29 火炎の戦い

 曽和は自分の周囲に炎を張り巡らせた。これでは迂闊に近付けない。笑いながら、曽和は言った。


「まあまあ、ゴールデン同士、ちょっと話をしようじゃねぇか」


 キッと曽和を睨みつけ、渚が言った。


「犯罪者と話すことなど無い!」

「落ち着けよ。同じゴールデンなら、分かり合えるはずだ。お前さんたちも、苦労してきたんだろう? この能力でよ。迫害され、恐れられてきた。その痛みがわかるだろう?」


 今なら私にもわかる。母には殴られながら、こう言われていたのだ。


「こんな子たち、産まなきゃ良かった」


 夕貴を守る私を、恨めしそうに見ていた母の表情を、私は思い出していた。曽和は続けた。


「ゴールデンとは、人を越える新たな存在だ。頂点に立つべき存在だ。それが飼い殺しにされてるなんてよ、とんだ茶番だとは思わねぇか? お前さんたちも、俺と一緒に来いよ。ゴールデンのあるべき姿を教えてやる」


 私はすっと前に踏み出し、言った。


「違う。この力は、人を守るためのものだ。人を傷つけるものなんかじゃない!」

「前にも同じことを言っていた奴が居たっけな。まあ、廃人になったって聞いたけどよ。哀れな奴だぜ」


 かあっと頭に血が上った。私は炎をいとわず、曽和に突っ込んだ。


「ユキ! 待って!」


 渚の声が聞こえたが、私は止まらなかった。曽和の顔面めがけ、拳を振りかぶった。奴はそれを腕で受け止めた。


「かってぇな。そうか、硬化能力か」


 次に蹴りを繰り出し、曽和の腹にあてようとしたが、するりと抜けられてしまった。続けざまに、何度も殴りつけるが、奴はひょいひょいとそれをかわした。


「当たらなければどうということもねぇや。おらっ!」


 曽和は炎をまとった拳を私に当ててきた。それを両腕で受けた。熱い。じりじりと皮膚が焼けた。私は一歩退いた。


「はああああっ!」


 渚が曽和の後ろに回り込んでいた。しかし、曽和は炎を打ち込み、渚を吹っ飛ばした。ドシン、と背中から落ちる渚。私は一瞬、そちらに気を取られてしまった。


「よーし、捕まえたっと!」


 私は曽和に羽交い絞めにされてしまった。バタバタと暴れるが、びくともしなかった。


「渚! ユキ!」


 音緒が到着した。曽和は言った。


「おっと、またお嬢さんか。あんたはゴールデンかい? それとも不活性者かい? 何かしようとすれば……わかるよな?」


 ぎゅうっと曽和は腕で私の首を絞めてきた。音緒はたじろいだ。


「それに、あちらのお嬢さん、燃えちまうぜ?」


 視界の端で、渚が炎に包まれているのが見えた。音緒はジャケットを脱ぎ、火を消そうと必死になった。曽和は言った。


「なあ、ユキちゃん。お前、ユキちゃんっていうんだろう。俺と一緒に来ないか?」


 私は声を絞りだした。


「誰が……お前なんかと……」

「ゴールデン同士、結束する必要があると思うんだよな。俺と一緒に来れば、新しい世界を見せてやるぜ?」


 そんなもの要らない。私の世界は、もうここにある。アダムと、そして機動隊のみんなと守るこの世界だ。ゴールデンの犯罪をなくし、偏見をなくし、共存していくことこそが、私の理想だ。


「断る……!」

「強情なお嬢さんだな。まあいい。これからみっちりと教育してやって……」


 パァン!

 乾いた音が、工場内に響き渡った。曽和の腕が緩んだ。


「いってぇぇぇ!」


 私は曽和から抜け出した。

 パン! パン!

 続いて二度、音が鳴った。曽和はまたも悲鳴をあげた。私はケホケホと咳をした後、工場の奥を見た。アダムだった。彼は拳銃をおろし、ゆっくりと私たちに近付いてきた。


「撃ったのは脚だけです。命に別状はないでしょう」

「貴様っ……!」

「あなたの能力も封じました。ここで終わりですよ」


 アダムは曽和に手錠をかけた。私はその場にへたり込んだ。


「アダム、お前……」

「僕だって訓練していたんですよ? まあ、人に向けて撃ったのは初めてでしたけどね」


 徹也が到着した。ケガが酷いのは、渚の方だった。彼はまず渚から治療を始めた。音緒が呆けた表情でそれを見ていた。


「渚……渚ぁ……」

「なんて声出してんの、音緒……結婚式、やっぱりやるよ……」

「渚ぁー!」


 私はアダムに肩を抱かれた。


「あなたも火傷をしていていますね。渚さんが終わったら、早く治療してもらってください」

「ありがと、アダム。助かったよ」

「あなたのことは、僕が守ると言ったでしょう?」


 そして、アダムは続けた。


「実は、音緒さんよりも早く現場には到着していたんですよ。でも、一筋縄ではいかないと思いましてね。奥に隠れて、機を伺っていました」

「さすがだな、アダム」


 ゆっくりと渚が立ち上がり、私たちの方へ寄ってきた。


「あちこち痛いけど、大丈夫そう。次はユキがしてもらいなよ」

「うん」

「ユキさん、そのまま動かないで下さいね」


 徹也は私の腕に手を当てた。どうやら大した事が無いようだった。曽和はアダムに連行されていった。奴が言う世界がどんなものなのか。きっと、ろくなもんじゃない。私は人を守るゴールデンでありたいのだ。その決心が、より強く固まった。

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