはや食欲もない。


 なんとかして動き出さないとなぁ……そう思っているうちに時間が経過する。


 そしてもう一度眠りに落ちかけたとき、


「……?」


 スマホにチャットが届いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る