第28話 ゲームの必勝法

「わー!凄いですユリーベル様!沢山の人で賑わってます!!」


海に隣接しているメフィスト領は、シュベルバルツ領よりも多くの人で賑わっていた。

漁業や、貿易が盛んなこの領地でユリーベル達は観光を楽しむ。

「焼き魚はいかがー!?今朝とれたばかりの新鮮な魚だよー!」

「そこの奥さん!この宝石はかの有名なタルサ国の鉱石で作られた一級品だよ!」

「これは帝国では中々御目にかかれない代物でね!何とあの魔塔からも発注される珍しい魔道具なんだ!」

わいわいと、様々な人で溢れかえる。

平民だけではなく、貴族や商人といった者達の姿も多く見受けられた。

「ほーう。魔道具……。おい、ユリーベル俺はあっちに……」

「ユリーベル様!向こうで面白そうな演劇が上演してますよ!」

街の賑わいに感化されたのか、ハルムンもメアリも興味津々だ。

だからと言って、ユリーベルが二人の趣味に付き合う必要は無い。

眩しい日差しがきらりと差し込み、海はそれを反射させる。

眩い煌めきは、そよ風に乗ってゆっくりと街まで運ばれてくる。

そんな清々しい空気の中、ユリーベルは一人ため息をついていた。

魔道具も演劇にも興味は無い。どちらか片方について行くのが無難だろうが、ここは……。


「——別行動をとりましょう。」


ユリーベルは二人にそう提案する。

幸いにも、三人揃って見た目から貴族だとは分からないだろうし、ユリーベルは自分を守る術もある。

そうなると心配なのはメアリだが、演劇ともなれば人目も多い。

万が一何かがあってもすぐに騒動になるだろう。

と、なれば。

「二時間後にそこのカフェで落ち合いましょう。それまでは各自、自由に見て回りなさい。」

しかし!とメアリは口にする。

彼女の心配は最もだ。一応はあの誇り高い公爵家の当主。

そんな高貴な存在が、一人でぶらぶら散歩していた事がバレれば、威厳も何も無い。

「大丈夫よ、ハルムンにその辺は頼むから。」

と、ユリーベルはメアリを宥める。

「ハルムン様に……?」

「俺に?」



——そして、ユリーベルはハルムン達と別れ、自由に歩き回る事にした。


メアリを説得させた方法は至ってシンプルだ。

ハルムンの魔法で認識阻害の魔法をかけて貰った。

人間にかける認識阻害魔法は、建造物などよりもその効果は弱まるらしい。

「せいぜい、気配が薄くなる程度だ。」

と、ハルムンは言っていたが、それだけで十分だ。

どうしても貴族というのは、その匂いや気配、オーラで貴族だと分かってしまう。

ユリーベルのような、存在感の強い者なら尚のことだ。

それを緩和できたのなら、今のユリーベルはそこら辺にいる平民と大差ないだろう。

「ハルムンとメアリには無理やり言ったけど……。実は私も一人で歩きたかったのよねー。」

護衛やら監視やら。何かと色々な物に縛られているユリーベルにとって、真に一人になれる瞬間というのはそうそう無い。

この際だ。思い切り羽を伸ばそう。

と、そう意気込んでいた時だった。


「挑戦者募集中ー!俺に勝てたら、この街で一番の代物、『ピンクダイヤモンド』のネックレスをプレゼントだ!」


どうやら賭け事の売り込みらしい。

そういえば暫く、職務に追われっぱなしで娯楽を楽しむ余裕も無かった。

「ピンクダイヤモンド……ねえ。」

淡いピンク色の、美しい宝石だ。

普通のダイヤモンドよりも希少価値が高く、帝国内でもかなりの高値で取引されている。

ユリーベル自身に、宝石やアクセサリーへの関心は無いが、そんなに価値のある物をマリーベルにプレゼントしたら……。

マリーベルはアクセサリーも宝石も大好きだ。

きっと喜んでくれるに違いない。

「お土産にしては少し味気ないかもしれないけれど……まあ、賞品なら貰ってあげないと宝石が可哀想よね?」

ニタリと笑ったユリーベルはそのまま、声のする方へと歩いて行った。


ゲームは至ってシンプルなものだった。

挑戦者は、ゲームマスターの前に立ち、ゲームマスターが持っているカードを当てるという単純なゲーム。

カードはハート、ダイヤ、スペード、クローバーのマークがあり、各一から十までの数字が描かれている。

どのマークの、何番かを当てられたら挑戦者の勝利。

「そして、もし挑戦者が勝ったら……このピンクダイヤモンドのネックレスをプレゼントしよう!」

なぜこんなに自慢げなのか……と、ユリーベルは不満を漏らしたかったが、そこをなんとかグッと堪える。

「じゃあそれ、挑戦するわ。」

「あいよー!一回二万ベーレねー!」

たかが、こんな単純なゲームなのにも関わらず随分と高値なのね。

ユリーベルは自分のポケットマネーから二枚の金貨を取り出す。

それを陽気なゲームマスターに渡すと、ゲームは開始された。


「それじゃあこのカードをシャッフルして、好きなカードを裏面にしたまま俺に渡してくれ。」


当たる確率は四十分の一。

普通に考えたら、こんなの最初から負けが決まっている。

それに、これはユリーベルの推測だがこの男はイカサマをしている可能性がある。

ユリーベルは四十枚のカードをシャッフルし、適当に一枚選んだ。

そのカードをゲームマスターに渡す。

「これね。おーけー。んじゃあ、早速当ててもらおうかなー?お嬢さんが選んだカードは一体なんでしょうか!?」

ガヤガヤと、人がたちまち溢れかえる。

ユリーベルの賭けに興味を持った者たちが、見物に集まったのだ。

「あれ当たるか?」

「無理だろ。四十枚のカードの中から一枚を当てるなんて。」

「いーや、分からない。奇跡を俺は信じる!」

「馬鹿ねえアンタ。現実を見なさいよ。」

ユリーベルが当てられるか、それとも外すか。

人はどんどんと集まっていき、ボルテージは最高潮に達する。

ユリーベルはくるりとゲームマスターに背を向けて、数秒そのまま立ち尽くす。

「どうしちまったんだ?」

「なんだ。怖くて怖気付いたか?」

ゆらりと、ユリーベルが見ている影が動いていたとも知らず、民衆はユリーベルの行動に疑問の声を上げる。

数秒後、ユリーベルはくるりともう一度ゲームマスターの方を向いた。


「決まったわ。」


そうユリーベルが宣言すると、ゲームマスターの男はにやりと笑う。

「そうかい。そんじゃあ、教えて貰おうかな?」

「……ハートの五。」

男はカードを持ったまま動かない。

ユリーベルもまた、そんなゲームマスターをじっと見つめていた。

「ラストアンサーはそれで良いかい……?」

男はカードを持つ指をそのままに、ユリーベルに尋ねた。

その瞬間、ユリーベルの影が微かに揺れる。

それを見逃さなかったユリーベルは、男の問いに答える。


「——やっぱり変えるわ。ダイヤの五に。」


その瞬間、男が一瞬動揺したのを、ユリーベルは見逃さなかった。

「ほっ……本当に?それでいいのかい?」

「ええ。」

「ほ、ほほんとうの、……本当に……!?」

「ええ。」

何故さっきまであんなに余裕綽々だった男が冷や汗をかきながら動揺しているのか。

それは勿論、ユリーベルの答えが正しいからだろう。

「本当の本当の本当に……」

「早く見せて頂戴?観客も待っているわよ?」

「そうだそうだ!早くみせろー!」

「勿体ぶるなよ!」

「みーせーろー!」

ユリーベルの言葉に同調するように、周りからは見せろコールが始まる。

ゲームマスターは観念したのか、下唇を噛み締めながらカードを見せる。

そこに書かれていたのは……。


「す、すげえ!ダイヤの五だ!!!」


観客の一人が声を上げる。

ゲームマスターがその手に持っていたのは確かに、ダイヤの五のカードだった。

「うおおおおお!」

一気に歓声が湧き上がる。

その中心に立っていた黒髪の少女は少し詰まらなさそうな顔でふんと息を吐いた。

彼女の目の前にいるゲームマスターは、青ざめた顔で唇を震わせる。

現実を受け入れられていないのだろう。彼にはそれほどまでに、このゲームに挑戦者が勝てるはずないという確信があったのだ。

「呆気ない勝負でしたが、余興としてはまあまあでしたね。さ、早く賞品を渡して下さる?」

「あ……有り得ない……!イカサマだ!お前、イカサマをしてるだろ!!!」

ゲームマスターの男は、ユリーベルに向かってビシッと指を指した。

言いがかりも甚だしい。イカサマ?

「証拠はありますの?」

「そっ……それは……。」

ええ、勿論していますとも。

でも、ユリーベルのイカサマは、証拠が無い。なぜなら影を操って、ゲームマスターの背後に周り、そのカードを盗み見たのだから。

だから証拠などあるはずが無いのだ。

「そんな言いがかりを言う暇があるのなら、早くピンクダイヤモンドを渡して頂戴。」

呆れた様子で、ユリーベルは掌を男に突き出す。

自分が負けたと言う事実が、どうしても許せないらしく、男は年甲斐にも無くその場で賞品を渡す事を渋った。

仕方ない、とユリーベルはゲームマスターの男に近付いて、こっそりと耳打ちをする。


「私は貴方のイカサマを証明する事が出来るのよ?他の客に知られたくないのなら、大人しくそのダイヤを渡しなさい。」


ユリーベルの言葉に、男はびくっと肩を震わせる。

カタカタと歯音を立てて震え上がる男に、ユリーベルはにこやかに微笑んだ。

「しょ、う、ひ、ん。」

「…………はい」

観念したのか、男はやっとピンクダイヤが入った箱をユリーベルに渡す。

箱を開けたユリーベルは、そのネックレスに付いている宝石を太陽に透かした。

キラキラと眩い光を放つそのネックレスは、間違いなくピンクダイヤモンドの宝石だ。

——なんだ、本当に本物だったのね。

二万ベーレで高級な宝石が手に入ったのだ。

イカサマをして金を騙し取る事は関心しないが、今日はこの辺で許してあげよう。

と、ユリーベルはご機嫌にゲームマスターに背を向ける。


「中々に楽しかったわ。また良い賞品があったら、挑戦させて頂戴?」


その悪魔的な発言に、ゲームマスターはただ肩を小さくさせて怯える事しか出来なかった。

マリーベルへの土産も手に入り、ユリーベルはその場を後にする。

誰かに盗まれたりしないようにと、注意を払って裏路地に入ったのが、選択ミスだった。

建物と建物に挟まれた小道。

日は届かず、薄暗いその路地でユリーベルの先に影が揺らめいていた。


「——いやあいやあ、先程のゲームはお見事。まさかあんな風に勝つなんて、びっくりだよ。」


銀色の長髪を、一つに束ねたそのリボンが風に乗って揺れる。

全てを包み込む影のような禍々しい赤黒い瞳。

左目の泣きぼくろが、印象的なその男は悠々自適にユリーベルを待ち構えていた。


「やあ、初めましてお嬢さん。——俺とお茶でも如何かな?」


今や流行りもしないそんなド直球な誘いをしてきた銀髪の男は、にこりと微笑んだ。

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ユリの花に愛と復讐を込めて 桜部遥 @ksnami

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